第十六章 遭遇
倉庫に戻ると相変わらずの騒々しさだった。負けたモンスターは生きていれば檻ごと持ち帰り、死んでいれば廃棄されるようなのでここには戻ってこない。
つまり時間が経てば数も減るだろうし、うるさいのはそれまで我慢するとして、
「やっぱり、いないよな」
改めて周囲を見て回るが奴隷らしき人物は見当たらない。
僅かな時間ではあったが、ここまでの間にミラと話ができた。そこでこちらの情報と推測を伝えたのだが、奴隷は既に間違いなく運び込まれている、と言われたのだ。
それはランディ達、ギルドからの確かな情報らしい。間違いないと断定されればこちらとしては信用するしかない。
そう思って、探索してもやはり成果は上がらなかったが。
「残る可能性は……」
あいつらを信じるとしたら、ここに奴隷は運び込まれている。その上でいないとなれば、
「……逃げ出した」
初めの時にでも思い付いて良かったのに、すっかりその可能性を失念していた。
奴隷自体が隙を突いて逃げ出したということもあり得なくはない。厳重に拘束されていただろうが、何事も完璧とはいかないものだ。
それに思い返してみれば係の奴が慌てた様子で倉庫に入って来た事があった。あれが教団の輩で、もし奴隷が逃げ出したことに気付いていたせいなら辻褄は合う。
(でも確証がない)
閃いた気になって早とちりでした、なんてことになったら目も当てられない。こういう場合は確証を得てから動くのが鉄則だ。
逃げ出した証拠。この倉庫で思い付くのは一つしかない。
オレは改めて檻を見て回る。ある点を注意しながら。
そして奥の方の陰になるようにして置かれた大きめの檻で、ようやく目的の物を見つけることが出来た。
それは空の檻だ。
すべてのモンスターはここに運び込まれるときに檻などで拘束される。そして、負けたら檻もここには戻ってこない。
その状況では空の檻がここにあるわけがないのだ。あるとすれば、それは勝手に中にいた奴が抜けだしたから。そしてモンスターが逃げ出して騒ぎにならないわけがない。
「ビンゴってか」
一応、治療とかの例外で外に出されているモンスターがいないかを確認出来ればまず間違いない。
(それにしても、よく逃げ出せたな)
壊れた魔力の残滓からこの檻がかなり強化されていたことが窺える。壊れていると言う事はどんな手段かは知らないが、無理矢理突破したことに他ならない。
物理的に壊れているところがないから、魔力的拘束を破壊した後に隙間から逃げ出したってところだろう。魔力を過信していたのか檻と檻の間は大人が通れそうなくらい空いているし、抜け出すのは簡単そうだだ。
逆に言えば、それだけ過信できるほどの魔力による拘束だったはず。それをぶっ壊すとは恐れ入る、の一言だ。
「まあ、これでランディからの依頼はこなせたな」
救出するはずの対象が既に逃げ出してしまったのなら、これ以上情報集めをする必要もないだろう。ギルドがどうするかは知らないが、オレにできることはもう捕まらないで逃げ切ってくれることを祈るくらいのはずだ。
そう思っていられたのは、空の檻の周囲を半周回ったところまでだった。
「マジかよ」
そこにあったのは血、所謂血痕だ。見ただけでかなりの出血があるのがわかるくらいに広がっている。下手すれば致命傷。そうじゃなくてもこの出血で長く持つとは思えない。
どうするか迷ったのはほんの一瞬だった。
「肉屋、これを追えるようになるスキルはあるか?」
対価が必要になるから出来る限りこいつに頼りたくなかったが、そうも言っていられないようだ。
どこからともなく現れた肉屋は手早く周囲の様子を確認していく。そして、
「血の匂いを追えるようになることは可能です」
「わかった、対価は勝手に持っていけ」
「承りました」
差し出された肉をオレは一口で食う。相変わらず凄まじい不味さだ、
『進化条件、「吸血鬼感染」をクリアにより永続スキル「高みに至る者」が発動しました
これにより条件を満たした種族への進化が可能となりました
現在進化可能な種族は一種、ヴァンパイアスライムのみとなります
進化しますか?
進化許可を確認しました
これより進化を開始します……
進化に伴い新しいスキルを獲得しました
スキル――「吸血」「吸血衝動」「血の感知」を獲得しました
条件を満たしたので「慈悲深き者」を獲得しました』
ダークネスの次はヴァンパイア。どうもそっち系のほうにオレは進んでしまっているような気がしてならない。
そしてよく分からない条件を満たして手に入れた「慈悲深き者」。前にも同じような「守る者」や「虐げられる者」を手に入れたがどれも使い道がさっぱりわからない。
似たような「闇に生きる者」とかはちゃんと使えるのに、これらはそれと別物なのだろうか。
(気になるけど、今は後回しだな)
進化して得たスキルのおかげか血の匂いがはっきりとわかる。もちろんその匂いの元の方向も。この感じからすると意外に近そうだ。
「オズ殿、今回の肉の対価でほとんどのストックを使い終わりましたので、念のためご報告させていただきます」
スキルを頼りに移動していると肉屋が話しかけてくる。まさか一度の進化の対価で残りほとんどを使い切ることになるとは予想外だった。
まあ、こいつが商売で騙すことはしないだろうし、それだけ進化するために渡される肉は貴重なのだろう。実際、一度の進化で以前とは別物のような力を得ることもあるし。
「それはつまり、次の要求は聞けないってことか?」
「内容にもよりますが、進化するための肉を与えるのは難しいですな」
ほとんどグーラの肉だけでよくここまで持った方だ。オレ自身の肉を数回分け与えているとはいえ、死なない程度にだから魂の量もたかがしれているのだろうし。
「先行投資を入れると後どれくらいだ?」
「……それでも進化用の肉は残り二回が限界でしょう」
「わかった。次に肉が必要になったらそれでどうにかしてくれ」
残り二回、これが零になる前にどうにか新しい対価を回収しなければならない。
だが今は、それよりもやることがある。
「着いた!」
匂いの元はこの倉庫内にあった。バカでかい猪のようなモンスターが入った檻の中からその匂いは漂ってきている。
そして、その猪のモンスターはこの騒々しい中だというのに眠っているのかピクリともしなかった。
まさかと思って、檻の中に入ってみると、
「……当たりだな」
何の抵抗もなく入れてしまった。ここも魔力のよる拘束が壊されている。
となると、猪も眠っているのではないだろう。動けるならとっくのとうに檻を破壊して逃げ出しているはずだ。この体格ならそう難しい事じゃない。
「なあ、そこにいるんだろ? 信じられないかもしれないがオレは敵じゃない。だから出てきてくれないか?」
猪の背後、濃い血の匂いを漂わせている人物へとオレは話しかけた。なるべく刺激しないように心掛けて。
ただ、その返答は、
「があ!」
残念なことに容赦ない襲撃だったが。




