13.お祭りの決戦(チェス)③
グレイは、オープニング、ミドルゲーム、エンドゲームのそれぞれ私のレベルに合いそうな本を探してくれて、掻い摘んで必要な部分の説明をしてくれた。
私にはあまり時間がないので、これはすごく助かった。
自分で普通に本を読んだら、多分何倍も時間がかかるところだもん。
(忘れないうちにノートにちゃんとまとめとかないと!)
その後は、タクティクス(手筋)の問題集。
グレイのアドバイスによると、時間がたくさんあれば自分でがんばって考える方がいいところなんだけど、時間がない時は答えを見ちゃって覚えるのも効果がある、とのことだったので、片っ端から全部答えを並べてみて、おぼえていった。
この方法だと半分くらいは忘れちゃうかもしれないけど、その時はまたしっかり覚え直そう。
それから、私が見たくてたまらなかった『過去の名人たちの棋譜』。
そもそも最初の目的はコレだったんだよね。
内容がすごすぎて並べただけじゃ全然理解が追い付かないかったんだけど、グレイが解説してくれるからすごくわかりやすい。(でも『分かってないのに分かった気になっちゃう』のは危険だから気を付けないとね!)
もちろん一つ一つの手の意味まで全部理解するのは到底無理だけど、それでもなんか強くなったような気分になれるのがいい。
「あ、そうだ・・・ねえ、グレイの棋譜も、見せてくれない?」
私はそう聞いてみた。
そしたら、グレイはイタズラっぽく笑ってこう言った。
「僕の棋譜なら見ただろ?それも6つも」
6つ?
私がこれまでに見た棋譜は、すっごく限られている。
今日ここで見た棋譜以外では、過去6年間の対抗戦の棋譜。
・・・って、つまり『そういうこと』じゃん。
「まさか、今年の代表もグレイ?」
だとしたら、絶対勝ち目ないじゃん。
けど、
「ううん。僕は去年で小学校卒業したからね」
って聞いて一安心。
6年間代表だったってことは、1年生の時からこの学校の子の中で一番強かったってことだ。
それは、すごすぎる。私が代表になるのが1年前じゃなくって本当に良かった。
「それよりさ、ものすごい棋譜があるんだけど見てみない?」
「ものすごいって、どんなの?」
グレイがすごいって言うぐらいなんだから、どれだけすごいのか想像もつかない。
「この棋譜は、実は誰のかわかっていないんだ。けど、噂では異世界で残された棋譜じゃないかって言われてる。」
異世界・・・そういえばゆーくんも異世界があるって言ってたなあ。ほんとに異世界ってあるんじゃないかと思えてきた。
でも、ゆーくんも言ってた通り『帰れなくなったら怖い』から行きたいとは思わないけどね。
・・・と、話が脱線したけど、元に戻してその棋譜を並べてみよう。
1.e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Nc3 Nf6
白も黒もナイトが真っ先に展開する『フォーナイツゲーム』だ。
ちなみに、さっき読んだばっかりの私たちの世界の本では、『白の初手がe4でお互いが白の3手目までを最善主で指すとルイロペスになる』と書かれていた。
ちなみにルイロペスって言うのはこの形。
これは、1.e4 e5 2. Nf3 Nc6 3.Bb5って指した形だ。
これが一番いいと言われる理由はいろいろあるんだけど、わかりやすいのは次の手ですぐにキャスリングができるってことだ。
でも、チェスの技術の進んだ異世界ではもっといろんな手があるのかも。
この3.Nc3もその一つなのかもしれない。
その先はこんな風に進む。
4. Bb5 Bb4 5. O-O O-O 6. d3 d6 7. Bg5 Bxc3 8. bxc3 Ne7 9. Nh4
お互いに強いからなのか、ここまでは両者特におかしな手はなさそう。
グレイはこの9.Nh4と言う手がすごいんだ、って教えてくれたけど、こういう手のすごさはまだ私には理解できない・・・。
そのあとは、こうだ。
9…c6 10. Bc4 Be6 11. Bxf6 gxf6 12. Bxe6 fxe6 13. Qg4+
こんな所からいきなりチェックがかかる。見てると白が有利なのはなんとなくわかるんだけど、ここまでで黒はどこが悪かったんだろう。さっぱりわからない。
そして、ゲームはこう続く。
13…Kf7 14. f4 Rg8 15. Qh5+ Kg7
hのポーンを取られるとまずそうなので、黒がこうやって守るのは仕方がない。
問題は、この後・・・
16. fxe5 dxe5 17. Rxf6!
これはビックリだった。
こんなところでルークを相手のポーンと交換しちゃった・・・
普通は駒損する手は指さない方がいいんだけど、あえて駒損する手を指すのを『サクリファイス』っていう。
先がちゃんと読めてないと『ただの駒損』になるからこういう手を指す前は慎重にね。
もちろん私には、この後白が有利になる形までを読むことはもちろんできてない。
こんなことして大丈夫なのかな?
17…Kxf6 18. Rf1+ Nf5 19. Nxf5
さらに、ポーンで取れるナイトをわざわざナイトで取り返す。これじゃ、ただのナイト交換になっちゃう。ナイトを交換するためにさっきルークを捨てたの?もしそうだとしたら、合わせたらルークの丸損じゃないの??
