第178話 仕事を分けるための仕事が増えるという矛盾 7歳 冬
「うーん…おかしい…おかしくない…おかしい…」
数字や文字が並ぶ紙の上では解決したように見えるけれど、なんとなく解決策が気に入らない。こういうときの勘は大事にしたほうがいい。
数字だけを追いかけて問題解決に失敗するケース特有の匂いがするんだ。
「何がおかしいのかなあ…」
考えが詰まったときは、とりあえず手を動かしながら考えるのが良い。
「僕たちの村があるでしょ?それと50村があって…」
黒板に参加者を一覧するために図を描く。
左側に僕たちの村を表す印。右側に参加する村を表す50の印。
両者を無数の線で結んでみる。
「…あれ?」
図に描いてみると判る。
この関係図には、北方21星の大結束の残る20の村が登場してないんだ。
僕たちの村だけが働き、他の村は参加するだけ。
北方21星の大結束が集団であることの強みが全然ない。
これじゃあ、武力を経済に置き換えただけの中央集権方式じゃないか。
王様の政治を否定する集団のやることじゃないよ。
「やっぱり、皆で一緒に頑張らないと駄目ですよね」
せっかくのクナトルレイク大会なんだから、参加者全員で盛り上げないと。
具体的には、仕事もリスクも一緒に背負ってもらおう。
さて。ここで大会運営のリスクをもう一度見てみようかな。
3つのリスクが存在する、と言ったよね。
1.参加/不参加のリスク
2.消費のリスク
3.支払いのリスク
「とりあえず、リスクは皆に分散しましょうか」
「よくわかりませんが、どうするのですか?」
まず1について。そもそも参加のリスクを、僕たちの村だけが全て計算して負うのがおかしい話なんだよね。
北方21星の大結束は、フリーライダーを許しません。
始まりは相互扶助の貿易と軍事協定なんだから。
「参加する村の推薦者に責任を負ってもらいます。参加費の取り立てと保証も移管しましょう」
もとより北方21星の大結束に参加するためには、2村からの推薦を必要とするんだから、参加の責任は推薦の村に負ってもらおうか。
やっぱりやーめた、と抜かすドタキャン村があったら、首に縄をつけて引きずってでも連れてきてもらう。
参加料が不払いが発生した場合は、参加を推薦した村が代わりに払うものとする。
「2についてですが。これも推薦者の村が保証する形で1周間前までに持ち込んでもらいましょう」
これでリスク1と2については、僕たちの村は考えなくて良くなった。
「うーん…支払いの問題はどうしようかなあ…」
「彼らの借金という形では駄目なのですか?酒で身を持ち崩すというのは、よくある話ではありませんか」
シグリズ様は大酒飲みに厳しいね。僕もお酒の味はよくわからないから、気持ちはわかるけど。
「それだと僕たちは儲かりますが、参加した村が貧しくなります。僕は北方21星の大結束へ参加する村々の間で交易が盛んにしたいと思っていますが、彼らから富を収奪したいとは思っていないんです」
どうせ富を収奪するなら、北方社会の外にいるアングル人とかフランク人、低地人社会からが良い。
それも武力でなく貿易を通じて銀貨を集めたい。あちらの貴族や聖職者が喜びそうな品々を売りつけて、農民に重税をかけるよう仕向けて自滅させたいんだよね。
「ですから、彼らの使った費用は北方21星の大結束への投資という形式に入れ込みたいんです。回り回って、僕たちの村に建設する交易所や競技場を充実させるためのお金になるわけですから」
「酒や飲食の代金を大結束への投資と見做す…?」
「お酒やパンを作る費用を除けば、村の設備にお金を出してくれているのと変わらないでしょう?」
飲食の権利付きの債権のようなもの、と見做して良いのかもしれない。
北方大結束に参加するためには村の各種施設などに結構な額を融資して低利のリターンを長期間に渡って受け取ることが必須の要件となっているのだけれど、村で費やす飲食代金の一部を、その枠に入れてしまうということだね。
「つまり村で飲んで食べると、大結束に求められる融資額が減る上に、あとあとで幾らかの費用が返ってくる…?」
「そうなりますね。理屈の上では」
競技場や交易所に投資する代わりに、酒造業や飲食業に投資している、と見做すことになるのかも。どちらも投資には違いないし。
「えっ。そんなことあり得るんですか?」
「そうですよ。そんなのおかしいです!騙されてますよ!」
今まで黙って聞いていた2人の文官娘も異議を唱えてきた。
「ふぎん!ろき!ふぎん!ろき!」
ムニまでが反対をする。
「そうかなあ…僕はうまくいくと思うんですが…」
