表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/50

12.お祭りの決戦(チェス)②

 決行はさらにその次の日の放課後にした。

 1日待ったのは、貴族の子の学校の制服を手に入れる必要があったからだ。

 実は貴族の子の学校の制服は、たまに古着屋で売られている。

 貴族の中にもいろいろいて、あまりお金持ちでない貴族は卒業して不要になった子供の制服は売ってしまう場合も多いらしい。


 その制服は、上がブラウスに赤いリボン、下はチェックのプリーツスカート。

 貴族の子が着る制服だけあって可愛らしい制服だ。

 卒業した子のものだったらしく私にはだいぶ大きかったけれど、丈を詰めてもらったから大丈夫。

 

 あと、今が冬じゃなくてよかったわ。

 冬服だったら上着が必要で、完全に予算オーバーだったし。

 けど、手に入れた制服が1人分だけってことは、私が1人で忍び込むしかないってことだ。


 貴族の子たちが通う学校は、旧王城の北側の区画にあった。

 ていうか、その区画全体が貴族ばっかりの区画だ。

 ばっかりと言ってもそもそも、貴族の家の数は20軒ぐらいしかないんだけどね。

 家の大きさは私たち平民と比べるともちろん大きいんだけど、想像していたほどではなくって建物の大きさはせいぜい4~5倍くらい。


 ホントにものすごくエライ人たち(爵位がある人とか)はほとんど新王都の方にいるから、って言う事情もあるらしい。

 つまり、ここにいる人たちは貴族とはいっても分家とか、そういう人たちってこと。

 もちろんそんなことは口が裂けても言えないけどね。


 そんなわけで、学校の大きさ自体も思ったほど大きくはない。

 大きすぎたら迷うんじゃないかと心配だったから、その点ではよかった。

 で、入る方法だけど、みんなの意見を聞いて、正面から堂々と行くことにした。

 せっかく制服を手にれたんだから、コソコソしてたらかえっておかしく見えちゃうもんね。


 でも、やっぱり緊張するなあ・・・

 みんな授業は終わった後で残ってる子は少ないんだけど、貴族の子たちの歩き方ってこんなんでいいのかなあ、とかいろいろ気になる。貴族の礼儀作法なんてならったことないもん。

 あと、上履きを買ってなかったのは失敗だった。

 私たちが使ってるのとは違うしね。

 けど、気にもしてなかったけど、多分お古の上履きは古着屋にもなかっただろうから仕方ないんだけど。


 もういっそ靴下のまま上がっちゃおうかとも思ったけど、よくよく考えたらそっちの方がもっと目立つから、持ってきた上履きを履くことにした。

 万一靴下に穴が空いちゃったりしたら完璧にアウトだからね。


 で、目指すは図書室。

 校舎は長細い4階建ての建物だけど、1階の部屋はみんな教室っぽくなくて、『職員室』とか『音楽室』『工作室』なんかが並んでるから、多分教室は2階から上で、目指す図書室はこの階の奥のほうにあるはず。


 特に、本がたくさんある図書室ならすごく広いはずだから、可能性として高いのははじっこ。つまり、一番奥だ。

 予想は大正解。

 その間、何人かとすれ違ってちょっと私の事を気にしていた子もいるけど、咎められることはなかった。


 そして、図書室。

 扉を開けると入口の所がカウンターになっていて、ちょっと怖そうな眼鏡をかけた中年くらいのオバサン先生?が受付をしていた。

 ・・・バレない、はず。

 ちゃんと制服は着てるし、上履きは・・・カウンター越しなら見えないからね。


 「あの・・・チェスの本が読みたいんですけど・・・」

 平然と・・・と思ったんだけど、ダメだ、声が上ずってる。

 一瞬の間があって、それだけでもばれたんじゃないかとドキドキする。

 私は、ゴクッとつばを飲み込んだ。


 「利用カードを出してください」

 そう言われても、もちろん、そんなものを持ってるわけがない。

 私が絶句していると、やれやれと言う感じで、今度は

 「・・・図書室の利用ははじめてなんですか・・・じゃあ、作りますから学生証を出してください」

 それも、もちろんないから。うーん、困った。


 なんかすっごく冷や汗が出てくるんだけど。

 言い訳しなきゃいけないとこだけど、混乱してて言葉が出てこない。

 かと言って、逃げ出すわけにもいかないし。

 「学生証の不携帯は重大な校則違反です!壁に両手を付けなさい!!」

 やっぱりこのオバサン怖い・・・


 手に持ってるのは、教鞭?

 教鞭は鞭って書くけど人を叩く道具じゃないってば!

 でも、なんか変な迫力があって逆らえず、言われた通り両手を壁に付けて、目をつぶって身構える。

 暴力反対!教鞭を振るうのは黒板だよ!!私のお尻に振るうものじゃないよっ!!!

