≪小話≫3.5~5ザック・クロスリーの期待
区切りの関係で続けて投稿です。
ちょっと時系列が前に戻ります。
とある場所に、ザック・クロスリーというかつて水の国の騎士団長を勤めた男が居た。
だが今は本人が隠居を強く希望し、周りの制止を無視して勝手に隠居を決めてしまった為、自宅でゆっくりと余生を過ごしていた。
ザックという男は、全体的に戦闘能力は高いのだが、争いを好まない性格であった為早々に引退し穏やかな暮らしをする事を望んでいたという人間だった。
なら何故騎士団に入ったのだと思われるだろう。それは、彼が「争い」ではなく「闘い」が好きな闘士気質な人間だったということも一因だった。
騎士団に入れば、必ずといっていいほどの「闘い」の場面がある。
何かと「争う」事は苦手だが、強き者との「闘い」を欲するザックが、さらに高い実力の持主であるとなれば周りが放っておきはしないだろう。
そういった理由もあり騎士団入りを薦められた結果、加入してしまったのが結論だった。
だが、やはり闘いだけではやっていけない。
戦争とはいかないにしても、何かしらの争い事にも関わっていかなくてはならないとなると、どうしてもそれに耐えられなかった。
その結果が『隠居』であった。
そんな隠居中のザックの元に一通の手紙が届いた。
送り主はリチャード・オルコット。
水の国で公爵家当主の座に着いている者だ。
彼とは以前に仕事の関係で出会い、光栄にも自分を「友人」と呼んでくれる唯一の人間であった。
彼はザックより10歳以上年下であるが、リチャードは出会った頃から立場も年齢も大して気にすることなく、どんな者にも気さくに話しかけてくれる人間だった。
そんなリチャードと対称的に、ザックは積極的に人と関わるタイプではなかったのだが、騎士団員でありながら争い事を好まないザックの性根の良さをリチャードは大変気に入った。
そしてザックもまた、口下手な自分と何かと積極的に関わってくるリチャードの人柄にどこかしら惹かれるものがあった。
その為接していく時間が経つにつれ、立場は違えどお互いを名前で呼び合い敬語も使わないという気におけない関係を築いていた。
だが、ある日からそんな関係は変わってしまった。
彼の最愛の妻が亡くなったのだ。
その知らせを聞き、急いで駆けつけたその妻の葬儀の場が彼を見た最後の記憶だった。
その時二、三言声をかけたのだが、心ここに在らずといった状態の彼には、何を言っても届く事はなかった。
その後も気になり、彼に手紙を送るが返ってはこないというような、なかなか連絡がとれない状況になっていた。
あの背中を思い出すと、もしかしたらこれから先、彼とはもう接する事はないのかという嫌な予感はしていた。
しかし、そんな彼から一年半ぶりの連絡が届き、ザックは慎重かつ素早く手紙を開いた。
『久しぶりだね、ザック。これまで手紙をありがとう。長い間連絡を取らずにいてすまない。知っての通り私は長らく妻の死を受け止めきれず、仕事に明け暮れていた。だがやっと私は前を向く事が出来たんだ。それもこれも君も知っている私の愛する息子、ギルバートのお陰でね。そうそう、それで相談が有るんだ。これは君が一番適任だと思って今回手紙を送ってみたんだけど。実はね、君にウチの子達の武術の先生を頼みたいんだ』
「…武術の先生?私がか?」
ザックはそのリチャードの言葉にあまりピンと来ず、首をかしげる。
そして文にあるウチの子"達"とは、噂に聞いた例の再婚相手の連れ子の事だろうか。
最愛の妻を亡くして間もなく、周りの薦めですぐ再婚したと人伝で聞いていたが、リチャードの人柄を知っているザックからすれば、正直信じられないと思っていた。
リチャードはどんな人も気さくに接するが、関係を大事にする人間だ。
それなのにこんな簡単に再婚を認めるとは到底考えられなかった。
もしかしたら脅されたり、憔悴しすぎて判断力が無くなってしまったのかもしれない。
そう心配し、手紙を何度か送っていたのだが、結局その返事は返ってこなかった。
直接会いにも行ったが、仕事で留守にしているとの事で会うことすら叶わなかった。
しかしこの文から察するに、どうやらその再婚家族ともどうやら仲良く出来ているようだが、一体彼に何があったのだろう。
気になってきたザックは、すぐにこの頼みの件について話し合いたいという午の手紙を出し、近いうちに会いに行くことを伝えるのだった。
そして一週間もしない内にリチャードに会えたザックは、あまりに元気なリチャードの姿に逆に驚いてしまった。
