1話~はぁ?女性?~
「ふぅ~…」
厳しい現実に直面し、つい大きめのため息を漏らしてしまった俺。
昼休みとは言え、今が会社のオフィスであることをすっかり失念していた。
だから、
「どうかしましたか?先輩」
向かい席の後輩にまで声が届き、彼に心配を掛けてしまった。
俺は見ていたスマホを慌てて伏せ、彼に向って軽く手を振る。
「いや、何でもないよ。まっちゃん」
「とは言いつつ、随分と落ち込んでますね。また、マチアプの女性にフラれたんです?」
「ぐっ…」
言葉のボディーブローがクリーンヒットし、俺はつい顔を歪めてしまった。
それを見た後輩の松本君も、「やっべ」て顔になる。慌てて、取り繕う。
「いや、ほら、先輩。そんな事、マチアプではよくある事じゃないですか。寧ろほら、先輩はデートまで漕ぎ着けているんだから、十分に凄い事ですよ」
「そのデートで、18回連続断られているんだがな」
「あっ。ええっと…それは…」
おっと、しまった。つい愚痴を漏らして、後輩を困らせてしまった。
何してんだ、俺。
「済まん、まっちゃん。今のは忘れてくれ」
俺が両手を合わせると、松本君も「いえいえ」とホッとした顔を見せる。
でも、直ぐ不思議そうに首を傾げた。
「でも、なんでそんなにフラれるんでしょうね?」
「それは、俺が聞きたいよ…」
俺も色々と努力しているつもりだ。本や動画なんかで恋愛テクを勉強しているし、服装や身だしなみにも力を入れている。筋トレもして、体作りにも余念はない。
だというのに、成果はゼロ。マチアプも、街コンも、試し続けて早1年。何の成果もあげられず、金ばかりが飛んで行く毎日だ。お陰で、貯金は一向に増えない。
…この安月給が足を引っ張っているのも確かだ。年収を見て、去っていった女性を幾人も見て来たから。
でも、それだけじゃない。だって目の前にいるこの後輩は、引く手数多なのだから。
「なぁ、まっちゃん。どうしたら、お前さんみたいにモテるんだ?彼女さんとは、何処で知り合ったんだっけ?」
「僕は、そのぉ~、学生時代の伝手でして…」
うっ…。そうか。
やはり、学生時代に恋愛事を全くしなかったツケが、今になって回ってきているのか。
あの頃は何故か、「恋愛事はしない!」とかお高く止まっていたからな。それが、いざ三十路が迫って来たからって焦っても、取り返せない溝になってしまった。
あの頃の俺に言ってやりたいよ。勉強だけじゃなくて、恋愛もしろって。10年後の今が辛いんだぞってな。
…それで、誰かと付き合えていたかと言えば、全く自信がないんだけどさ。
「そっか。ありがとう、まっちゃん。貴重な昼休みに悪かったな」
俺は気持ちを切り替えたフリをして、パソコンに向かう。溜まっているタスクに噛り付き、女性達から返信がない事を強制的に忘れる。
そうだ。もっと昇進して、稼いで…そしたらきっと、誰かが振り向いてくれるんじゃないか?
…まぁ、うちの会社は中小だから、昇進しても安月給なんだけどさ。
フラれた事で気合が入ったのか、溜まっていた仕事も何とか終わり、俺は定時で退社する。そして、行きつけのジムで体を鍛える。
フラれたとは言え、次のチャンスに向けて前を向かないと。帰ったらタニシタ先生の動画を見て、恋愛テクも磨くのだ。
そう、頭の中で思い描いていたんだが…。
「うっ…」
ランニングマシーンを使い始めて直ぐに、めまいを感じた。なんだか寒気もするし、風邪を引いたかもしれない。
俺は急いで帰宅し、頭の中に描いていた予定を全部放り投げて、ベッドへダイブした。そして、次に目を覚ますと真夜中になっていた。
今まで感じた事のない倦怠感と頭痛。目の前の天井がグルグル回ってる気がして、船にでも乗っているような感覚がする。
これは重症だ。インフルエンザか?流行るにはまだ、時期も早いと思うが…。
「くそっ…誰か、水を…」
暗闇の中、ただ手を突き出す。
ああ。こういう時に、彼女や奥さんがいたら違ったんだろうなぁ…。
〈◆〉
次に目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。何もない、ただ白い光で満ちた空間で、俺の体はフワフワ浮かんでいる。
ああ、こいつは夢だ。
俺が直感でそう感じた時、目の前の空間が歪んだ。そして、その隙間から1人の少女が現れた。
神々しいオーラの美少女。背中から羽を生やしている。
…天使?女神?
『お久しぶりです。闇の眷属様』
…えっ?
闇の…なに?この娘、清楚な見た目と違って、そっち系の子なの?
いや、待てよ。これは俺の夢。つまりこれって…。
俺は戦慄した。自称常識人を気取っていたけど、頭の隅に痛すぎる中二心を隠していたのかと思って。
確かに、そう言う事を考えたことはある。ゾンビが出て来てパンデミックが~とか、異世界転生して無双するぞ~とか。
最近では、やたら女の子にモテまくる夢を見たこともあるけど…あれって、俺の中二心が見せていたのか?