 ・・・しかも間が長い。

 痛いのもやだけど、いつ来るか分かんなくて怖いのもやなもんだわ。

 ・・・???


 「先生タンマ、その子、僕とおんなじ卒業生だから、学生証は持ってないよ」

 知らない男の子の声。

 ていうか、ここに知ってる子がいるハズはないんだけど。

 私としては何が何だかわからないけど、とりあえず教鞭で叩かれるのは免れられたみたい。


 恐る恐る目を開けると、オバサン先生はすごーく疑った顔でこっち見てる。

 そりゃそうだよね。だって嘘だもん。

 「本当ですか?」

 なんか、すごい勢いで詰め寄られてる感じ・・・

 「は・・・はぃ・・・」

 嘘言っちゃった。ていうか、忍び込んでる時点で嘘言うしかないんだけど。


 それにしてもこの男の子、何で私を助けてくれたんだろう・・・

 「ほら先生、この子の胸元のリボン見てくださいよ。赤は去年の卒業生の色ですよ。今年の1年生も同じ色だけど、1年生には見えないでしょ?」

 それは、さすがに無理があると思うけど。

 1年生に見えないと言うのは確かにそうだと思うけど、4年生の中では小さい方だから、卒業生にはもっと見えないはず。


 「そうですか・・・」

 と言いながらも、オバサン先生は、さらに疑いの眼差しを向けてきてるんだけど・・・。

 ・・・と、私の首のほうに両手を伸ばしてきた。

 何??首絞められる!?

 って思ったけど、さすがにそんなことはなくって。

 胸のリボンが曲がっているのを直されて、

 「当学校の卒業生ならもっと身だしなみに気を使いなさいっ!」

 とか嫌味を言われた。


 「はいっ!」

 答えたというより、勢いで声が出ちゃったと言う感じだったけど、ともかく、なんとかこの場は切り抜けられたみたいだ。


 私を助けてくれた男の子に、すごい勢いで強く手をひっぱられて小走りになってついていくと、後ろから

 「図書室では静かに!」

 ってさらに注意された。厳しいなあ・・・。


 それでちょっと歩く速度は落としたけど、もうこれ以上あのオバサン先生とは関わらない方がいいと判断したのか、振り向くことはしなかった。

 それから本棚の陰に入ると、その男の子は

 「ふう・・・なんとかセーフかな・・・」

 と言って額を手の甲で拭った。

 「助けてくれてありがとうございました。えっと・・・」

 「僕はグレイ・ケイマン。さっき言った通り、この間初等学校を卒業したところだよ。本が好きだから、図書室だけ使わせてもらってるんだ。」

 「私は、ミルフィです。本当は4年生になったところで、えっと・・・」

 どこまで話していいか、迷う。


 「僕には隠さないでいいよ。この学校の子じゃないのは一目でわかったし・・・。けど、先生にばれたらホントにマズイからね。ちなみにお尻叩きは生徒が校則違反をした時の罰で、外の子が勝手に入ったのがばれたらそんなのじゃすまないよ。たぶん牢屋行きになるよ」


 げ。それは、さすがにシャレじゃ済まない。

 「ごめんなさい、えっと・・・」

 「『えっと』がいっぱい出てくるのは、まだ隠そうとしてる証拠だよ」

 この人には、ホントに敵わない。


 何もかも見透かされてる感じだし、頭もすごく良さそうだし。

 うーん、もうこうなったら、この人にかけてみよう。

 どのみちさっき助けてもらわなかったら大ピンチだったわけだし。


 そんなわけで、私が平民側のチェスの対抗戦の代表になったところから、ここに忍び込むことになった経緯までを全部お話しした。

 貴族の悪口?的なところはオブラートに包む感じで話したけど、その辺は察してくれたのかな。

 「だから、どうしてもチェスの本をたくさん読んで帰らないとならなくって・・・あと、お名前よぶときはグレイ様、でいいですか?」


 身分が違うし、年上でもあるからそう思ったんだけど。

 「様なんてつけたら絶対ダメ。君はこの学校出身の貴族ってことになってるんだし、僕と同じ学年ってことにもなってるから呼び捨てじゃないとおかしいだろ?」

 って言われた。


 それは、すごい抵抗があるけど・・・でもこう言われちゃったってことは、『様』はもちろん『さん』付けもできないよね。

 「グレイは、チェスは詳しいの?」

 「まあ、それなりにね。良さそうな本、見てあげよっか?・・・あ、それより前にどのくらい出来るかによって読む本も変わってくるから、僕と一回チェスしてみようよ。」

 そう言われて、実際やってみると『それなりに』なんてとんでもない強さだってことを見せつけられてしまった。


 私は有利な白番をもらったのに、たった11手でチェックメイトにされてしまったのだ。

 ジャッキーの棋譜を見てたった6手でクイーンを取られたと馬鹿にしてたけど、11手でチェックメイトはもっとひどいかもしれない。

 ちなみに、手順はこう。


 1.e4 e5 2.d4 exd4 3.Qxd4 Nc6 

 挿絵(By みてみん)

