第125話 村を守りたい英雄の物語 7歳 夏
「あっ…ととっ…いたっ」
貴族達向けのプレゼンテーション大成功!と喜ぶ間もなく、父ちゃんに引っ張られて凄い力で宿泊所から連れ出された。
そのまま長屋敷のへ向かい、村長婦人の私室区画へと引っ張られていく。
強く握られたままの腕が痛い。
父ちゃんは、これまで見たことないぐらい厳しい顔つきをしていた。
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「馬鹿ものが!お前は反乱を起こすつもりかっ!!」
怒声と共に、がつんと頭を殴られて瞼の裏に星が飛んだ。
父ちゃんに殴られたのは久しぶりだ。
すごく痛い。
じわりと涙が滲んでくる。
「トールステイン。説明なさい。貴族になったとはいっても、今回の件は明らかに村長の権限を侵害しています。場合によってはタダでは済ませられませんよ」
村長婦人《シグリズ様》も、今までにないほど怒っている。
それでも話を聞いてはくれるようだ。
ありがたい。
「…村を守るには、こうするしかないと思ったんです」
僕の言い分は、当然のように通じず。
「村を…守る?」
「いったいどういうことです?説明なさい!」
父ちゃんと村長婦人が感情的に問い詰めようとしているところへ、僕を追ってきたシグヴァルド様が仲裁に入ってくれた。
「おお、ここにいたか。2人とも。少し落ち着きなさい。まずはトールの言い分を聞いてみようじゃないか」
「はい…まあ…」
「兄様がそう言うなら…」
何とか2人には渋々とだけれど、鉾を納めてもらえた。
僕は顔を上げてシグヴァルド様を見る。
幾つか、彼に確かめたいことがあったからだ。
「シグヴァルド様にお尋ねします。村を襲った男、アルンビョルンですが。
あの男は、本当に本当に単独で今回の略奪を企んだと思いますか?」
シグヴァルド様は、少し考えた末に僕の推測と同じ答えを返してくる。
「いいや。そうではないだろうな。あの男の身代では10隻の長船を用意できん」
アルンビョルン単独では悪事に貫目が足りない、ということだろう。
僕は続けて尋ねた。
「トーレル卿という方の評判はどうですか?」
「良くはないな。王の忠実な家臣、と言われてはいるが」
やはり。考えていた通りだ。
「つまり臣下の村を焼く王に評価されている忠実な家臣、ということですよね」
「トール!」
父ちゃんは鋭く僕をたしなめたけれど、シグヴァルド様は鷹揚に頷いた。
「いや。トールの評価は正しい。今回の件、王はわからぬがトーレル卿が裏にいる、と見るのは間違いではなかろう。積極的に関わっていた、黙認に近い形であったのどちらかはわからぬが。略奪品の上納は受けていただろうな」
アルンビョルンの裏にはトーレル卿がおり、違法な徴税は状態化していたと見てよいだろう。
「ではなぜ、アルンビョルンはそのように証言しなかったのですか!」
父ちゃんの疑問に、シグヴァルド様が答えた。
「証言をすれば、アルンビョルンの家と家族は村ごと焼かれ、トーレル卿には知らぬ存ぜぬを貫かれるだけだろう。それであれば単独で責任を被った方がマシだ」
父ちゃんが答えに窮しているので、僕は尋ねた。
「それでもトーレル卿に、今回の略奪未遂と裁判の件は報告されますよね」
「そうだな。遠からずトーレル卿には知られることになるだろう」
頷くシグヴァルド様に、僕は尋ねた。
「そしてトーレル卿は、今後どのように動くと思われますか?」
シグヴァルド様の声には苦い成分が混じる。
「…部下の失態で面子を潰されたのだ。面子にかけて、この村を襲わせるだろう」
「まさか!今の王はそこまで!」
「そういう王と臣下なのだ」
シグヴァルド様の答えに、父ちゃんは絶句した。
僕は、言葉を続けた。
「僕は考えました。父ちゃ…父が連れてきてくれた人達と、僕の村は早急に同盟を結ばないといけない、と。でなければ、来年、さ来年のうちに村は襲われて焼かれる、と」
「そんな!まさか!」
「いや。あり得ないことではない」
村長婦人が否定するのをシグヴァルド様は制止して僕に尋ねた。
「つまり、今回のことは金が目的ではないのだね?」
僕は曖昧に頷いた。その答えはイエスでもあり、ノーでもある。
「賠償金は要ります。襲ってきた村々にトーレル卿の命令が割に合わないことを知らしめ、この村が交易と祭りの中心となる施設を建設し、人々の往来を作り出すために必要ですから。
多くの働き手を養い、戦士達を村に留めるためにも必要です。
ですが、それは村が金融の取引によって不当な利益を得るためではありません。
村と皆を外敵から守るためです。
