14話〜あの…どうしましょう?〜
『何時もありがとうございます、黒川さん。私ばかり頼ってしまって、申し訳ないです…』
今日も俺は、業務の合間に電話相談を受けていた。そして、その電話口にいるのは鈴木さん。
相変わらず、こちらを気遣ってくれる彼女。その優しさが声だけでも伝わってきて、俺は彼女から見えないというのに、大きく手を振ってしまう。
「とんでもない。鈴木さんのお力になれて、俺も嬉しいですよ」
本当にそうだ。ここ数日で、彼女の様に”ちゃんと”話しかけてくれる人は居なかったから。彼女がとても優しく希少な存在だと分かった。
掛けてくる奴の大半は、俺の声を聞いた瞬間に電話を切るか、罵声か悲鳴を上げてから切る奴ばかりだったからね。偶に話を聞いてくれた人が居たかと思ったら、気絶して聞いていなかっただけだったし。
あまりに酷い反応で、俺のハートは酷く傷付いた。婚活に精を出していた時でも、ここまで露骨に拒否して来る事は無かったから。
だから余計に、彼女との会話は癒された。なんだか、生きていても良いんだって許された感じ。
罵声を受け続けて、相当メンタルをやられていたらしい。早く社長に何とかして欲しい。
そう思っていたのだが、
『あの、実はまだ、聞きたい事がありまして…』
「ええ。勿論、構いませんよ。ドンと来てください」
『それが…まだ5件くらいあるんですけど…』
えっ!?ご、5件?
「どっ、ドンと来いです」
いつもは1つの質問が終わると、数日は電話を掛けて来なくなる彼女。だが今日は、一気に5個もあるという。
一体、何があったの?
衝撃的過ぎて、つい返答につっかえてしまった俺。すると、彼女は慌てて謝って来る。
『済みません!実は、他部署の質問も私に回されてまして…』
何でも、他部署の人達は全員、社長からの勧めで俺に電話を掛けてきたらしい。でも俺が男性だったので、電話出来なかったり、出来ても嫌悪感からすぐに電話を切ってしまったのだとか。
それで、一度社長がその案を持ち帰り、唯一会話が出来る鈴木さんに全振りしているのだとか。
そうか。あの酷い電話の中に、鈴木さんの同僚もいたのか。しかも、彼女がそいつらの尻拭いをさせられるなんて…。
「大丈夫ですか?鈴木さん。そんなに仕事を引き受けてしまって。自分の業務が滞ったりしていません?」
『大丈夫です!私、誰かのお役に立てるのが嬉しくて、今はとてもやりがいを感じているんです』
めっちゃ良い子だな、鈴木さん。元の世界で同僚だったら、ドンドン仕事を教えてあげたくなってたと思う。
まぁ、でも、
「とても素晴らしい姿勢ですが、頑張り過ぎないで下さいね?」
『はいっ。ありがとうございます』
元気に返す彼女だが、本当だろうか?
彼女の考え方は、業務を抱え込み易い人のもの。若い内は特に、自分のキャパを把握していない。溜め込み過ぎて簡単にパンクしてしまう。
とは言え、過干渉出来る立場でもない。俺はあくまで子会社の社員で、彼女と立場が大きく違うから。
だから、
「なら俺も、出来うる限り協力しますよ。気にせず何でも聞いてきてください」
彼女の依頼には、なるべく答えようと思う。それで、彼女の負担を少しでも軽く出来たら、俺としても嬉しい。
そんな思いで答えると、鈴木さんは『あっ』と、何かに気付いた様子だった。
うん?何かな?
『そうでした。こうしてお時間を頂いていたら、黒川さんの業務が滞ってしまいますよね…?』
むっ。そこに気付いてしまったか。流石は鈴木さん。優しい子だ。
俺は心が軽くなり、つい「大丈夫ですよ」と明るい声を出していた。
「今は繁忙期ではないので、問題ありません。あまり大きな声では言えないんですけど…(小声)実は結構暇していて。なので、鈴木さんの案件は私にとっても有難いんです」
嘘である。製品管理部に繁忙期はない。常に忙しいのがデフォなのだ。
でもこうでも言わないと、彼女は遠慮してしまう。そして溜め込んで、病んでしまうだろう。
それは絶対に回避せねば。
『えっ、そうなんですか?その繁忙期って、いつ頃なんです?』
「う〜ん。定期ではなく突発なんですよ。なので忙しくなってきたら、電話の冒頭でお伝えしますね」
『はい。しっかり仰って下さいね?』
「ええ。今はとっても暇です」
『うふふ。それ、あまり大きな声で言ったらダメですよ?』
可愛らしい笑い声を上げる鈴木さん。緊張も解けたのか、溜まっていた俺への質問を次々と投げて来る。
俺も頭をフル回転させて、それらに答えていく。
言葉だけで伝えるのはかなり大変だけど、何とか全ての質問に対して解決の糸口を示す事が出来た。
『今ので最後です、黒川さん。本当に、ありがとうございました』
「鈴木さんこそ、お疲れ様。もうお昼だから、しっかりランチタイムを楽しんでね」
『はいっ。失礼します』
電話が切れると、俺は目を閉じて背もたれに背を預ける。胸に残る高揚感と充実感を噛み締めて、少し口元を緩ませる。
ああ、楽しい時間だった。彼女が喜んでくれるから、ついつい余計な知識まで教えてしまった。ヒヤリハット事例なんて、現場に出ない彼女には必要ない知識だよな。
そんな事をしていると、昼のチャイムが鳴る。
「さて、仕事しますか」
俺は勢いを付けて背もたれから背を離し、パソコンに向かう。
結局、午前中にやろうと思っていたタスクは全く手付かずだけど…後悔はない。彼女の役に立てたんだからな。
「やべぇな。俺も、段々とこの世界に染まって来たんじゃねぇか?」
それとも、相手が鈴木さんだからだろうか?
