第六章 怒りの代償
「侵入者がまさかエルフに加えて、言葉が話せるスライムだとは。奇妙な組み合わせもあったものだな」
眼鏡らしきものを掛けた病人のような男はニコリともせず低い声でそう呟いた。
「それにしても実験動物の分際で勝手なことをしてくれた。廃棄してやりたいところだが、お前は素材としては最適な個体だ。許してやるからさっさと来い」
実験動物、廃棄、素材、どの言葉もチャットを動物かそれ以下の存在としてしか見ていないことを示していた。
それに何より、オレが話せることを知っていることから少なくとも今この場に現れたのではないらしい。後をつけられたのか会話を聞かれたのだ。
「あなたは誰ですか?」
ミラも危険を感じ取ったのか弓を構えながら話しかける。
「アベル・カスタス、研究者だ」
「何の研究ですか? この結晶に閉じ込められた人は関係あるんですか?」
アベルは結晶の中の女性を見ても驚いていないし、この場を知っているようだった。そんな奴が関係ないわけがない。
どうやってはぐらかすかと思ったが、
「ああ、それは私が捕獲した研究材料だ」。
「……は?」
アベルは簡単にそのことを認めた。まるで悪いと思っていないかのように。むしろ自慢するかのようですらあった。
「苦労して捕まえただけあって実に研究の役に立ってくれているよ、それは。だが、研究が先に進んだことによってまさかこんな弊害が出るとは嬉しい悲鳴とはこういうこと言うのかもしれないな」
「な、何をわけのわからないこと言ってやがる。さっさとこの人を解放しろよ!」
「何故だ?」
皮肉を言っているわけではなく本気でこいつはそう聞いているのが表情と声で分かった。
「これは私が捕えた物だ。ゆえにどう扱おうが私の勝手だろう」
「人間を捕えるって時点でおかしいだろうが!」
分かり合えないなんてレベルではなくまさに話にならないとはこのことだ。こちらとあちらの常識はモンスターと人間のものくらいにかけ離れている。
ミラもこいつのおかしさを改めて自覚したのか、弓に魔力を込めて完全に戦闘態勢をとる。
相手は一人。その上、明らかに戦闘を苦手としていそうな様子だ。一気に決めてしまおう。
「最後の忠告だ。今すぐこの人を解放しろ」
「嫌だと言ったら」
返答はしない。一気に懐まで飛び込んで鞭で足を折る。それで無効化できるし、そうなれば相手も降参するだろう。万が一しなければもう少しばかり痛めつけるだけだ。
触手をしならせ解き放たれた一撃は一直線にアベルの足へと向かい、確かな手応えを返してきた。
「な!?」
攻撃は決まった。相手にダメージは与えたのは間違いない。
だがその相手はアベルではなかった。
どこから現れたのか、黒い目隠しをした妖精達がアベルを守るように立ちはだかってその身をもって攻撃を防いだのだ。胴体にもろにくらった妖精は血を吐いて、そのまま地面に墜落する。
胴体にあたった一撃で骨が折れた感触がした。あの小柄な体では鞭の一撃でも致命傷になりかねない。現に今、一人の妖精が死んだように動かなくなっている。
力が手に入った感じはしないからまだ死んではいないようだが、それでもこのまま放っておけばそれもわからない。
「情けない。その程度の一撃でくたばるのか」
「て、てめえ!」
動揺していた心はこの言葉で冷や水を浴びせられたかのように我に返ってくれた。
守ってもらっておいてこの口のきき方、こいつとはどうあってもうまくやれる気はしない。
「なんだ? 攻撃した張本人が責めるのか? 随分と身勝手な奴だ」
「くっ! ミラ、治療してやってくれ!」
敵を治療するのは愚かだとはわかっているが、このままでは死んでしまう。アベルに十分注意を払いがなら素早く触手で倒れた妖精を抱え上げて、ミラの元まで運ぼうとした。
「危ない!」
「え?」
だから、ミラのその声の意味がわからなかった。アベルが動く気配はないし、今のところ抱えている妖精以外に敵らしき相手はいない。そしてそいつはどう見ても演技ではなく戦闘不能だった。
(何が危険なんだ?)
そうして触手に熱を感じたと思ったら、その間の抜けた思考は走り抜けた激痛によって強制的に中断される。
痛みの正体、それは触手からのものだった。妖精を抱えていた触手が凄まじい何かの力によって吹きとばされたのだ。
(そんな馬鹿な!)