「思ったより元気そうだな、リチャード。もう少し弱っているかと思ったが…」
そう言うと、リチャードは苦笑しながら肩を竦めた。
「この通り私は元気だよ。心配かけて本当にすまなかった、ザック。あんなに連絡をくれたのに…」
「それは別に構わない。あんな姿を最後にみたら、お前が連絡を寄越せる状況じゃない事ぐらい分かるさ。」
「…本当にありがとう。私は家族だけでなく、良い友達まで無くす所だったんだね…」
そう告げるリチャードは、なんだか泣いてしまいそうで、ザックは居たたまれなくなった。
「あー、で?その、手紙の件なんだが…」
ザックはどうにか話題を変えたくて、先日の手紙の件の話をする。
その話題に、少し涙を拭う仕草をしたリチャードはすぐに笑顔で話し始める。
「そう!君にはどうしてもウチの子達の先生になって欲しくてね!君は強いし、指導者としても申し分ない実力の持ち主だから、お願いしたくて…」
「ちょ、ちょ、リチャード!落ち着け!それに、そんなに買い被るな、私はそんなに凄い人間じゃない。」
リチャードの言葉に照れながらも否定で返すザックの様子に、リチャードは思わず溜め息をついた。
「まったく…相変わらずザックは謙虚過ぎるよ。『鬼神の騎士団長』とすら呼ばれ、様々な功績を残してきた君が、凄くない訳ないじゃないか。」
「それは周りが勝手に言ってただけだ!倒すときには部下も居たし、私だけで倒した訳じゃない。」
「その部下が証言してたんじゃないか、『ザック団長は烈火の如く素早い動きで、自身の倍はある魔獣をものともせず倒されていました。普段の温厚さとは違い、まるで鬼神が如き強さでした!』ってね。」
「…うぅ…あまりその話はするな…熱くなると周りが見えなくなるこの性格、正直困ってるんだ…」
頭を抱えるザックに、リチャードは思わず吹き出してしまった。
闘いから離れたザックは、普段は少し慎重すぎる面のある争い事を好まない平和主義者なのだが、もともとの魔力の高さと戦闘センス、そして『強き者と闘いたい』という闘士の性質により、闘いの場では熱くなると猪突猛進な激しさで敵を薙ぎ倒していってしまうのだ。
その性質もあり、実戦でメキメキと実績を上げ平和主義者ながら騎士団長という立場にまで登り詰めたのであった。
なので普段は温厚な分部下にも大変慕われ、現場では誰よりも強いとなれば部下としては理想の上司であろう。
そんな訳で出世欲が無かったにも関わらず、騎士団長になってしまったザックは、団長としての責任感と自己顕示欲の強い者達とのいざこざに関りたくない気持ちのストレスに負けて、早々に引退を決意してしまったのだった。
部下達が引き留めたいのは当然だろう。まだ十分に働ける理想の上司が居なくなるのだから。
「せめて騎士団の育成担当にと頼まれたのに、それすら断るなんて。惜しい事をするよ…」
「いや、あのままズルズル居続けたら、絶対どうにかして引き戻される気がしてな…金銭の余裕はまだあったし、とにかく一旦離れようと思ったんだ…」
「…でも、そろそろ働き口探しとかないと、じゃない?」
そのリチャードの言葉に、思わずギクリとする。
実はザックには妻がおり、残念ながら子宝には恵まれなかったが、それでも優しい妻と共に仲の良い夫婦として過ごしていた。
辞める際にも妻はザックの性格を尊重し、反対することはなかった。
たが、やはり子供が居ないとはいえ2人分の生活費は掛かってくる。
いくら今退職金で生活出来ていても、それはこの先ずっと保証できるものではない。
年齢的にもまだまだ先は長いと考えると、そろそろ働いておかないといけないとは考えていたのだ。
「良い話だと思わないかい?息子達の指導と、出来れば住み込みでこの家の警備もしてくれれば、君だって穏やかに過ごせそうだと思うのだけど。」
「さらっと警備も付け加えたな。」
「奥さんも住んで良いからさぁ~」
「…確かに条件は悪くない…でも、私の性格を知っているなら尚更止めておいた方がいいんじゃかないか?」
ザックは真剣な表情でリチャードに問い掛ける。
確かにザックは指導者としても優秀だ。
しかしその熱くなると周りが見えなくなる性質や、並大抵の騎士より強い為正直子供に教えるレベルに合わせられる自信がないのだ。
ザックは普段から謙遜はしているが、自分の実力が並より上である事はキチンと自覚がある。
だからこその忠告でもあった。
「うーん、普通はそうなんだけどさ。何か、最近のギルバートを見てると、案外君くらいの実力者が丁度良いんじゃないかって思えてさ。」