まぁ、どちらにせよ重症なのは変わらないな。
そうして、昼食も抜いての全力業務を行う。あまりに速いタイピングに、松本君からも「先輩。速すぎて、パソコンが悲鳴を上げてますよ?」と心配されるレベル。
だがそのお陰で、業務を軌道に乗せる事が出来た。このまま行けば、ちょっと残業するだけでタスクが終わる。
そんなフラグを建ててしまったからか、再び俺のスマホが鳴る。相手は…鈴木さんだ。
『あのぉ…済みません、黒川さん。またなんですけど…』
「良いよ、良いよ、鈴木さん。暇してたから」
くっ。また俺は、見栄を張ってしまった。
『うふふ。ありがとうございます』
はい。もう元気が湧いてきた。昼飯食わなくても活力MAXだ。
…こりゃ、相当重症だな。そろそろ俺も、トイレの長蛇に並ぶのか?
「それで?今度はどんな案件?」
『それが、前回ご相談した案件なんですけど…』
それは、以前俺が中途半端に回答してしまった案件だ。あのままでは不味いと、後から追加でアドバイスを与えたつもりだったが…。
なんと、また測定器が故障で返ってきてしまったのだそうだ。しかも、全く同じエラーで。
『現場にも、黒川さんから指摘された事をお伝えしたんですけど、昔から何も変えていないからの一点張りで』
何も操業条件を変えていないから、測定器が壊れるのは機器の不具合だろうと、突き返される様に返品されたのだとか。
『あの…どうしましょう?』
完全に困りボイスな鈴木さん。
俺は胸を叩く。
「お任せ下さい、鈴木さん。先ずは何が原因なのかを探りましょう」
『はいっ!ありがとうございます、黒川さん!』
まだ解決していないのに、既に元気になる鈴木さん。
ああ、これは、絶対に解決しなければ。
俺は机の上に散らばっていた書類を薙ぎ払い、鈴木さん専用ファイルをドンッと真ん中に開く。
「では早速、機器に保存されているトレンドデータを確認しましょう。操作方法をお伝えしても良いですか?」
『はいっ!お願いします』
測定器はそれ単体で、記録したデータを見ることが出来る。その数値によって、原因が機器の不具合なのか、測定した物が悪いのかが分かる。
そして…。
『ありました、黒川さん。NOX数値のトレンドが、測定開始からずっと振り切れてます』
NOXとは窒素酸化物の総称で、有害ガスの一種だ。主に自動車や工場の排ガスから出される物で、光化学スモッグや酸性雨の原因となる。なので、国や県によって厳しく規制されており、規制値オーバーは許されない。
それが、測定値を超えるとなると…。
「鈴木さん。そのトレンドの範囲は分かるかい?」
『はいっ。ええっと…100ppmです』
「そうか、それは決して低い値じゃないね。だから、セルのレンジを間違えて使っている線は消えた」
そもそも、100ppmってかなりの高濃度だ。使っている地域や工場の種類とかで規制値は変わってくるけれど、東京の、それも特区の工場となれば70ppmとか、50ppmとか、かなり厳しい数値の筈。
それが、100ppmを常に超えているなんて…。
「鈴木さん。きっとそれは、工場側に問題があるよ」
『えっ?工場に?』
驚く鈴木さん。でもすぐに『それって、どうにかなりませんか?』と切り替えてくる。
頭の良い子だ、彼女は。レンジを見ろと言って、すぐに理解してくれたし。今までだって、俺のアドバイスをすんなり聞き入れていた。偶に専門用語とかを混ぜてしまったけど、それも解読してついて来てくれる。
地頭が良いんだろうな、鈴木さん。彼女が部下だったら、かなりやり易かっただろう。
…あっ、違うぞ松本君。君も、彼女に負けず優秀だからな?だからそうやって、不思議そうにこっちを見ないでくれ。
「その工場の、運転状況が分かるトレンドデータとかあるかな?」
『えっと、あるには有るんですけど…なんだかごちゃごちゃしていて…』
ああ、そうだよな。そう言うのって見辛いよな。
しかも、俺が見たいデータは1種類じゃない。複合的に見せて貰いたいんだ。NOXの数値1つを口で説明するより、何十倍も難しい。
「俺が直接見られたら良いんだが…難しいよなぁ」
仮に出来たとしても、こちらに届くまでに2週間はかかる。それは長すぎだ。下手すると、その工場で何か別のトラブルが起きてしまう。
『あの、黒川さん。もしもよろしければ、なんですけど…』
「うん?なんだい?鈴木さん」
モジモジする鈴木さん。
何を言い出すのだろうかと、俺は知らずと期待してしまった。
そして、
『あの、WEB会議とか…してみません?』
彼女の提案を聞いて、つい声が漏れそうになった。