どこから攻撃が来たのかわからなかったし、当然そんなことをすれば触手に捕らわれている妖精もタダで済むはずがなく、跡形もなく消滅していた。
いくらなんでもそんな使い捨ての道具のように生き物を見捨てるなんてそんなことがあっていいわけがない。だというのに
「設定しておいた通りに動いたか。どうやらこっちの方は調整に問題はないらしい」
アベルは平然とのたまいやがった。
「てめえ、何しやがった?」
アベルの動きには細心の注意を払っていた。何か出来たとは思えない。それにミラが何かを目撃したなら視認できない攻撃というわけでもないはずだ。
だが、そこまでの情報があってもオレはその攻撃の正体がわからなかった。いや、もしかしたらわかりたくなかったのかもしれない。
「何をしたか、そんなの見ればわかるだろう」
アベルはただ事実を述べる。
「自爆した、それだけだ」
「……は?」
何を言っているのだろうか、こいつは。そんな自爆なんてそう簡単にできることじゃないだろうに。
同意を求めてミラを見ると悲しそうに眼を逸らした。まさか、そんな。
「敵に捕まった時にはそいつを道連れにするように設定しておいた」
そんなことが設定できるのかという疑問が浮かぶが、このスキルとかいう正体不明の力がある世界ならそんなことも可能なのかもしれない。
だとしても、
「お前はそんなことをして何も感じないのか……!」
あまりの怒りに声が震えている。いくらなんでも酷過ぎる。命を弄んでいるとしか思えない。
「実験動物をどう扱おうが私の勝手だろう?」
だがアベルにはそんな感覚は皆無らしい。平然としていた。
この言葉でオレは限界を迎えた。
「こ、の、ゲスが!」
「オズさん、挑発に乗っちゃダメです!」
ミラの静止の声は聞こえていたものの怒りに支配された頭には入ってこなかった。ただ、こいつをぶっ殺してやるという感情、それだけしか頭にはなかったのだ。
だから思い付きもしなかった。
何故ミラがずっと弓を構えたまま攻撃をしなかったのかなんて。
(かばう暇も与えずに仕留める!)
そうすればこれ以上犠牲は出ないはず。
今度は容赦などしない。先程までは人を殺すことに少なくない抵抗があったが、怒りで染まった思考はそのことを完全に忘れさせてくれた。
一切の容赦なく先端を尖らせた触手をアベルに向かって放つ。
途中また瞬間移動のようにして現れた妖精がかばおうとするが、そんなことは想定済みだ。軌道をずらして障害物を躱す。
(もらった!)
僅かたりとも気を抜かずにしっかりとアベルの心臓部分を貫くのを確認した。思った以上に軽かったが手応えあり。致命傷、間違いなしだ。
アベルが血を吐いて、ゆっくりと力を失っていき。
そして、力が体の中に入ってくる。
『条件を満たしたため「妖精殺し」を獲得しました』
「……は?」
アナウンスがおかしい。オレが仕留めたのはアベル、人間のはずだ。なのになぜ妖精殺しのスキルが手に入るのだろうか。
そう思ってアベルをよく見ていると、その姿がまるで絵具に水をぶちまけたかのようにドロドロと溶けていく。
そうして現れたのは触手に貫かれて絶命している別の妖精だった。
「あ……」
わけがわからない。確かにオレはアベルを仕留めたはずだ。
「これは、妖精の幻惑魔法?」
「ご明察」
ミラのつぶやきに別のアベルが現れる。
しかも三人の。
「ただ所詮は実験動物の力、見た目をごまかす程度しかできないがな。だが感覚を共有して外に出る時間をこうして実験動物で済ませることによって研究を効率化しているというわけだ」
先程とは別の理由で会話は聞こえているのだが、頭に入ってこない。ただ、自分が殺した妖精の死体に目が釘付けになる。
「う、あ」
散々モンスターの命は奪ってきたというのに。グーラを刺した時とは全く別物の重さが触手にのしかかってくる。
「オレが、殺したのか?」
わかりきっているではないか。この小さな体を触手で一突き、実に見事な手際だ。
「そんな……」
今はそんなことをしている場合ではないとわかっているが切り替えられない。血に染まった触手が初めて恐ろしいものに思えた。
「さてと、なぜか知らないがそちらは戦意喪失してくれたようだし、君も無駄な抵抗はやめないか?」
アベルがミラに話しかけている。もうこちらには目もくれなかった。
でもそれも当然だ。今のオレには何を言っても意味がないし、頭の中が真っ白になってしまっているのだから。
「断ります。チャットのことを抜いてもあなたの行為は明らかに禁忌に触れています。それを見過ごすわけにはいきません」
そう言って弓を構えるものの矢を放ちはしない。もしかしたら最初から何かしらの異変を感知していたのだろうか。
それなのにオレはそれに気付きもしなかった。それどころかミラの忠告を無視して暴走、なんという愚かさなのだろう。
「禁忌ね、バカバカしい。私の研究はこの時代の愚か者には理解できないだけだ。才能ある者の行為を理解しない愚者の集団の命令などなぜ聞かなければならない。そもそも」
「何より、あなたの命を軽々しく扱うその態度が許せませんから」
ミラがアベルの言葉を遮ってそう言い放つ。その眼には怒りの色が色濃く出ていた。ミラだってあんなものを見せられて怒っていないわけがないのだ。それでも冷静になるように我慢しているのだろう。
「……ほう? ではどうする?」
「こうします」
矢が放たれる。ただし、その目標はアベルではなくその足元。
それと同時に凄まじい風が吹き荒れ、木の葉が舞って視界を埋め尽くした。




