第三十二章 名を刻む
ミラは回復魔法を使って自分の傷を塞いでいた。
その前方でオレとゲオルギウスは一対一で向かい合う。どちらも今は戦闘態勢を解いていた。
この場で奇襲を仕掛けて仕留めてしまいたいところだが、それを予期していない相手ではない。今、戦いになったら不利なのはこちらだ。少なくともミラが回復するまでの間はこいつの提案に乗るしかなかった。
それにオレにもこいつにはまだ聞きたいことがあるのもまた事実。
「ああ、もう一人の妖精の彼女も無事ですよ。差し向けてあの二体は奴隷達の協力もあって倒されてしまったようです」
「何故、そんなことをオレに伝える? そもそもお前の本当の狙いは何なんだ?」
答えるとは思わなかったがオレは問いかけていた。
例え前みたいに時間稼ぎが目的でもこちらとしてはそれに付き合うしか選択肢はないのだ。悩むだけ無駄。それならグダグダするより気持ちを切り替えた方断然がましだろう。
「すべて本心ですよ。ただ、状況に応じて最善の方策を選んでいるだけです」
(具体的に答える気はないってことか)
まあ、それは予想通りなので別にいい。本題はここからだ。
「お前、さっきオレが完全覚醒しかけたとか言ってたよな」
「ええ、それはあなたもわかっているでしょう」
「……あれは、一体何なんだ?」
曖昧で抽象的な問いかけ。でも、こいつならわかるはずだ。だからこそこいつは先程、あんな発言をしたのだ。
「いいでしょう。お答えしましょう」
ゲオルギウスはそう言って話し始めた。
「その事を説明するにはそもそも名付きとは何かという話をしなければなりません、前にも言いましたが、名付きとは特殊な条件を満たすことで世界から名を与えられた存在の事を指します。では、その特殊な条件とはどうやって決められたのかわかりますか?」
「元々そういうものとして決まっていたんじゃないのか?」
スキルやら様々な条件がこの世界にはあった。物語だと神様だとかが世界を作ってはずだし、その時からのものではないのだろうか。
「恐らくほとんどの条件はそうでしょう。確かめる術はそれこそ神に直接会って聞くくらいしかないのでこれに関して確証は得られませんが、まず間違いありません。しかし、主に特殊条件と言われるもののほとんどは元々、存在しなかったものなのですよ」
「存在しなかったって、現にこうしてオレやお前みたいな奴がいるじゃないか。それこそ特殊な条件があるって証拠だろう」
じゃなきゃオレが名付きになれるわけがないではないか。
「元々は、と言ったでしょう。それらは今では存在していますが、かつてはこの世界のどこにもなかったのです。天の仕組みの中でさえね」
あのアナウンスのことは天の仕組みというのか。まあ、何もわからずに聞いたら神様とかのメッセージに思えなくもないだろうからわからなくはない。
「じゃあ、名付きとかそういう特殊な条件は元々世界になくて、後々生み出されたものだってことなのか?」
特殊条件がなかったのなら名付きもいるとは思えない。だって名付きになる為にあれは必要不可欠であろうことは簡単に予想がつくし。あれがなくて名付きになれるならそもそも特殊条件が存在する意味がない。
なかったものが出来たなら、誰かが作ったか偶然が重なって自然に出来上がったかしかないだろう。
「その通りです。では、それらを作り出したのは誰だと思いますか?」
「……作り出されたってんなら、神様とかじゃねえの?」
天の仕組みとやらにもなかったものを生み出せる存在なんて神ぐらいしか思い付かない。
だが、ゲオルギウスはこの言葉を否定してきた。
「いいえ、違います。これらも生み出したのはある意味では我々なのですよ」
「何を言ってるんだ?」
オレはそんなことした記憶はない。そもそもこの世界の住人ではなかったオレにそんなものを作れるわけがないではないか。
