第129話 トールステイン大王伝記 黄金の黎明戦争の章
最近、スウェーデン地方のウブサラ神殿の崩れた壁の奥から発見されたルーン文字の羊皮紙の書簡。いわゆるウブサラ壁内文書が、研究者の間で話題になった。
それは全ての征服と統治への反発や反抗などの伝承が存在せず、ほとんど無謬であると言われてきたトールステイン大王による北方連合王国の統治において内乱や戦争を伺わせる記述が、初めて見つかったからである。
以下に、ウブサラ壁内文書の記述を引用する。
聞け、波濤を越えて響く白銀の角笛を
それは神々の愛し子、トールステイン大王が海原に描いた「希望の海図」が震える音なり
王が黄金の剣を天に掲げれば、裏切りの霧は晴れ、百の敵船は神罰の雷に平伏した
「富は民の血なり、法は国の骨なり」
と宣うた大王の足跡は、いまや二十一の星旗の下、黄金の黎明を連れて北方の果てまでを照らし出す
アスガルドの主らは、偉大な王の事績を祝し、三柱の使徒を遣わした
記憶を司るムニンの烏、豊穣の車を引くフレイの猫、そして雷霆の如き神馬である
王はこの馬を、もっとも忠実なる僕、エリン将軍に下賜された
さらに王は、エリン将軍に神域の糸で織られた「無限の戦装束」を授けた
その外套の裾からは尽きることのない黄金の飼葉が溢れ出し、馬を飢えさせることはなくなった
エリン将軍は風を追い抜き、天地の果てまでを瞬きの間に駆け抜ける守護者となった
「人々が集えば、影のごとく貧窮が生まれる。だが、我が光の届かぬ場所などあってはならぬ」
トールステイン大王はそう宣じ、富の光を全ての民に平等に注ぐことを誓った
王は若き戦士たちのために大闘技会を催し、競い合う彼らの血を鉄のごとく鍛え上げた
この若木のごとき戦士団は、村を襲う飢えた狼の群れを瞬く間に撃退し、王の直属部隊として結束した
王はその中でも、とりわけ目覚ましい若者たちを選び「選抜投擲手」の部隊を編成した
彼らが王より授かった魔術の礫を放てば、いかなる強固な盾も木の葉のごとく砕け散った
また王は広大な領土を統治するため、神々の名を冠した五つの区画を定めた
ムニン区、フギン区、ゲリ区、フェンリル区、フレキ区
北の地は王の知恵によって整えられたのである
ある朝、朝靄を突いて海平線を埋め尽くす百隻の軍船が奇襲を仕掛けた
将軍と兵が遠征に赴いた隙を狙った、悪王たちの裏切りである
背後には、欺瞞の神ロキの邪悪な囁きがあった
震える女子供の前に、トールステイン王はただ一人、黄金の剣を佩いて立った
随うのはわずかな老兵のみ
だが王が口を開き、峻烈なる言葉を放つや、その唇からは本物の雷霆が迸った
言葉は光の槍となって敵陣を焼き、あまりの神威に敵兵の半分は戦わずして海へと逃げ散った
「軍よ、我が命に応じ、直ちに集結せよ!」
王が黄金の剣を高く天に掲げると、その輝きに応じるように、水平線の彼方から二百隻の援軍が現れた
風を操り、戻ってきた勇猛なるグリムル将軍の軍勢である
ロキの毒に酔っていた悪王は、その光景に腰を抜かし、泥の中に膝をついて降伏した
グリムル将軍は悪王の裏切りに怒り、十人力を奮って首謀者の首を撥ねようとしたが、王はこれを制した
内政を司る三詠聖の一人、賢者シグヴァルドが王の意を汲んで宣言した
「我が王は、反乱者であっても法の下に裁く。それが神々の秩序なり」
民衆は地を揺らす声で叫んだ
「大王トールステイン!我らの英雄!我らの守護者!知恵あるフギンの大王トールステイン!」
王は天を仰ぎ、六柱の神々に誓いを立てた
「知識のフギン、知恵のムニン、法の番人フォルセティに。
父なる大地を守り、恵みをもたらすフレアとニョルドに。
そして運命を紡ぐノルンたちに誓う。この不義を正すと」
悪王は、民会の和平を破り、不当に税を貪り、自由な民を奴隷に堕とした罪を暴かれた
だが王は慈悲により死罪を免じ、永久追放の宣を告げた
老人たちは火を囲み、このサーガを語り継ぐ
大王は賠償として数千頭の牛を得たが、それを一人で占めることはなかった
牛を屠って盛大な宴を開き、戦士たちには功績に応じた誉れと、国の美姫たちとの縁談を与えた