知りたくなかった内面を見せられ、俺は頭を抱える。
でも、天使は変わらずに語り掛けて来た。
『それで、早速で申し訳ないのですが、眷属様に救ってい…の世界…女性…希少…り過ぎた…異常な…』
えっ?なんだって?
天使の声にノイズが走り、急に聞こえ辛くなった。
俺はもう一度言ってくれと言おうとした。けれど、俺の声も出ない。
ああ、そうか。夢だから出ないんだ。
理解すると同時、白い世界の端々が黒ずみ始める。段々と、少女の姿も歪んできた。
夢の終わり、か。
『どうか…の世界…を…救って…さい…』
もう殆ど周りが見えない。だが不思議と、天使の必死な表情だけはしっかりと見えた。
世界を救って。その不安で一杯な声が、自然と俺の中に入って来た。
〈◆〉
目が覚めると、全身が汗でグッショリだった。でもそのお陰で、体が軽くなっている。体調が回復しているっぽかった。
インフルかと思ったけど、ただの風邪だったみたいだ。
ふぅと息を吐いたのも束の間、デジタル時計の数字を見て肝を冷やす。
ヤバい…遅刻する!
俺は慌てて着替えて、昨日放り投げたカバンをそのまま拾い上げる。着の身着のまま家を出て、全力ダッシュだ。
腹は減っているが、取り敢えず出社することを目指す。節約したかったけど、今日はコンビニを使うしかない。
駅までの道を、俺はひたすら走る。
電車の時間はギリ間に合うと思うんだが…何だろうな。なんか周りの景色がいつもと違って見える。あそこのカフェ、いつの間に潰れてラーメン屋になったんだ?ゲーセンも、こんな多くなかったろ?
不思議に思うが、足は止められない。俺は何とか駅に到着し、目当ての電車に飛び乗った。
「ぐっ…」
乗った瞬間、刺激臭が目を突いた。
くっさ!汗臭っ!何なんだ?この匂いは。ホームレスでも乗っているのか?
俺は周囲を見るも、そんな人は見当たらない。周りはサラリーマン風のオッサンだらけだ。
それにしても、だらしない奴が多い。スーツはヨレヨレ。髪はボサボサ。髭は生え放題で、赤ら顔の奴までいる。
酒でも飲んでるのか?就業前だろ?
幸い、会社まで1駅なので、数分間だけ地獄に耐えた俺は、逃げるように外へと飛び出す。
スーツに匂いが付いてないだろうか?消臭剤買わないと、会社の女の子達に睨まれるかも。
またもや無駄な出費に頭を悩ますも、取り敢えず自分のデスクまで駆け込む俺。就業開始ギリギリでパソコンを立ち上げると、重要マークが点滅するメールが入っていた。
経理の阿部ちゃんか。出張旅費の件で話があるみたいだけど…どうするかな。消臭剤を買ってる暇があるか?いや、上着だけ脱げば誤魔化せるか。彼女、優しい娘だし。
ちょっと寒いがシャツ一枚で我慢して、経理部へと出向く俺。でも、そこの入り口で立ち止まってしまう。
阿部ちゃんが見当たらないのだ。彼女の席には、知らないオッサンが座っている。小動物のように可愛らしい彼女とは似ても似つかない、トドのような大きさの男性。
…誰だ?見たことないぞ。最近入って来たのか?
「あのぉ~。経理部の阿部さんは何処に…?」
「ああ、黒川さん。朝から済みません」
トドのおっさんに話しかけると、彼は待ってましたと書類を突き出して来た。
太い指でトントンと、書類を叩く。
「ここのね、申請日が違うんですよ。申請日と支払日を一緒にして貰わないと、受理できないんですよ」
「はぁ…。あの、私は阿部さんに呼ばれて来たんですけど…?」
「うん?僕が阿部だけど?」
あっ、本当だ。社員証に〈阿部〉って書かれている。
ややこしい。同じ苗字なのか。
「いえ、そうではなくて。女性の阿部さんです。ついでに彼女から、タクシーチケットも貰いたくて…」
「はぁ?女性?」
オッサンの阿部さんが目を見開く。そして、半笑いで首を振った。
「なんの冗談です?黒川さん。女性の皆様が、こんな所にいらっしゃる筈ないでしょ?女性はみんな、特区にお住まいになられているんですから」
「はぁ?特区?」
今度は俺が、目を見開いた。
初めましての人は、初めまして。
そうでない人は、お久しぶりです。
筆者のイノセスです。
数ある物語の中から、本書をお読み下さりありがとうございます。
この〈あとがき〉では、レポートの補足や注意事項などを書かせて頂きます。
偶に、我々の雑談なども入ることがありますが、ご容赦頂ければと思います。
本日は、これから21時まで1話ずつ、計4話投稿させて頂こうと思います。
宜しくお願い致します。