人々が海の向こうから、クナトルレイク競技という娯楽と商品の交易を求めてたくさん来てくれるようになれば、父たちも交易のために長期の遠征をする必要がなくなります」
男達が村に常にいれば、空き巣強盗は働きにくくなる。
人々が往来し、他人の目が多ければもっと難しくなる。
防犯の基本だ。
「そして、王も家臣も手を出しにくくなる、と」
僕は頷き、言葉を続けた。
「はい。僕達は自衛のために団結するべきです。今回集まってくれた20の村だけではありません。トーレル卿に唆された5つの村にも、罪を償った後であれば輪に加わってもらいたいと思っています。
10年間分割の賠償金の支払い期間に、そのことを考えてもらいたいのです。
北方社会は内輪で争うべきではないのです。
海の向こうには異民族がいくらでもいます。
僕達は交流し、仲良くなり、交易や婚姻で繋がり、大きくなるべきです」
少しの間を開けて、シグヴァルド様は優し気な声で尋ねた。
「それが大クナトルレイク大会の開催と競技場の建設の理由なのかい?」
僕はゆっくりと、深く頷いた。
「…驚いたな」
「父ちゃん、シグリズ様。黙って動いてごめんなさい」
直前まで僕もシグヴァルド様に話したように、お金の話をしようかと思ってはいたんだよ。
だけど、貴族様達を前にして話し出そうとした瞬間、この人達にはお金の話をしてもまとまらない、と解ったんだ。
だから、以前から考えていたクナトルレイク大会運営構想に話を切り替えざるを得なかった。
そのせいで全く相談しなかった件については、深く反省している。
「いいや。俺もそこまでは考えが及ばなかった。トールなりに一生懸命、小さな身体で村の皆を一生懸命守ろうとしてくれていたんだな。…殴って悪かった」
父ちゃんが、僕の頭のコブをそうっと撫でた。
そこまで痛くはないんだけれど、子供の体は条件反射でぽとぽとと目から涙が落ちてきて、父ちゃんを慌てさせた。
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少しの間、僕が落ちつくのを待ってから、父ちゃんがシグヴァルド様に尋ねた。
「しかし、シグヴァルド様。今の王はそれほどまでに酷いのですか」
新米貴族の父ちゃんとしては、王様がそこまで酷い政治をしていることに実感がわかないようだ。
「そうですね。今の王は大きな村の有力者を目の敵にしています。有力者を取り除き、自分の部下に土地を支配させ重税を課します。
トーレル卿もそうして土地の支配権を手に入れた臣下の一人です。
ですから、我々にも団結の必要は認識されていました。
ただ、どのように結び、発展させるべきか。
同盟のあるべき形が誰にもわからなかったのです。
相手と結ぼうと頭を下げれば、それが弱さと見なされて条件で足元を見られるのが北方社会というものですからね。
必要性がわかりつつも、身動きがとれなかったのです。
なので今回のことは、我らにとっても絶好の機会だったのですよ。
クナトルレイク大会を定期的に開く、という名目で集まって話し合いや交易が行える。そのための場所を用意してくれる、というのならば賠償金の一部負担など安いものです。
まして、その賠償金は少し増えて戻って来るというじゃありませんか?
実質、タダのようなものですよ。
ですから、貴族の全員が賛成に回ったのです」
なるほど。同盟の必要性は全員が理解していたけれど、北方社会の蛮族文化のせいで同盟を結ぶことが難しかった。
そこへ、お調子者の子供が面白いことを言い出したから乗ってみた、という構図になるのか。
なんだ。僕のプレゼンは、単なる切っ掛けに過ぎなかったんだなあ。
何だか凄いことが出来たつもりだったけれど、子供一人の力なんてそんなものだよなあ、といじけていたら、シグヴァルド様が厳かな口調で妙なことを言い出したんだ。
「今回の同盟はフギンの知恵がもたらした神事と言っても良いでしょう。
将軍。あなたの息子を誇りなさい。
妹よ、フギンが村に誕生した幸運に感謝しなさい。
そして我々は、北方社会に小さなフギンが降り立ち、今まさに羽ばたかんとしている機会に同席できたことを、後々まで英雄物語の登場人物の一人として語ることになるのでしょうね」
もしもし法話者のシグヴァルド様?
あなたはいつから宮廷詩人になられたんでしょうね?
「まさしく!」
「ええ…たしかに!記さねばなりません!」
そして。不本意な顔の僕を置いてきぼりにして、3人は興奮した面持ちで英雄物語をどのように記すか、夢中になって話し続けるのだった。
これは単なる勘なのだけれど、僕のことを出汁にして自分の姿を英雄物語に登場させたい、という打算を感じるんだ…。




