22話〜すっずき、ちゃーん〜
※他者視点
「おはようございます」
翌朝。私は何時もより早めに出社した。
またデスクの上を荒らされたら大変だから、やられる前の対策だ。とは言え、大切な書類は鍵付きの引き出しに入れたから、遅れて来ても問題はなかった。
アルコールでデスク上を拭いていると、鮫島さん達もやってきた。何時もはチャイムが鳴った後に来るのに、今日は就業開始30分も前であった。
怪しい。
加えて、既に私が座っているのを見て、ちょっとだけ口元を引き締めた。
「おはよう。鮫島さん」
「おはよ」
低い声で挨拶を返した彼女は、足音も荒く自分のデスクへと戻って行く。
やっぱり、彼女が荒らしの犯人だったのね。
そうして、朝の対策は完璧だった私は、業務中も細心の注意を払う。なるべく目立たない様に仕事をして、部長に直接褒められない様に、返答はメールで行った。
そして、
「(小声)はい、鈴木です」
電話に出る時は、周りに気付かれない様に小声で出ながら、すぐに席を離れる。
先輩達の嫌がらせは、私が室長である事への嫉妬。なら、私が仕事している姿を見せなければ良い。こうして目立たなければ、調子に乗ってるなんて言われないし。
「はい。ええっと…はい。大丈夫です。また少しお時間を頂きます」
そうして対策をしているけど…かなり煩わしい。今まではデスクでメモを取りながら、業界用語とかをパソコンや電子辞書で調べられた。だけど今は、廊下の片隅で隠れながらの業務。
とっても面倒。でも、こうしないとイジメがエスカレートするかもしれない。
耐えなくちゃ。折角貰ったお仕事なんだから。
「もしもし。黒川さん?私です」
黒川さんへの電話もやり辛い。頭の中にある情報だけでやり取りするから、今までよりも精度が落ちてしまう。
それでも、彼は理解してくれて『もしかして、こういう事?』と軌道修正を図ってくれる。
とっても有難い。
そして、無事に解決の糸口を見つけた後。彼は、
『鈴木さん。もう少しだけ良いかな?』
また、私の事について相談に乗ってくれた。
『昨日はごめんね。解決策の1つも出せなくて』
「いえ、そんな…」
聞いてくれるだけで充分。私はもう、十分過ぎるくらい勇気を貰えたんだ。
あの人達のイジメに、耐えられるだけの強さを貰っているんだから。
「黒川さんに聞いて頂けたから私、頑張れてます」
『そうかい?そいつは嬉しい…んだけど、やっぱり今の状況は良くない。このままだと、鈴木さんが壊れてしまうよ。だから…』
黒川さんがアドバイスをくれる。
それに、私は少し戸惑った。本当にそんな事で、現状を打開できるのかと不安が口を突きそうになった。
でも、
「分かりました。やってみます」
私は、彼を信じることにした。
「もしもし。JIEの鈴木です」
電話を終えた私は、早速そのアイディアを実行する。コソコソ隠れずに、堂々と自分のデスクで電話を掛ける。
黒川さんからは『そう言う奴らは、仕事で見返してやろう』と言われた。私の仕事は丁寧だから、きっと分かる人には分かってくれる。そうやって信頼を積み重ねていけば、周りの攻撃は届かなくなると。
ちょっと怖かったけど、黒川さんは『いつでも電話して来て』と励ましてくれた。辛かったら彼に頼れる。それも案に乗った理由の一つだった。
『いや~。助かったよ、鈴木さん。いつもありがとね』
そうして仕事をしていると、感謝の言葉を頂く機会が増えていった。工場の所長さんからは『君に相談して良かった』とか『これも相談出来ないかな?』と言われるようになって、親密になれた気がする。加えて、部長からも「丁寧で良い資料だ」と褒められた。
ちょっと彼女の声が大きくて、周りからも視線を集めちゃったけど…大丈夫よ。黒川さんの言った通りになっているもの。
「ほらまた」
「だよねぇ」
周囲からの話し声が聞こえるけど…気にしちゃダメ。私は正しい事をしていて、黒川さんも応援してくれている。こんなのへっちゃらよ。
そう思うと、自然と心が軽くなる。見てなさいって、やる気が湧いてくる。
そうして、私は着々と仕事をこなしていく。メールでも案件が飛び込んで来る様になって、そろそろ黒川さんに電話しようかなって思っていた矢先、周囲が騒がしくなった。
何かしらと顔を上げると、フロアの入口で人が集まっていた。その中心は、亜麻色の髪を背中まで伸ばした綺麗な女性。
社外の人みたいだけど…どなたかしら?
