第53話 子供クナトルレイク大会準備 6歳 晩秋
「ぼーくは、あっさから、しゃちくだぞー。ろっくさい、はったらっく、しゃちくだぞー。はったらっく、はったらっく、はったらく―――」
鼻歌を歌いながら、紅葉が散り始めたフィヨルドの山々を横目に見つつ歩いていく。
豊かな実りの秋の気配は弱まり、だんだんと長く厳しい冬の足音が聞こえてくる。
高台の村長の長屋敷への通勤路もすっかり慣れたもの。
僕は、このところ毎日のように村長婦人に呼び出されては、会議を重ねていた。
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「やることが本当に多いわね…うちの人が投げ出すのもわかるわ」
村長婦人の私室区画には、一面の壁を埋めんばかりに特注された大きな黒板が運び込まれており、貝殻棒で多くのルーン文字が書きつけられていた。
よく見れば文字の種類は丁寧で几帳面なもの、小さくて乱雑なものが入り混じっているのがわかるだろう。
前者は村長婦人、後者は僕が書いたもの。いいんだよ、字なんて読めれば。
村長婦人はすっかり貝殻帽を使いこなしている。
連日の会議の成果として、第一回子供クナトルレイク大会実施準備、と第された黒板のタスク票には準備事項がびっしりと記述されている。
・子供選手団及び引率者・保護者の宿舎の建設
・クナトルレイク競技場の整備
・クナトルレイク選手用道具の製作
・クナトルレイク参加要項と掟の製作と配布
・子供用の風邪薬と傷薬の製作
・審判団の訓練
・大会当日の選手誘導、参加者の食事、村内警備、医療体制と担当者の配置
主なものだけでも、これだけある。
かなり議論をして、出来るものだけに絞り込んだのだけどね。
「でも、一番大変なのはやっぱり宿舎の建設ですよ。次に薬作り。あとはまあ、担当の人が頑張れば何とかなります。逆に言うと、宿舎は大勢の人が協力して頑張らないとどうにもなりません」
「そうねえ…こんなに多くの人数が来るとは思わなかったわね」
ここで、4ヶ村対抗のクナトルレイク大会を実施するにあたり、何人の人が来るか計算してみようか。
まず、子供チームが、他所から3チーム来る。4ヶ村対抗だからね。
1チームの人数が10人。交代員が4人とする。これは僕が決めた。
引率者が各村から最低2人。これは案内事項に書くつもり。
だけど、子供が心配だ、観光したい、とついて来る親の数。これが読めない。
人数を禁止や制限したほうがいいだろうなあ…。
ただ村長と同じように貴族の係累だと断れるかわからない。
一応、1チームあたり、最低でも16人かける3チームで48人。
とはいえ、保護者同伴で倍ぐらいには膨れ上がりそうな気がする。
「この長屋敷と同じくらいの宿舎を建設しないと駄目でしょうね」
「この数を見るとねえ」
今のところアラビア数字は封印して、掛け算も誤魔化しながら使ってる。
棒線でも二桁ぐらいならね。
「100人弱が泊まれる宿舎、ですか…」
100人が泊まれる宿舎の建設は、村には負担が大きい。
だって、村の人口が300人だよ!村の人口の3分の1ですよ。
普通なら負担が大きすぎるので開催を辞退するところだけれども、アスガルドの神々の恵みか、たまたま今の我が村には余力がある。
「それに、建物は建ててしまえば、いろいろと使いでがありそうね。大きな塩製造設備や燻製設備もあとから一緒に建てることにして、宿舎も床暖房にしてしまいましょう」
おお、太っ腹だ。
だけど浪費ではない。秋の漁獲で思い知ったように、村にはもっともっと塩と冷燻の設備が必要だ。塩製造と冷燻設備が大きければ、交易の利益は大きくなる。
村に必要な大規模設備投資のついにで、余った熱利用設備として大きな来賓用の宿舎を建てる、という理屈建てだ。
たぶん、建設の順番としては、宿舎を建ててから、塩製造と冷燻設備をあとづけすることになると思うけど。
床暖房にするメリットはもう一つあって、屋内の事故を防げるんだよね。
石炉の方式だと建物の床の中央に焚き火がむき出しだから、クナトルレイク大会に参加する元気な男の子たちが集まったら、絶対に火傷をする子が出てくる。
想像してみたらわかるだろう。50人の元気な男の子がいる宿舎が、どういう状況になるか。
衝立で村ごとの区切りはするけれど、絶対に無視して走り回り、騒ぎ、喧嘩をして。ときに火に突っ込んで火傷をして、下手をすると死んだり建物が火事になったりするリスクが高い。
ああ、屋内で火を焚かないよう注意しておかないと、床暖房というものを知らなかったらやりそうだな…。いやまさか、そこまで野蛮人じゃないよね。
僕の予測と想定はほとほと甘かった、と思い知らされることになるだけれど、それはまた後の話。
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とにかく、宿舎の建設がプロジェクトのメインタスクだ。
最も必要な労力が大きく、必要な期間が長く、事前の調整も必要となる宿舎の建設に目処が立てば、あとの仕事は何とでもなる。
「それで、床暖房の宿舎の仕組みは社交場と同じなのよね?」
「はい。床暖房の仕組みはそこまで難しくないんです。床を下の土を深く掘り込んで焚き火の熱い煙が通れるトンネルを作り、トンネルの中を石で補強し、漆喰で煙が漏れないようにしつつ、流れる距離をできるだけ長くするように迷路を作ります。
ただし煙が逆流しないよう、煙の流入口は低く、出口は高くしないといけません。
今回の場合は宿舎が大きくなりますから、熱い煙の流入口と出口は一箇所では足りないかもしれませんね。2箇所、もしくは3箇所の西風炉から煙が流れ込む設計にするのが良いと思います。出口となる煙突は一箇所で良いかもしれません。
暖房の床だけを先に作って、煙を通すテストが必要です。煙が床から漏れたり熱に耐えられず崩れてしまったら、煙で息ができなくなったり、家事になったりしますから」
僕が黒板に図を書きながら説明するのを、村長婦人がしきりに感心しながら見ている。やはり図が書けるのは強い。例え字が読めなくても理解されやすいだろう。
「あの社交場は、こういう仕組みになっていたのね。うちの長屋敷も、同じように建て直せないかしら?」
村長の長屋敷は、伝統の土間と石炉づくり。煙が長い髪や衣装にベタついたりと、いろいろ苦労があるのだろう。
「暖房から煙が出ないのはメリットですが、デメリットもあるんです。煙がないと天井の燻蒸ができませんから、屋根にネズミが出たり虫で駄目になったり。天井棚や梁から吊り下げているタラが駄目になるかもしれません。倉庫区画と住居を分ける必要がでてくるでしょう」
僕は大量のタラやニシン、鯨の燻製肉が棚や梁に吊り下げられ黒い天井を指しながら良い点も悪い点も説明する。
長屋敷とは貴族にとって伝統であり権威の象徴でもあり、武装して立て籠もるための要塞でもある。
そう簡単に利便性や快適性に振り切って建て直すことは難しいだろう。
村長婦人は軽く頷いてから、話題を変えてきた。
「ところで、トールの家も建て直すのよね?」
「いずれは…そうしたいですね。今年は無理です。たぶん次の冬までには」
「ふうん」
村長婦人、なにかろくでもないことを考えてそうな気がするぞ。