「この富はもともと民の血税である。悪王は裁くが、その民を苦しめてはならぬ」
大王の気高い精神に打たれ、周辺の諸王もまた、共に責任を分担することを誓った
王は手にした富を私有せず、戦士を鍛える大競技場や、豊かさを運ぶ交易所の建設に投じた
「王よ、王国はあまりに広大なり。我らの歩む世界の形を示し給え。」
請われたトールステイン大王は、険しい斜面に壮大な北方の航路図を描き出した
「北方二十一星の形を見よ。これこそが我らの結束なり」
同時に、二十一の星が輝く旗がデザインされ、冬の空に翻った
それを見た戦士たちは、感動のあまり滂沱の涙を流し、盾を叩いて叫んだ
「今こそ不義の敵に誅伐を!大王に栄光あれ!」
トールステイン大王率いる大艦隊が波を蹴立てて発進した
後に「黄金の黎明戦争」と呼ばれる、北方の歴史を塗り替える戦いの始まりであった
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トールステイン大王が率いる軍勢が、質においても数においても同時代の他勢力を圧倒する存在であったことに疑いはない。
北方連合王国の圧力をまともに受けることになった気の毒なイングランドで、12世紀にベネディクト会修道士であり歴史家でもあったベン・オブ・ウスターは、編著に以下のような文章を残している。
「北方の蛮人どもは大量の軍船をどのように調達しているのか。大勢の訓練された勇猛な戦士達がどこから来るのか。山のように湧いてくる軍勢が海を超え、今や壁のすぐ向こう側で斧を研いでいる。神よ我々を救いたまへ」
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「…トールステイン大王は、軍事面だけでなく経済史においても、統治下における原始的な船舶保険の創始者として知られています。共同保険の存在が長船の建造を促し征服活動と軍事活動を活発化させたこと明らかです。
また、トールステイン大王の統治において神話の中ですら、ときおり顔を覗かせる法の精神については、青年期のいずれかの時点においてローマ法を学んだのではないかと言われています。
当時の学問先端地域である東ローマ、あるいはローマ文明の残光を受け継いだ中東地域で学んだのではないか、との説が有力です。
あるいは大王本人ではなく、三詠聖と呼ばれた人物の中に学問の師がいたのではないか、と言われています。賢者シグヴァルドは、その候補の一人です」
進路学習のために、教師がつてをたどって歴史家の教授を呼んで最新の学説まで披露したというのに、偉大なるトールステイン大王の伝記を聞き飽きた生徒たちの反応は散々だった。
「えーシグヴァルドって、神剣伝説の、あのお祖父ちゃんでしょう?」
「じゃあ、お祖父ちゃんはローマ人?それともイスラムの人ってこと?北方人じゃないの?解釈ちがーう」
「わたし、あのお祖父ちゃん好きよう」
などと女子生徒はアプリの内容と授業を混同し、三詠聖の一人の品評を始める始末。
それで男子生徒の方はと言えば、内乱や戦争と聞くと驚くより喜ぶばかり。
「そりゃあ戦争がないと神話も盛り上がらないよな!」
「口から雷光ブレス!大王は雷神トール!」
「どうせ天気が悪くて雷が落ちた、とかそういうオチでしょう?」
偉大な大王の事績も、最新の学問の業績も現代の高校生の子供たちにかかれば、扱いはそんなものである。
「こ、こらお前達!最新の研究成果なんだぞ、真面目に聞かんか!」
大学の教授を授業に呼んだ教師は、申し訳なさで生徒たちを叱りつけるものの効果は薄い。
教師がため息をつき、授業時間の終わりを告げると生徒たちは「昼飯だ!」「席を取らないと!」と一目散に離れの食堂へと駆け出していく。
生徒たちが横切る庭に植えられた白樺の葉は黄金色に変わり始めていた。
活力に満ちた短い夏が終わりを告げ、秋が訪れようとしている。
作者です。
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