って思うんだけど。
19…exf5 20. Rxf5+ Ke7 21. Qf7+
こうなってみると、たしかに黒のキングを追い詰めているように見える。
でも、駒の損得で言ったらやっぱりまだルーク損のままだ。
21…Kd6 22. Rf6+ Kc5 23. Qxb7
絶妙! 黒はQxc6#とQb6#の両方を防がなくちゃならない。そして、最後はこうやって決まった。
23…Qb6 24. Rxc6+ Qxc6 25. Qb4#
しばらく、言葉も出なかった。
すごすぎるでしょ。
「・・・これはホントに異世界のチェスかも。この世界の物とはとても思えないもん。」
「だから、そう言ったろ?・・・ねえ、もしこの世界がどこか別の世界で作られた『箱庭』で、この世界の人が生まれる前はみんなその別の世界の事を知ってるとしたら、どうする?」
・・・??
「それは・・・」
あまりにも突飛すぎて反応に困る。
「ごめんごめん。僕がちっちゃい頃は、そういうのを想像するのが好きだった、ってだけだから気にしないで。」
グレイはそう言ったけど。
私には、実は思い当たるフシがいっぱいあって。
多分それは、本当なのだ。
いつか、絶対それを確かめたいって思う。
・・・あっと、今はそんなこと考えてたらダメ。とりあえずチェスだ。
「じゃあ、次は・・・」
私は次の本を開こうとしたんだけど、ちょうどその時、鐘が鳴り響いた。
「あ、ごめん。もう夜になるからここは終わりなんだ。これは5分前の鐘。良さそうな本をいくつか僕が代わりに借りて渡すから、対抗戦のその日に返して。(ホントはダメなんだけど)」
「ありがとうございます。がんばって勉強します」
そう言ってから、私はふと思った。
なんでグレイは、こんな風に私に協力してくれたんだろう。
グレイだって貴族の子だから、やっぱり私じゃなくって貴族の子の代表を応援するんだよね?
グレイにそれを聞いたら、
「みんなチェスが強くなってみんなでやったら楽しそうだろ?」
とのことだった。
そっか、ホントにチェスが好きな子って言うのはそういう考え方なんだ・・・
いつか私がもっと強くなったら他の子にも教えてあげよう。
今日はグレイにいっぱい教えてもらってすっごく強くなった気がする。
だけど、模擬戦の時はそれで大失敗してるから気は抜いちゃだめだね。
それにしても、対戦相手はどんな子なんだろう・・・
私がそんなことを考えたからなのか、『その子』はものすごいドンピシャのタイミングでそこに現れた。
「お兄ちゃま、こんなところにいたんですの?6時からはあたしにチェスを教えてくれるお約束でしたのにっ!それに、この子はなんですの??」
「ごめんデイジー、すぐ行くよ。この子はねえ・・・」
グレイはそこまで言って、私の方をチラッと見た。
忍び込んでるんだから仕方ないけど、今日は冷や汗が出るシチュエーションが多い。
「この子は、今度の対抗戦のデイジーの対戦相手だよ」
あ、言っちゃった。大丈夫なのかな・・・でもここは、グレイに任せる以外にない。
「お兄ちゃまはあたしの敵にチェスを教えてるんですの?ひどいですわ!」
そう言って、デイジーは私の事をジロジロと見回した。
うわ・・・ちょっとやな感じ。
もしグレイと会う前にこの子と会ってたら、かなりムカッと来てたと思う。
ちょっと太めだけど可愛い感じの子なんだけどね。
見た目だけの第一印象は『やわらかそう』って言ったら伝わるかな?
あと、多分年は、私と同じくらいだ。
「こら、デイジー、そんな言い方ないだろ?デイジーだって、相手の子が覚えたばっかりの初心者じゃ面白くないって言ってたろ?それともデイジーは、初心者を一方的に嬲るのが好きな『嫌な子』になっちゃったの?」
そう言われて、デイジーは
「ぐっ・・・」
と言葉に詰まってから、
「お兄ちゃまの意地悪・・・」
とだけ言った。
よく見ると、この子泣きそうになってる・・・
グレイはデイジーには聞こえないように私に
「ごめんね。やきもちやきなだけで悪い子じゃないから、気を悪くしないで」
って言ったんだけど、多分それは本当で、超がいくつも付くぐらいの『お兄ちゃんっ子』なんだろうな、って思う。
その証拠に、
「あんた、お兄ちゃまに1回教えてもらったからってあたしに勝てると思わないことね。あたしなんか毎日お兄ちゃまに教えてもらってるんだからっ!」
て対抗意識丸出しで言われたもん。
この子に勝っても負けても、後が大変そうだけど・・・
私はどう反応していいかわからなくて、頭だけぺこりと下げた。
デイジーはさらに
「あら、あなたのそういう反応は、『気合負け』っていうのよ。それとも『負け犬』って言ったの方がふさわしいかしら?どちらにしても、勝負はあったみたいなものね」
なんて挑発してきた。
でもグレイに
「こら、デイジー、いい加減にしないとホントに怒るぞ!」
って言われてショボーンとしてた。
わかりやすい子・・・
あなたのお兄ちゃんを取ったりしないから、安心して。
でも試合は絶対私が勝つよっ!
次回の更新は明日11月13日です。




