第二十二話 真澄の過去 壱
それは今より数ヶ月ほど前のことであった。
「ちょっと何すんだよ?」
その町の人気のない裏通りで、少々揉め事が起こっていた。今その場にいるのは、一人の大柄な男と、一人の少年であった。
その大柄な男は、トーマが着ていたのとよく似た服を着ており、その上に軽装の鎧を纏っている。そして腰には、この大陸ではあまり見ないロングソードを帯剣している。
銀髪の三十歳ぐらいの男性で、彼は鰐人ではなく、純人であった。この容貌と装いから、恐らく彼も異人だと思われる。
そして絡まれているのは、十歳ぐらいの着物姿の鰐人の少年。背中に胴乱をランドセルのように背負っている。
何があったのか、彼は異人の男に腕を掴まれて、何やら責め立てられている。
「貴様今私から財布をすっただろう! わざとらしくぶつかりおって、この蛮族が!」
「ちげえよ! たまたまぶつかっただけだろうが! それだけで疑うなよ!」
「だったらお前のような餓鬼が、こんな人気のない道を通る! 何かやましいことがあって、人前に出れないんだろう! よくいるチンピラ餓鬼の行動だ!」
そう言って少年の顔に、一発殴る。小柄な少年の頭が、強い衝撃で揺れて、彼の顔から鼻血が吹き出る。だが少年はそれで怯まなかった。
「ここ通った方が、学校から近いから、ここにいるだけだよ! 財布すられてとか言ってるけど、本当に盗られたのかよ! 本当は最初から持ってなかったんじゃねえの!?」
「ふざけるな! 財布ならちゃんと……あっ?」
異人の男がポケットから盗りだしたもの。それは男が盗まれたと主張していた、彼の黒革の財布であった。彼の財布は、ちゃんと彼の懐に残っていたのである。
しばしの沈黙。冤罪で暴力を振るわれた少年は、男を心底馬鹿にするような目を向けていた。それに気づいた男は、更に激昂した。
「クソガキが! 何だその目は!?」
バチン! バチン!
「ぐあっ! ああ……」
逆ギレして無実と判った少年を、その場で更に殴りつける。
「盗んでいないから何だというのだ!? この世の汚物である蛮族の分際で、神聖なるディークの騎士であるこの私に触れたのは事実であろうが! 貴様のせいで私の名誉なる清らかな身体が穢れてしまったではないか!」
怒鳴りながら何度も血を流し倒れ込んでいる少年を、具足のついた足で何度も蹴りつけている。そしてついには、腰に差した剣を抜きだしたのだ。
「貴様の罪は死すら生温い、ロアに反逆する大罪である! だが私は心優しい神聖なる騎士だ! 貴様のような存在そのものすら許されない者にも、あろうことか慈悲をくれてやろう! この一撃で楽にしてやる! 貴様の残りの罪は、地獄にてたっぷり味わうがいい! ああロアよ……このような穢れた者にも、僅かでも慈悲を与えてしまう、愚かな優しさを抱いてしまった私をお許し下さい……。しかしディークの騎士としての、誇りと優しさが、どうしてもこのようなものにも慈悲を与えろと、我が心に訴え出て、己を抑えられないのです……」
何やら訳の分からないことを叫び、天に向かって懺悔しながら、男は剣を、倒れている少年に振り下ろす。
「何してる! やめろ!」
だがその時に、その場でそこに割り込んでくる者が現れた。人通りの少ないこの道に、叫び声を聞いて駆けつけたのか、そこに新たな横断者が現れた。
それは真澄であった。身なりは現代と変わらず、まだ源一という武器を持っていない頃の真澄である。
(何だこれは!? その剣は……まさか通り魔か貴様!?)
「また蛮族が来たか! こいつを庇い立てするなら、貴様も死刑だ!」
真澄が目の前の光景に、状況を把握している最中に、激昂中の男が、標的を真澄に変えて襲いかかってきた。ロングソードを振りかざし、真澄に向かって突進する。
ガキン!
響く剣戟音。真澄は腰の刀で、男の剣を受け止める。その場で始まる、剣と刀の打ち合い。彼らがチャンバラしている最中に、殴られている少年は、必死になって走り、その場から逃げていった。
「ぐううっ、この蛮族めが! 私が死ねと命じたのだ! 大人しく死ね!」
「お断りだ! ふざけるな!」
「神聖なるこの私の命が聞けんとはな! やはり貴様ら蛮族は、どうしようもなく頭の腐った汚物共よ!」
正直この男は、何故これほどまでの興奮状態で、暴れまくっているのであろうか?
これほどの事を起こせば、異人擁護のこの国でも、相当な罰を受ける。
(やばい薬でもやってるのか、こいつ? それとも単に、頭に血が上りやすい馬鹿か? しかしディークなんて名前の国、ここで交易してたか?)
判らないことだらけだが、ともかく真澄は、必死に応戦する。
二人の戦いは、真澄が有利に進めていた。男はどんどん後ろに追いやられていく。真澄の繰り出す剣撃もだんだんと受け止めきれなくなった。
ザシュッ!
「ぎゃあっ!?」
真澄の刀が男の剣を弾き返し、そして男の手首を切り落とした。鋭い斬撃が、男の肉体の一部を流血と共に地面に落とした。
そしてその痛みからか、男はその場で倒れ込み、呻き始める。
(終わったか……。そんで結局、何だこのいかれた男は?)
困惑しながらも、とりあえず相手を無力化できたと思い、真澄は刀の血を拭き取って、納刀しようとするが。
「お前ら、何をしている!」
その場で第三の訪問者が現れた。それは武装した二人の警官である。後ろには民間人と思われる者が数人と、こっそりとついてきていた。騒ぎを聞いて誰かが通報したのだろうか?