「正確には初代のオズワルドやゲオルギウスなどそれぞれの名付きの始祖に当たる存在が期せずして生み出したと言った方がいいでしょうか。彼らがその力や功績、はたまた信念など様々な要素で天の仕組みにさえ存在しなかった力を自分だけで手に入れたのがそもそもの原因なのです」
「ってことは、そいつらは自力で天の仕組みとやら以上の力を手に入れたってのか?」
どれだけ無茶苦茶な存在なのだ。異世界から転生してこの世界にはない知識などを持っているオレですらこの仕組みとやらに頼って強くなるしか選択肢にはなかったというのに。そいつらはそれ以上の事を成し遂げたというのか。
要するにそいつらは世界の法則を自分の力で変えたのだ。つまるところそれは限定的かもしれないが、世界そのものを変えたという事にも等しい。
言うなれば、まさに神の如き所業だ。
「もちろん天の仕組みはこの事態にも対応してみせました。というより、もしかしたらこうなることを想定していたのかもしれません。すぐさま新たな仕組みが世界に組み込まれました。それこそが名付きと言われるものです」
「新たな仕組み?」
「世界の仕組みにさえなかった力や特殊な条件を生み出した者達はその類稀なる功績を天に讃えられて、その名を天の仕組みに刻み込まれました。そして永遠に世界に名を残すという栄誉と同時に、その力などもまた永遠に継承されることとなった。今、私達が名付きとして手に入れているスキルなどはその継承された力か、またはその一部というわけですよ」
「じゃあ、オレはその初代オズワルドの力を受け継いでいるっていうのか?」
そしてその理屈だとこいつは初代ゲオルギウスの力をということになる。
「ええ、その通りです。そして、その力を継承するための条件こそが特殊条件といわれるものです。オズワルドで言えば魔の存在でありながら人の心持ち、人を守る者であることが基本的な条件だったはずですね。ゲオルギウスもそうだったように、基本的には初代が力に目覚めたキッカケと同じことが特殊条件になることがほとんどのようです。これらのことは完全に覚醒すれば自然と理解できるものなのですがね」
これが名付きのすべての真実。
要するに過去の強者の力を継承した者が名付きという存在だということなのか。
「そしてこれがまた皮肉な話でもあるのですが、名付きになった者は思考や行動、はたまた信念などが覚醒すればする程、初代に酷似していく場合がほとんどだとか。まるで生き写しであるかのようにね」
「似ている部分があるからその力を継げたのか、それとも力を継いだことによって似ていくのかってことか」
鶏が先か卵が先かという話に近い。どちらが先でも大して変わりはないところとかが特に。
オレも知らない内に初代オズワルドに似てきているのだろうか。自分としては変化の兆候は見られないし元の人の頃のままの自分だと思うのだが。
(いや、一つあったな)
先程の自分の中にあった得体の知れない何か。あれが目覚めたらオレも変わってしまうのだろうか。
初代オズワルドに酷似した存在に。
「かくいう私もかなりゲオルギウスとしての影響を受けているのですがね。オズワルドとの戦いに固執するところなどは特に」
「自覚はあるんだな」
「自覚はあってもそれを受け入れてしまえるということでもありますよ。正直に言えばこうなる前の自分がどうだったのかもあまり覚えていないくらいです」
かつての自分を忘れても受け入れてしまう程の変化。そこまで変わってしまったらもはや別人のようなものだと思うのはオレだけだろうか。
もしかしたらオレがゲオルギウスのことをあった瞬間から危険だと判断したのも変わりつつあることも証明なのかもしれない。
(オレが絵本と同じような境遇なのも、これで納得できたな)
そもそもあの話こそが初代オズワルドの話だったのだ。世界を変える程の存在だったろうし、伝承などとして残っても不思議はない。それが何らかの形で絵本して使われることになったのだろう。