 これは後からグレイに教えてもらったんだけど、『センターゲーム』っていう定跡で、間違ってはいないけど、本筋からはちょっと外れてる形らしい。


 e4とd4にポーンを2つ並べる形は白の理想の形で、それを目指したのは間違いじゃないんだけど、d4のポーンはすぐに取られてしまうし、3手目の黒が指したこの局面では白はクイーンを逃げなきゃならないから手損にもなっちゃってる。


 その後は

 4.Qd1 Nf6 5.Nc3 Bc5 と進んで、そのあと私は6.e5とついた。

 挿絵(By みてみん)

 f6のナイトを窮屈にさせたかったんだけど、このポーンは6…Nxe5とタダ取りされちゃった。これは私の見落としだ。


 うーむ、ダメだな・・・けど、この時点ではまだたったポーン1個だからがんばればなんとかなるかも、ぐらいに考えていた。

 そして私は7.Bg5と出た。

 挿絵(By みてみん)

 これでもし黒がf6のナイトを動かしたらクイーンを取ることが出来る。

 これは『ピン』という手筋で、普通ならいい手になることが多いはず。

 だけどこの局面はそうじゃなかった。


 次にグレイが指してきたのは7…Bxf2+

 挿絵(By みてみん)

 という手。

 なんでビショップを捨ててポーンと交換してきたんだろう?

けど、これを取らないとポーンをタダで取られたことになっちゃうから私は8.Kxf2と取り返す。

 するとその後、動けないはず、と思っていた黒のf6のナイトが跳ねて8…Nfg4+とされた。 

 挿絵(By みてみん)

 チェックがかかってるのでg5のビショップでd8のクイーンを取ることが出来ない。

 私が仕方なく9.Ke1と戻ると9…Qxg5とピンしていたはずのビショップを取られた。

 挿絵(By みてみん)

 これで差し引き、ポーン2個の損。

 こうなると相当不利なのは間違いない。


 ポーンはチェスでは一番弱い駒だけど、ポーン2個差って結構取り返すの大変なんだよね。

 だけどこの後、たった2手でチェックメイトされちゃうとはさすがに想像もしてなかった。

 私は駒損をしているから、あまり駒を交換したくないと思っていた。

 チェスはコマの交換が進むと逆転が難しくなるゲームだからだ。


 それに、黒の2個のナイトとクイーンが、盤の全体を支配してる気がするから、これをなんとか追い払いたい。

 これも感覚的には間違いじゃないはずだ。

 でも、その方法を間違えたのだ。

 私は一番強いクイーンを追い返したくて10.h4とポーンを進めた。


 それに対してグレイの応手は10…Qe7。

 挿絵(By みてみん)

 これは嫌な予感のする手だ。

 次にe5のナイトがどいたらチェックになる。

 この位置からも、黒のクイーンをどけないとダメだ、って思った。だから、私は11.Nd5って指した。

 挿絵(By みてみん)

 次の手でクイーンをナイトでとれたら逆転で勝てるし、クイーンが変なところに逃げたら、例えばeファイルのキングへの狙いを消さないためにe6なんかに逃げたりしたら、Nxc7+としてこれも逆転だ。

 だから、黒はQd6かQd8として、c7のポーンを守るしかないはず、というのがその時の私の考えだ。

 もしそうなれば、黒のe5のナイトがどいてもクイーンでチェックにならないから、かなり脅威は少なくなる。

 私はこの手に関しては、我ながらすごくいい手だと思っていた。


 でも、その私の読みは薄っぺらで、全部グレイには全部見透かされていたのだった。

 そして最後の手は。

 11…Nf3#

 挿絵(By みてみん)

 最初、しばらくチェックメイトされていることに私は気が付かなかった。

 例えは良くないかもしれないけど、剣士が決闘して相手の斬撃が速すぎて、斬られて首を落とされているのに気が付かない、みたいな・・・私とグレイの技量には、それだけの差があった。


 クイーンも取れる位置にあって、f3のナイトなんて私のナイトでもクイーンでもポーンでも取れる位置にあるのに、ダブルチェックだからどちらも取ることが出来ない。

 しかもキングが逃げたい場所はきれいにナイトにふさがれている。

 私はチェックメイトになっているのを3回ぐらい確認してから、

 「まいりました」

 と宣言した。


 グレイは『チェスを初めて3日目でこれなら、すごくセンスがいい』なんて褒めてくれたけど、多分それはお世辞だ。

 何たって結果が『11手メイト負け』だからね。

 でも、今はまだ弱くてもいい。

 私はこれからここで勉強して、少しでも強くなって帰るんだ。


次回の更新は11月12日(土)の予定です。

ノートの方は今日中に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