「ああ、これは……」
警官が来たことに安堵し、真澄はこの状況を説明しようとする。だがその前に、倒れた男が先に叫び始めた。
「助けてくれ! この女は通り魔だ! この私を突然殺そうとしてきた! お前らこの国の兵であろう!? 早くこの女を捕まえろ!」
手首を落とされた男が、残ったもう片方の手で、血で濡れた刀を持った真澄を指差して、事実と齟齬のあることを叫んでいた。
警察署内の取調室の中、真澄は両手に手錠をかけられ、木造の床の上で座り込まされ、数人の武装した警官達の監視の下で、質疑応答をされていた。
「だから何度も言わすなよ……最初にあいつが、子供を殺そうとしてたんだっての! 私をそれを助けようとしたんだよ!」
「信じられないな……。そんな子供、どこにも見当たらなかったぞ。あの異人の方は、突然貴様が後ろから斬りかかってきたと言っている。実際に、あの方はとてつもなく深い傷を負わされたが、被害者と称する貴様には、傷一つない。それに異人の方が、町の中で、子供を殺そうとしたと? 遠路はるばる、海を渡ってきた方々が、何の意味があって、そのようなことをする? 私から見れば、お前が人通りの少ないところを狙って、異人狩りを始めたと聞いた方が、よっぽど信憑性があるがな。あまり嘘をつきすぎると、後の刑期が増えるだけだぞ。ここは正直に、自分の罪を認めた方が賢明だと思うがな」
真相をありのまま話す真澄だが、警官は全く信じない。むしろあの異人の男の言葉が、全て真実であることを前提にしての取り調べであった。
この津軽王国は、異国との交易で栄えている国。相手国との関係を悪化させないために、滞在している異人には、かなり保護的に扱っていることもあるのだろう。
「単にあいつが弱かったからだよ。第一あんないかれた奴が、自分から人殺しをしようとしたなんて、普通言わないだろうが?」
「そもそも人を殺そうとする理由もないだろう? お前にはあるだろうがな、貴様の過去の所業は聞いているぞ、この虫けら女が」
「何だと?」
真澄を嘲笑う表情を浮かべて口にする警官の言葉。これに真澄は、険しく怒りの目を向けている。
「今より十年前に、お前はこの外ヶ浜に旅行で滞在していた、ガルム王国商人のご子息に随分と非道いことをしたな。“異人だからって、ちやほやされてむかつく”とか“異人なら余るほど金を持ってるだろう?”などとほざいて、幾度も暴力を振るい、金を毟り取ったとか……。あの件で、我が国にどれほどの汚点を残したか、お前には判っているのか? どうせ今回の件も、貴様の自業自得の処分に納得がいかず、同じ異人に八つ当たりでもしたのだろう?」
それが過去の真澄の罪。異人保護のこの国では、当時新聞でも大きく取り上げられた、子供が起こしたとしては、大層な大事件であった。
「違う……確かにあの時の私は屑だったが……今は関係ない。あの時は、マジであいつが……」
「黙れ! これ以上嘘を言っても、何の意味もないと、何度言えば判るんだ! 繰り返すが、全てを正直に話せ! お前はあの時から異人を逆恨みしていて、異人を心の底から憎んでいた! あの時たまたま、人目のないところで、異人の姿を見かけ、良い機会と己の恨みをあの方にぶつけた! それが真実であろう!」
「ちがっ……」
「反論はゆるさん! 事実以外の言葉には一切耳を傾けん! 私はこの外ヶ浜で、長らく多くの屑共を捕らえてきた! その神の目を持つ超級の警官である私の目には、貴様の全てが見えるぞ! 貴様の心が腐れぶりが、私の類い希なる眼力には手に取るように判る! 私の目は決して間違えない! 貴様を生まれながらの、そしてこれからも永遠に心を改めることなどできない、正真正銘のゲス女だ! この私が言うのだから、間違いなどない!」
ドゴッ! ドゴッ!
狂うように叫んだ警官が、その場で真澄の顔面を殴りつけた。しかも一発ではなく、手錠をかけられ、身動きでない真澄を、腹や顔に何度も殴打と蹴りを喰らわせる。
これに、周りにいた監視の警官達が、慌てて止めに入る。
「ちょっとやめて下さい……警部。拷問は御法度ですよ」
「おおそうであったな。この女の汚れぶりに、つい正気を失ってしまった。ふむ、いっそこのまま殺してやっても……」
「お気持ちは判りますよ……確かにこの女は、正真正銘のゲスです。この女から溢れ出る、汚れた心から発せられる瘴気で、この場にいる我々まで心が汚れてしまいそうです。ですがそれでも、警官としての本文として、越えてはならない一線があります」
「そうですよ。どんなに価値の薄い虫けら以下の命でも、一度人として生まれた者には、人として取り扱わなければいけない。これは我々警官が乗り越えねばならない、過酷な試練です! 大変つらいことでしょうが、ここは心を沈めて……」
止めに入る警官も、真澄を守ろうとする気は微塵もなかった。むしろ彼女を貶す言葉を、ワザと彼女に聞こえるように喋り、その顔はほくそ笑んでいた。
(逮捕者いじめの常習犯か? 腐ってるのはどっちのほうだ?)
その馴れた手つきと口調から、以前にもこういったことを何度もしているのでは?と、むせ返りながら真澄は思っていた。
今日一日で一気に二度も、このような人格破綻者に出会ってしまった己の不幸を呪っていた。