「?どういう事だ。」
「うーん…ハッキリとは言えないんだけど、以前のギルバートより凄くしっかりしてきたというか…あ、今丁度庭で遊んでるね。」
そう言いながらリチャードは、窓から庭で遊んでる子供達を指差した。
その指先に視線を移すと、庭にそれぞれ黒と亜麻色と金色の髪をした子供達が遊んでいた。
あの金色の髪には見覚えがあるが、他の色に見覚えが無いため恐らくその2人が例の連れ子なのだろうと考える。
そして、その金色の髪の子供を見ると、平均的な子供にしては横幅の大きな体格の少年が居た。
「…相変わらずでかいな。」
「…それに関してはなんとも言えないよ…」
我が子を甘やかしてきた自覚のあるリチャードは、思わず苦笑を浮かべる。
「…今まで私は、ただ守ってやることがあの子の為だと思って来たんだ。けれど、妻が亡くなった時、私は自分の弱さからギルバートを守るどころか突き放してしまった。」
そう語るリチャードの表情は、とても辛そうな顔に見えた。
そして、リチャードは胸ポケットからロケットを取り出し開くと、そこには赤子を抱いたオルコット夫妻が写っていた。
「…あの子が生まれた時、こんなに小さな子守らなくては、すぐに死んでしまうかもしれないとつねに夫婦で心配して仕方なかった。普段気の強いライラも、自分の子だから、もしかしたら病弱な子になるかもしれないと、そう考えると思わず甘やかして育ててしまった。」
ザックは、自分には子供が居ないので正しく共感は出来そうになかったが、子供はか弱く、自分が接すると傷つけてしまうのではないかという漠然とした不安感は常に抱いているので、なんとなく理解は出来る気がした。
「けれど、そんな子がだよ?兄弟喧嘩をして、怪我をした自分の心配でなく、自分以外の人の為に、なりふり構わず私に頭を下げて来たんだ。自分のせいでこんな事になったから、申し訳ないってね。もとはといえば私がいけなかったのに…」
その話を聞き、やはり当初は再婚した家族達との関係はうまくいっていなかったのかと考える。
「信じられるかい?あの小さかったギルバートのお陰で、私は今こうやって新しく出来た家族達とも仲良く過ごすことが出来ているんだよ。そして、ライラの事も…忘れる事は出来なくてもやっと受け入れる事が出来るようになったんだ。」
そう語るリチャードの表情は、本当に幸せそうで、ザックはなんだか安心感と感動で胸が熱くなるのを感じた。
「そんなギルバートを見て思ったんだよ。甘やかすだけが、愛することじゃないんだって。それに、今のあの子なら、君の指導を受けるのに申し分ないんじゃないか、と思えてね。」
フフッと笑ったリチャードは、改めてザックに向き直る。
「それに君なら、きっと良い指導が出来ると思ったんだ。君をただ隠居させるなんて勿体ないし、君の力で、私の子供達を強く導いて欲しい。」
頼む、そう言いながら、リチャードはザックに頭を下げた。
ザックは友人である以前に、立場上自分より何倍も上である"公爵"のその態度に、思わず狼狽えてしまう。
しばらく戸惑っていたが、そうしていると思わず窓の外のギルバートに視線を移していた。
するとギルバートが、楽しそうに他の子供達と庭を駆け回っているのが見えた。
…あの子煩悩なリチャードにここまでさせるなんて、そんな凄そうな子にはとても見えない。
だが『だからこそ知りたくなった』とも言える。
「…分かった、引き受けよう。」
ザックのその答えに、リチャードがパッと顔を上げ笑顔になる。
「ただし、確かに子供だから気を付けはするが。甘やかすつもりはないからな。それであの子達がついて来れないようなら、あの子達の指導は別の人に代えてくれ。」
「ああ、もちろんだよ!」
「…ただその時は、やはり金は入り用だから警備としてはしばらく雇ってくれ。」
「ははっもちろんいいよ!ありがとうザック!」
そう笑顔で答えるリチャードの顔を見ていると、ザックも思わず笑顔になっていた。
こうしてザックはギルバート達の武術の先生となったのだが、まさか「師匠」と呼ばれるまでに懐かれ、自分も彼らをかなり気に入る事になるとは思ってもみなかった。
そして、まさかギルバート達がこれから『ザックの指導の賜物』によって様々な出来事を引き起こしていってしまう事に、依頼したリチャードも今のザックにも想像が付かないのだった。
師匠は今まで争いを避ける為に、あまり自分が目立たないように振る舞ってきたので妙に謙遜する癖がついてしまった感じです。