「完全に覚醒すれば、初代の力だけでなく歴代のその名を継いだ者達の記憶も引き継ぎます。だから私は倉庫で言ったのですよ、今代のオズワルドは面白いと。そしてオズワルドとゲオオルギウスは戦うしかないとも」
絵本のことからオズワルドとゲオルギウスの初代同士は相容れない宿敵だったはず。歴代の奴もそうだったろうし、その名を継ぐオレ達も決して分かり合うことは出来ないといわけか。特に完全に覚醒しているこいつにしてみれば余計そう思うのだろう。
確かにこれだけ強力な力が何のデメリットもなく手に入るわけがなかったのだ。自分を失うという代償があるからこその力。
(まあ元の世界で一回死んで、その上こっちでも死に掛けた身だし仕方ないのかもな)
結論は出た。
覚醒すればオレは自分を失う。つまりは死ぬのとほとんど同じ。そういうことだ。
「疑問はなくなりましたか?」
「ああ、ありがとよ。これで心置きなくお前を殺せる」
例えオレが初代オズワルドの影響を受けていても関係ない。目の前のこいつを倒すという事に変わりはないのだから。
もしかしたら、それこそ影響を受けている証なのかもしれないが。
「お前はオレにとって許せない悪だ。オレ自身が正義だとは思わないが、生憎許せない奴を見逃すほど心は広くないんでな」
「それがオズワルドの影響だとしても?」
「ああ。それに今のオレがお前を許せないのはそれ以外にも理由がある」
そう、結局のところこれに尽きるのだ。
「お前はオレの仲間を侮辱するだけに飽き足らず、危険に晒した」
自分が自分でなくなると言われたってそんなの経験したことないのだからわからないに決まっているではないか。
「戦う理由はそれだけで十分だ」
今回の戦いでミラやチャットが死んでいたとしてもおかしくはなかった。どこか歯車が狂えばそうなっていただろう。
その元凶たるこいつを許せるわけがない。許していいわけがないのだ。
「そうですか。では、そろそろ話は終わりにしましょう。丁度、彼女もやってきたようですからね」
その言葉と同時に入口から誰かが飛んでくる。って、そんなのは一人しかいなかった。
「オズ、ミラ! 生きてる?」
「生きてるよ。そもそも死んでたら答えられねえだろうが」
「ああ、それもそうね」
姿は男の物だったが気配と声ですぐわかった。変身をチャットがオレの隣に着地するとその反対側にミラが後ろからやってくる。
「私も十分休めました。加勢します」
「……無理はするなよ」
正直なところを言えば二人を巻き込むのは気が引けたが、オレだけでゲオルギウスに勝てるかと言われると微妙なところ。加勢は願ってもない事だった。
それに例え意固地になって拒否してもこの二人が聞いてくれるとは思えない。敵を前にして無駄な話をするわけにもいかなかった。
「そういや肉屋は?」
「怪我があるから足手まといになるし、万が一の時の為に奴隷の人達に付いてるって。進化用の肉が欲しかったらスキルを使って送るって言ってたわ」
そう言えばあいつのスキルには「異空間取引」とかいうのがあったっけ。最大限の援護はしてくれるなら問題はない。むしろ狙われる相手が少なくなって好都合だ。
「ミラ達は遠距離から援護を頼む。自分の身を最優先に守ってくれ」
「わかりました」
「はーい」
オレ達が構えるとゲオルギウスも立ち上がる。
「さて、これで役者が揃いましたね」
「まさか、それを待ってたのか?」
「ええ、オズワルドの仲間に相応しい者ならばゲオルギウスとして戦わないわけにはいかないでしょう」
「その余裕が命取りにならないといいな」
ゲオルギウスはこの言葉に大きな声で笑う。
「気を付けるとしますよ。では始めましょうか。これまでに幾度となく繰り返されたオズワルドとゲオルギウスの戦いを」
こうして闘技場での最後の戦いが始まった。
チャットが姿を誤魔化している描写を入れ忘れていたので、修正しました。