飲食の債権は当然、うちの村だけじゃなくて北方21星の大結束で保証するし利率の支払いもするし。
いけそうな気がするんだよね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「試合についても、うちの村だけでやるのは現実的じゃありません」
こちらの話については、シグリズ様をはじめ全員が頷いてくれた。
みんなブラック労働は嫌だからね。
「そもそも、できるできない以前に、僕たちの村だけでやるのは良くないと思うんです。理由はリスクの話と同じです。皆で一緒に頑張って大会を盛り上げるべきだからです」
せっかくの大クナトルレイク大会なのに、うちの村だけが主催する単独利権になってしまっては、北方21星の大結束という地域全体が一体となって盛り上がるイベントとしての発展性や持続性に欠けるよね。
大きなお祭りなんだから、一部は地元でやってもらいたいのが参加者の人情というものだろうし。
「それに試合数が、多いんですよね。ちょっと数えてみましょうか。仮にですが、シグヴァルド様の情報通りに52の村が参加するとしましょうか。
予選は4チームの総当りで行い、1チームが決勝トーナメントに進める形式とします。
予選の試合数を数えます。
予選4チームが総当りで1回ずつ戦うと、試合数は6になります。
52チームなので、予選は13組あります。
試合数6が13組あるわけですから、予選は78試合あります。78試合!?」
自分で数えてびっくりした。
1日2試合やっても1ヶ月以上かかるじゃないか。
夏が終わってしまう。
「…続けます。決勝トーナメントは13チーム。試合数は12ですね」
総参加数から1を引くと試合数が出る。
12試合ぐらいなら、1日2試合。決勝だけ別の日にすれば試合期間は一週間か。
それぐらいなら、村でやってもいいかな。
「決勝トーナメントだけなら、うちの村でも出来そうですが…どうかしましたか?」
「い、いえ。続けてください」
シグリズ様と2人のお嬢さんがぽかんと口を開けていた。
なにか変なこと言ったかな?単純な計算間違いをしているとか…。
軽く検算してみる。合ってるよね?
「予選の実施は、他の村に任せたいですね。せっかくの大イベントなので、皆で一緒に頑張ってほしいです」
僕たちの村は、あくまでルールメイカーとして基準を提供する側に回りたいし、実働するのは他の村に任せたいんだよね。
「競技場の用意は問題ないはずです。競技場のサイズは決まっていますからね」
作っておいてよかったクナトルレイク競技総則。
コートのサイズや作り方。競技ルールや反則なども記載されているので、どこの村であっても、ある程度は統一的に競技を行うことができる。
「ただし最初の数大会は、うちの村で訓練した審判を派遣したいです。判断基準がブレたり地元有利で不公平な判断が行われると、大会の権威自体に傷がつきますから」
司法神フォルセティに誓ってもらうにしても、賄賂とか脅迫とかあるかもしれないし審判の身体の保護も義務付けるよう通達も出そうか。違反した場合は来年以降の大会参加を認めない、と。ただし審判に対する疑義を報告することは認めることにして。
「すると春までに派遣する審判の選定と訓練をして、身体保護と疑義の報告に関する通達もまとめて、予選会場となる競技場の候補地を選んで…」
13組分の会場が立候補してくれるのが理想だけれど、半分でも立候補があればいいかな。
「開幕戦はうちの村で首脳を招待して模範試合を見せたいですよね。審判の基準や運営の見本を示す必要もあるし。子ども大会のエキシビションも、その際にやってはどうでしょう…あれ?」
シグリズ様と2人のお嬢さんたちが、すっかり白目を剥いている。はしたなく大きく開いた口からは魂が抜けてそう。
僕たちの村だけが頑張るのは不公平なので皆にも負担を分けたい、と考えるとするよね。
ところが皆で一緒に頑張るためには、頑張ってもらうための下準備もこちらで整える必要があるのだ。
仕事の負担を減らすための仕事が新たに発生する、という矛盾。
ちょっぴり増えそうな冬と春の仕事量が具体的に見えてきてしまったのが良くなかったのだろうか。
残酷なことに、仕事というのは視野が広がって先のことが見えれば見えるほど苦しくなるものだからね。
「つまり皆さんは一段と仕事ができる人になった、ということですね!一緒に頑張りましょう!」
僕は精一杯に可愛く見えるであろう笑みを浮かべて呼びかけたのだけれど、返ってきたのは
「ろき!ろき!ろき!ろき!ろき!」
という、ムニの鳴き声だけなのであった。




