第112話 村の防衛ドクトリン 7歳 夏
「ねー歌はできたー?」
「はやく考えて―?」
「うう…もうちょっと待ってね…」
先日、村長婦人の肝いりで発足したばかりの少年戦士団の士気は極めて高く、食事の差し入れもあれば担当地区の親御さん達からおやつをもらえたりすることもあり。
朝に夕に担当地区を元気よく盾を叩きながら巡回している様子は、村にとっても微笑ましく安心感もあって、とても良いことなのだけれど。
「村を巡回するなら、もうちょっと格好いい歌が歌いたいよな―」
「そうそう。なんせ俺達は伝統あるフギン隊だからなー。他地区の戦士団に舐められるわけにはいかねー」
「いや!歌はフェンリル隊の方が先だよ!今の村のゲリ、フレキ、フェンリルの3地区が狼なんだからな!」
去年、クナトルレイクのチームが発足したばかりのフギンとフェンリルに伝統があるのかどうかは議論の余地があるけれども、巡回任務と戦士団に誇りを持ってくれるのは純粋に嬉しい。
大変に嬉しいのだけれど、早く栄光ある団の歌を作ってくれ、という圧力が強い。
もうちょっと待ってね…いや他にもやることがあってね…。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「さて。地区代表が揃ったところで、村の防衛方針について会議を行います」
長屋敷には、先日決められた防衛5地区。ムニン区、フギン区、フェンリル区、ゲリ区、フレキ区の相談役として選出された老戦士達が村長婦人の元に招集されて、男衆が戻って来るまでの防衛方針を定めるための会議が行われていた。
なぜか平民の子供の僕も末席に連なるどころか、村長婦人の隣に座らされているのだけれど、熟練戦士達から文句は出ないのがありがたい。
村を守るために子供の手を借りなければならない事態なのだから、年齢とか身分とか拘っていられないからね。
「迷い狼が1頭程度なら、追い払えることがわかりましたね。問題は他の場合についてです。群れならどうするか。熊ならどうするか。あるいは…」
「そうさなあ。群れが来たとしても、よほど多くなければ家屋のある場所まで退きながら時間を稼げば隣地区の応援は間に合うじゃろう。つまり3頭までなら何とかなる」
「それ以上の大きな群れとなるとなあ。もう家に籠もってやり過ごすしかなかろうよ」
「確かに。とはいえ、毎日のように見回って大きな音を立て続ければ用心をして寄ってくることはあるまい。奴等は慎重だ。音に慣れる頃には、大人衆も戻って来るじゃろう」
「いよいよとなれば、我らが命を捨てればいいまで。狼だろうと熊だろうと子らを守り槍と盾で追い払えんことはなかろうよ」
「しかり、しかり」
やはり経験のある戦士達というのは肝が座っている。
最後は命を賭ければ何とでもなる、という覚悟がある。
僕はそういうのないなあ…。
大人の戦士の話し合いに引け目を感じていると、話題は別に移った。
「問題は、人間じゃな」
「どこにでも村から追い出された盗賊のような法外者はおるからなあ」
「民会の間は相互不可侵。決して村を襲ってはならんことになっておるが」
「掟を守れるぐらいなら村から追い出されはしておらんだろうよ」
つまり少数の盗賊のような連中が襲ってくる可能性はある、と。
「そうした人達が来たらどうしますか?」
村長婦人の問いに、老戦士達は顔を見合わせた。
「子供らは逃げさせる一択じゃな」
「子供の細腕では傷もつけられんじゃろう」
という見解で一致を見た。少年戦士団は基本的に害獣を追い払うのが仕事。
人間を相手にするには、まだ早いということだね。
「少人数の相手なら、酒でも肉でも魚でも渡して帰ってもらうのはどうでしょう?」
「なんとも弱腰だな」
「父ちゃ…父達が帰ってきてから取り返すとか、やっつけて貰えばいい話ですから」
そうして調子に乗った連中なんて、大して遠くまで逃げる体力や根性もないだろうし、渡したものを現金化すればすぐに足がつくので討伐もできるだろうし。
「確かにのう…。歓迎するふりをして酒をたっぷり飲ませてから、酔っているところを殺ってしまう手もあるな」
「いやいや。いっそ酒に毒を盛る手もあるぞ。料理に毒を盛るのも良い。毒入りの酒を予め渡すために用意しておくのも良いな」
もっと物騒な案が出てきた。さすが経験ある戦士は発想が容赦がない。
「相手が頭おかしいぐらいに乱暴で、いきなり家を燃やしたり家畜を殺すような連中は困るな」
「交渉も毒殺もできん連中か。あまり想定される事態ではないが…」
本当の蛮族が攻めてきた場合だね。
一応、僕には案がある。
「そのために、選抜投擲手という軍団を考えています。目潰しの粉を遠くから投げつけて逃げて来る部隊です。
少年達の中から、遠くまで投げることができ、正確に投げるのが得意で、走っても投げる勘がブレない子に目をつけています」