「川咲区長!?今日は、どうされました?」
あの部長が慌てて駆け寄り、頭をペコペコしている。
それはそうか。なにせ区長って、この千代田区で1番偉い人だもの。
「お久しぶりね、吉成さん。近くを寄ったから、進藤さんに挨拶してきたのよ。こちらは順調?」
「お陰様で、何とかやっております」
「そう。ところで、鈴木って社員は居るかしら?区内の工場と、良く電話対応してくれる子らしいんだけど」
えっ!?それって、私?
慌てて立ち上がると、川咲様の目がこちらを向く。美しいのに、恐ろしい笑みを向けられる。
まるで捕食者の目だ。ライオンとか、鷲とか…龍とかの。
「貴女ね?早瀬所長から聞いてるわ。先日は、事故を未然に防いでくれたそうね?ありがとう」
「いえ、そんな」
私は内心、ヒヤヒヤしていた。
川咲区長。特区を束ねている方々の1人からこんなに褒められたりしたら、余計にイジメが酷くなりそう。陰口だけじゃ済まなくなったりして…。
「それは、私の力ではなく、グループ会社の黒…」
「貴女の話は、地域連絡会でも度々耳にしたわ。そこでね?鈴木さん。貴女に是非、見てもらいたい施設があるのよ」
なんと、区長直々に案件を貰ってしまった。
断るなんて事も出来ず、私はその話を聞き、去っていく川咲様の背中を見送ることしか出来なかった。
ああ、どうしよう。
この後の事を考えたら、胃が重い。でも部長からも「頼んだよ!鈴木さん」と念を押されてしまい、やるしか無くなった。
ああ、この後が怖い。
「すっずき、ちゃーん」
ほら、早速来た。
私は心をギュッとガードし、振り返る。ニヤニヤ顔の先輩達が駆け寄ってきた。
どんな嫌味を言われるかと身構えた。
だけど…。
「ねぇ、ねぇ。喉渇かない?あたしら今から、下のコンビニ行くんだけどさ、一緒に飲み物買いに行こうよ」
「新作のラテが出たんだって。めっちゃ美味いのよ」
「奢ったげるからさ、一緒に行こう?」
「えっ?ええ…」
突然の誘いにアタフタしている内に、私は先輩達に連れていかれてしまう。どんな引っ掛けかと警戒したけど、本当にラテを奢って貰っちゃった。
「…美味しい」
「でしょ?でしょ?」
「また行こーねー」
先輩達は手を振って、デスクに戻る。
何だったんだろう。ラテに何か細工された訳じゃないし、デスクの上も変わりない。さっきまであんな嫌味を言っていたのに、コロッと態度を変えたりして。
もしかして…区長に話しかけられたから?
その考えは、当たっていた。
今朝まで敵対心を剥き出しにしていた人達は笑顔を向けてきて、何かと話しかけて来る様になった。まるで、今までの態度を埋め合わせするみたいに、下のコンビニでお菓子やコーヒーなんかを次々と買って来る。
なんて露骨な手のひら返し。悪意が無くなった事に嬉しいと思う反面、簡単に意見を変える不気味さも感じてしまい、何だか気持ち悪くなってきた。
『はっはっは!そいつは傑作だ!』
「笑い事じゃないですよ、黒川さん」
私は直ぐに、黒川さんへ連絡した。すると彼は大笑いで、私はつい口を尖らせてしまった。
『いやぁ、悪い、悪い。でもこれで、イジメは無くなるんじゃないか?』
「それは…そうかもですけど。でもこのままじゃ私、増々太っちゃいますよ」
『いやぁ、鈴木さんは十分に痩せて…っと、危ない。これはセクハラ発言だったな』
セクハラ?って、何だろう?
