第104話 トールステイン大王伝記 征討の章
スウェーデン地方の宗教都市ウブサラ。そこは北方連合王国の国教たる北欧神話の聖地であり、白く高い石壁と高度な技術と宗教的権威で厳重に守られた神殿の奥の倉庫には、神話の時代から伝えられたとされる聖剣プリン・ソルをはじめ数多くの神々の武具や遺物が納められ管理されている、と言われている。
また上空を飛行することや衛星写真を公開することすら禁止されている神殿の中庭には世界樹が生えているのだ、とまことしやかに喧伝されてもいる。
近年、ウブサラの神殿は倉庫の蔵書を、ウブサラ文庫という形で電子化して世界中に公開する試みをはじめた。
これには研究者だけでなく、多くの北方王国国民や、トールステイン大王の事績に魅せられた世界中の人々からのアクセスが殺到し、公開初日からたちまちサーバーはダウンしてしまい、没後1000年以上が経っても、その影響力と評判の大きさを間接的に思い知らされることになったという。
黄金の羊皮紙に伝えられるトールステイン大王の征服事業は、ある時期から上級ルーン文字と呼ばれる北方王国文化に独特の装飾文字が現れはじめたことでも知られている。
トールステイン大王の征服事業は、以下のように黄金の羊皮紙にも伝えられている。
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仰げ、天を駆ける黄金の道を見よ
北の星々が、トールステイン大王がもたらした「恵み」と「鉄の意志」を物語る
その言葉は氷を溶かして大河となし、その眼差しは荒野を黄金の麦畑へと変えた
大王は雷鳴のごとき声で宣った
「国を強めるは、民の命を太らせ、その手を有為に満たすにあり」
冬の飢えに喘ぎ、枯れ木のごとく痩せた民を救うべく、大王は白銀の知恵を授けた
牛と山羊の乳を混ぜ合わせた、春を呼ぶ大いなる汁物である
白き乳と緑の薬草が溶け合うその一滴は、死の淵にあった赤子を呼び戻し、民の血を再び熱く滾らせた
また、大王は北風のごとき鋭き洞察をもって告げた
「冬を越えし大麦の命、これを男に預けてはならぬ。彼らはそれを忽ちのうちに酒へと変え、未来を飲み干してしまうゆえに」
かくして国中の大麦は、決して腐ることなき永久凍土のごとき冷気漂う石倉へと集められた
これを見守るのは、厳選され、徳を積んだ気高き乙女たち
彼女たちの清き手により、大王の地から「飢え」という名の魔物は消え去ったのである。
さらに大王は命じた
「黄金の酒もまた、女の手によって醸されるべき聖なる雫なり」
技を極めた娘たちが、大麦の魂を揺り起こして造りし酒は、神々の甘露のごとき芳香を放った
その名声は北方の果てまで風に乗って広がり、諸国の王たちは大王の美酒を求め、憧憬の念を抱いた
都では民のために大いなる石積みが日々繰り返され、槌の音はトールの雷のごとく絶えることなく響き、比類なき建築の徒が野の草のごとく育っていった
予言の巫女は、大王の神聖なる言葉を刻むには、古き言葉ではあまりに貧しすぎると嘆いた
彼女は祈りの中で、星の形を模した新しき美しき文字を産み落とした
麗しき女将軍エリンは、その文字の美しさに魂を射抜かれ、自らも筆を執りて大王の意志を学んだ
猛き将軍グリムルは、剣を掲げ、大王に奏上した
「王の威光を解さぬ無知なる者どもに、その真理を刻むための征伐を」
大王は頷き、太陽の欠片を鍛えし聖剣プリン・ソルを授けた
グリムルは若き獅子のごとき戦士を選りすぐり、熟練の猛者たちは家宝の武具を磨き上げて遠征の列に加わった
数千の軍勢は、フギンの赤とフェンリルの青で彩られた装束を纏い、雪原を鮮やかに染めた
大王が秘術で醸した薬草蜂蜜酒と魔法の癒やし薬を浴びた戦士たちは、痛みを知らぬ無敵の軍勢と化し、神々の紋章を胸に咆哮した
アスガルドの神々は、愛しき大王を支えるべく、招請に応えて、その化身を地上へと遣わした
厳かな儀式を執り行う大王の肩には、思考の鴉ムニンが舞い降り、その耳に民の隠れた嘆きや噂話を囁き統治を助けた
また、大王の宝物庫の扉の前には、フレイヤの守護獣ベイグルが伏し、いかなる外敵の接近をも許さなかった
遠征に向かう長船の帆には、知恵の鴉の印が刻まれた
荒れ狂う海も、神々の知略を授かりし長船の前には鏡のごとく静まり返った
大王の神力と、神の加護を得た軍団の前に、逆らう蛮族の矛は木の枝のごとく折れ、ことごとくが塵に伏した
敗れし諸部族はみな、大王と将軍の足元に額を擦りつけ、永遠の忠誠を誓ったのである
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「北方の民は、いつよりか大軍を一つにまとめ、一つの生き物のごとく戦い、退く術を身につけた。されど我がフランドルは、小さき領主たちが互いに我を張り合い、団結せぬ。このままにては、伯爵殿の武勇をもってしても勝利は望めぬであろう。神よ、我らに悔い改めと一致の恵みを与えたまえ」と嘆いたのは、現在の北方フランスからベルギー、オランダ地方を納めたブランドル伯ボードワン五世に仕えた宮廷礼拝司祭である。
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「このように、10世紀後半より北方民は一つの集団となって北海の覇権を握るためしきりにフランス北部、ベルギー、オランダの沿岸の襲撃を繰り返すようなったわけでありまして。そのために沿岸の漁村は壊滅的な打撃を受けた結果、北海の鱈漁の権益は北方王国に移り発展の機会を逃した結果、長く経済は低迷することになり…」
歴史の教師の言葉を聞きながら、ルーカスは隣席のリアムに零した。
「去年、北部のフランスにクナトルレイクの遠征合宿に言ったんだけどさ、ほんっと何にもないのな!地元は頑張って練習場を承知したみたいなんだけど、試合用の大きいコートがあるだけで街も寂れてるし遊ぶところはないしでさあ…」
「それは仕方ないよ。教科書に書いてるように、大王様の部下が何百年も繰り返し全部根こそぎに略奪しちゃったんだからさあ」
「だったら北方連合王国から独立なんてしなきゃ良かったんだよ。ボードワンなんとかなんて名前を歴史で憶える必要も減ったのにさあ。あの国、クナトルレイクのランキングも低いんだぜ」
ルーカスは、昨年の遠征ではろくな魚料理が出なかったことを思い出し、もうすぐ12時を指そうとする教室の時計へ視線を移した。
せめて今日の昼飯は、食堂でちゃんとした冷燻サーモンが出ると良いのだけれど!
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