僕の提案に老戦士たちの集団からは感嘆の声が上がった。
「目潰しの粉…例の、北方交易の戦で活躍した魔術の粉か!」
「昨日の競技会には、そういう意味が。なるほどのう…」
「さすがフギンの知恵と言われるだけのことはあるのう」
しきりに感心されると恥ずかしい。
「大人数で攻め寄せられたらどうしようもないですが、数人から10人程度の規模の盗賊のような連中なら、撃退できるはずです。初見では何をされたかわからないでしょうからね」
「たしかに。先日の戦でも、魔術を受けたと混乱してからは、ほとんど抵抗もなかったと聞いておる」
父ちゃん達が交易の際に長船を獲得した戦いのことだね。
村ではサーガになっているから多くの人が戦の顛末を知っている。
「とはいえ、子供達に余計な怪我はさせたくないです。なので、できるだけ遠くから正確に陶器に入った目潰しの粉を投擲してもらい、命中を確認したら逃げてきてもらう訓練を行います。
走って逃げ切って怪我さえしないでくれれば、また粉の壺を補充して何回でも遠くから投げつけることが出来ますからね」
要するに遠距離からのヒットアンドアウェイで嫌がらせに徹しようという戦術だ。
回避判定に失敗すると永久に失明するデバフをプレゼントだ。
「それは、相手は堪らんだろうのう」
「うちの村の子達は、クナトルレイクで鍛えてすばしこいのが多いからのう。鎧を来て盾を持っていては追いつくことなどできぬだろうよ」
「相手が弓を持っていた場合に備えて、軽い盾は背負っていた方が良いかもしれんなあ。子供相手にも弓を射る卑怯者はいる。相手の武装の偵察は必要じゃな」
「名誉ある戦い方とは言えないが、もとより女子供だけの村を襲おうという奴らに名誉を守れねばならん理由もないからのう」
ということで、概ねの賛同を頂いて村の防衛方針は決定された。
やれやれ。これで指揮系統も防衛方針も統一できて一安心だ。
「…あれ?」
今更だけど、村の防衛方針とやらを平民の子供の僕が決定してもいいんだろうか…?
いや本当に今更なんだけど。
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「というわけで、君たちには投擲の訓練をしてもらいます」
「おー!」
「まかせろ!」
「腕がなるぜ!」
競技会の総合成績上位3人の少年達を、選抜投擲手として訓練することになった。
最初にすることは、生石灰の粉の危険性と取扱を教えることだ。
「これは、村に伝わる目潰しの魔術の粉です。目に入ったら目が潰れて見えなくなります。決して回復することはありません。それぐらい危険な粉です。
決して素手で触ってはいけません。必ず手袋をしてください。割れやすい小さな壺に入っている粉を興味本位で触ってはいけません。吸い込んだら胸の中が焼けてしまい、息を吸ったり食べ物を飲み込んだりすることができなくなります。
脅しではありませんよ?実際に交易船の戦で使われて、戦士達から戦う力を奪い、粉挽き奴隷に落とした粉です」
僕が小さな壺に入った粉を差し出しながら生石灰の危険性について説明をすると、少年達は青褪めて後ずさった。
戦いの中で死ぬのでなく、戦う力を奪い去り奴隷へと落としてしまう力を持つ粉は名誉を重んじる戦士にとって悪夢そのものだ。
「まあ、これは安全な方の粉ですけどね。魔術がかかっていないので、普通の顔料と同じです。目に入ったら痛いので少し危険ですけど」
さすがに訓練に生石灰を使うほど鬼畜じゃない。
消石灰を少量だけ訓練に使う。
「君たちの役割は、悪い連中が上陸してきたら遠くから目潰しの粉を投げて、走って逃げて返ってくることです」
「えー!」
「かっこわりー!」
僕の説明に少年達から抗議の声が上がった。
まあ幼い名誉心に訴える役割ではないよね。
だけど僕としても、将来有望な村の子供達をくだらない小競り合いで失うわけにはいかないのだ。
「想定される相手は、名誉などない盗賊です。君たちの家を焼き、家族を殺し、家畜を奪いに来る盗人です。そんな奴等に守るべき名誉などありません。
君たちの命と名誉は、大人になってから相応しい武勇と名誉を持つ相手と戦うときまで取っておいて下さい」
僕が一歩も引かない姿勢を見せたからか、以降は文句が出ることがなくなった。
単純に、人間サイズの藁人形を相手に投擲して命中させたり、走って逃げる競争が楽しくなっただけかもしれなかったけれど。
「よーし!顔に当てたぜ!」
「当てただけじゃ駄目なんだぜ!走るのも速くないとな!」
「棒は捨ててもいいんだよな!」
楽しそうにはしゃぎ、訓練なのか遊びなのかわからない様子を見せる子達を見ながら、この訓練が無駄になるといいな、と思った。
父ちゃん達、早く帰ってきてくれないかなあ。
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