いえ、そんな事よりも。
「それに、あの鮫島さんまで擦り寄って来るようになって、とっても困っているんです」
多分主犯格であった鮫島さんも、私に取り入ろうと躍起だ。貢ぎ物攻撃は勿論の事、何かと周りをウロチョロする様になっていた。
正直、鬱陶しい。今まで散々な事をしてきたのに、謝りもせずに仲良し面をされて、どうしても理不尽だと思ってしまう。
とは言え。
「復讐したいとか、そう言う事じゃないんです。ただもう、あまり関わりたくないだけで」
そこが難しい。強く拒否してしまうと、またイジメの対象になりそうだから。
『なるほどね。優しい鈴木さんらしい』
「えっ…?」
彼からそんな事を言われて、心臓がキュッと締め付けられる思いがした。
でも、真剣に考え込む彼には聞こえなかったみたいで、直ぐにまた頼もしい声を掛けて来る。
『なら、特段こちらからアクションはしなくて良いと思うよ。その人はきっと、今でも悔しい思いをしているだろうから、いずれ遠のく筈。ただ、こちらも一線は引いた方が良いと思うよ。もしかしたらそいつ、君を利用しようとするかもしれないから』
黒川さんの予想は、当たった。
電話を終えてデスクに戻って来ると、怪しい笑みを浮かべた鮫島さんが待っていた。彼女の手には、分厚い資料の束が。
「鈴木さ〜ん。ちょっとぉ、お願いがあるんだけどぉ?」
鮫島さんは、部長から頼まれた調べ物を手伝って欲しいと言ってきた。
手伝いと言ってるが、書類を全部持ってきている時点で、丸投げする気なのは明白。
ここは…黒川さんの言う通り、突っぱねる!
「ごめんなさい。今は緊急の案件があるから、そちらを優先させて」
「えぇ〜?なんでぇ?私たち友達でしょ?ちょっとくらい良いじゃん」
尚も食い下がってくる鮫島さん。口元は笑ってるけど、目はギラ付いている。
もしかして、仕事で私をパンクさせるつもり?
絶対に受けないわ!と心を硬くしていると、後ろで足音が聞こえた。
「鮫島さん」
振り返ると、部長が仁王立ちになっていた。彼女の後ろから、ひょっこり新人ちゃんの顔が覗く。こっちに、ホッとした笑みを向けてきた。
あっ、貴女が連れてきてくれたのね。
「それは貴女にお願いした仕事の筈だけど…何故、鈴木さんに渡そうとしているの?」
「あっ…いえ、部長、渡そうだなんて…。ただちょっと、手伝って貰おうとしてただけで」
「手伝い?」
部長の目が鋭くなる。
「貴女が、鈴木さんを手伝っているんじゃなかったの?」
「えっ、あ、いや、あの…それは、鈴木は、私の同期だから…」
「同期でも、彼女は室長よ?目上の人間に、しかも区長の案件で忙しい人に仕事を押し付けようとするとは、どういう了見なの?」
部長の目が釣り上がり、体が膨らむ。反対に、鮫島さんは小さくなっていく。歯を食いしばり、「ぐぅ…」と喉を鳴らす。
部長が、書類の束を指さす。
「何時までも鈴木さんに頼らずに、先ずは自分の力で解決しなさい」
「はっ、はいぃ〜!」
鮫島は慌てて自分のデスクへ戻り、早速パソコンを打つ…前に、肘でコーヒーカップを倒してしまい、書類を真っ黒にしていた。
「ひぃ〜!」
慌てて雑巾を取りに行く彼女の背に、周りの視線が突き刺さる。
「優秀だって聞いてたけど、あれじゃ疑わしいわね」
「今まで鈴木さんに頼り切りだったんでしょ?コバンザメみたいにさ」
「あーやだやだ。寄生されたら堪らないわ。ちょっと距離取りましょ」
静かに鮫島さんから離れていく、先輩や同僚達。
何度か見てきた風景だけど…やっぱりグループって怖いわね。
巻き込まれたら大変と、私は視線を落とす。
さぁ、仕事、仕事。




