第五章 森の美女
チャットの案内で茂みをかき分けながら進むことしばらく、オレは違和感を覚えていた。
別に見慣れた森というわけではないが、それでも何か前の時とは決定的に違う何かが感じられたのだ。ただその何かがわからない。
ミラも同じらしく時折首をかしげている。
「何か変じゃないか?」
「オズさんもそう思いますか?」
二人ともそう感じたのなら勘違いはまずありえない。問題は何が変か、だ。
「精霊を介してですけど、この辺りの木々の魔力があまりにも高いんです。普通の森じゃ考えられないくらいに」
魔力、その観点はオレにはさっぱりだがミラがそう言うならそうなのだろう。
「それだと何かあるのか?」
「さすがに短時間で人体に影響が出るほどじゃないですから、そういう面じゃ問題はないです。だけどこんな魔力、前にこの近くを通った時は全く気付かなかったなんて絶対変じゃないですか」
だからそう言われてもオレにはさっぱりなのだが。
「でも、それならミラが村に滞在中にここら辺で魔力が高まる何かがあったってことだよな?」
「そのはずですけど、こんな短期間でどうやったら……」
考え込んでしまったミラを見るに何やら凄い事が起こっているらしい。どうやら舐めた気持ちでいるのはやめたほうがよさそうだ。
出来れば危険な事に首を突っ込みたくはないが、やはり肉屋を見捨てるわけにもいかないし。ならばやることに変わりはない。
それに特殊な力を持つ相手ならいいスキルを簒奪できるかもしれないし、そうじゃなくても力を得られることだろう。そう考えればリスクを冒す価値はある。
何より、未だに進化がいつまで可能なのかはわかっていない。個体差があるらしく肉屋ですら答えを知らなかったのだ。
名付きになったことでこれまで以上に強い奴から狙われる可能性が出てきたのだ。力をつけることは急務。ミラを守るためにも、だ。
そのことは言わずに心の内に秘めておき、また茂みをかき分けたところでオレは自分が感じた異変の正体に気付く。
(敵がいなさすぎる)
いくらグーラのせいで数が減っているとはいえ森のど真ん中を、草木をかき分けて音を立てながら突っ切っているのに襲われないなんてことあるだろうか。街道でですら何回か襲われたと言うのに。恐れをなして逃げていると仮定しても影も形もないなんてさすがに出来過ぎな気がする。
(……どうするか?)
かなりきな臭くなってきたし、このまま進んでいいのだろうか。
助けに行くと言う選択肢は変わらないものの、このまま流れのままに行動するのは良くない気がする。
それによくよく考えてみればチャットが現れてから異変が起き続け、こうして森の奥に誘われるようにして進む羽目になった。
単純に、そう客観的に見ればこれは罠じゃないだろうか。チャットが実は子供のふりをしているとかでオレ達を誘い込むために襲われたような芝居をしていたら。
そう思ってチャットの様子を伺うが変なところはない、周囲をそわそわと警戒して不安そうな表情は演技しているようには見えなかった。
(……様子を見るか)
疑いたくはないが、態度だけで判断するわけにもいかない。どちらもあり得ると思って行動しておいたほうがよさそうだ。
ミラにその事をどう伝えようかと思案していると、チャットが急に慌ただしく顔の周りを飛び回って来た。
「どうしたんだ?」
ミラの服の袖を引っ張って急かすようにしていることから目標が近くにいるのだろうか。
目標が近くにあるならここで考えていてもしょうがない。オレは直接目で見て判断すればいいだけだと開き直ることにした。
ミラと目を合わせて頷き合うと警戒を怠らずに足を速めて進み、視界が開けたところで驚きに支配された。
「な、なんだよ、これ?」
茂みを抜けた先にあったのは光輝く結晶のようなものが大量に積みあがっている奇妙な光景だった。透明でクリスタルのようなそれは人間よりやや大きいぐらいの物が多く、その中心に一際大きく、そして光り輝く柱のような結晶が悠然と立っていた。
あまりに幻想的で見惚れているとチャットがその中心の結晶に飛んで行ってしまう。
そしてそのまま視線を移すことで光の加減で影になってそれが目に映った。
「これは……人なのか?」
水晶の中にいたのは一人の女性だった。
緑の長い髪と目を閉じていてもわかる人間離れした美貌、だがその姿形は間違いなく人間の物だ。
「綺麗……」
女性のミラがそう言うだけあって、その光景はまるで絵本とかに出て来るような囚われのお姫様みたいだった。そんな間抜けなことを真剣に思ってしまうくらいにこの光景は幻想的で現実らしさがないものだったのだ。
「……って、呆けてる場合じゃないな」
チャットが頬を突いてくれるまで二人して完全に見惚れてしまったが、そんなことしている暇はない。さっきの妖精達がいつ現れるかわからないし手早く問題を片付けるとしよう。
「この人を助ければいいの?」
ミラのその問いの答えは首を縦に振るものだったので、遠慮なく結晶に向けて触手を伸ばしてみた。
まずは邪魔な周りの結晶を取り除こうとしたのだが、
「いって!?」
触れる瞬間に静電気が走ったかのように痛みが触手の先端に走って弾かれてしまった。試しにもう一度、触ろうとするが結果は同じ。どうやら何らかの力で守られているようだった。
「この結晶、魔力で守られてるみたいです」
「魔力、ね」
生憎とまだそれらしきスキルは手に入れてないのでさっぱりわからない。
「何にせよ、周りのを壊せないと話にならないよな?」
囚われの人物を助けるためには周りの結晶は退かさなければならないのだ。見た感じ深く地面に突き刺さっているし抜けそうもない。だったら壊すのが手っ取り早いだろう。
オレは触手を剣にして烈震衝破のスキルを発動してそれを振り降ろす。単純な攻撃力で言えばこれが今の最強だと思うからだ。
剣を通して先程と同じような痛みを感じたがそれも一瞬で、すぐにその防壁らしきものを断ち切って結晶は粉々に砕け散った。どうやら魔力とやらは魔力でしか打ち破れないなんてことはないらしい。守られていてもこうして力ずくで壊せたのがその証拠だ。
これでとりあえず周りの結晶を排除する算段はついた。
「だけど、これじゃあ肝心の目標が何とも出来ないよな」
同じ方法じゃ助けるどころか殺してしまうのがオチだ。現に砕いた結晶は粉々だ。生物がこうなって生きている可能性はこの世界でも限りなく低いだろう。
ミラも精霊で何とか出来ないか試していたものの、結果は空振りに終わった。打つ手なし、まさにそんな感じだ。
チャット自身もどうやって助けたらいいのかわからないらしく、首を横に振るだけ。
それに加えて肉屋のことも分かったことは何一つないという最悪の状況と言ってよかった。これなら明確な敵がいてくれたほうがわかりやすくていいかもしれないなんてそんなことを考えてしまった。
だから罰が当たったのかもしれない。
「ここにいたのか。探したぞ」
「っつ!?」
背後からかけられた声は肉屋のものではなく、全く聞き覚えのないものだった。この威容は光景に圧倒されていたとはいえ周囲の警戒は怠っていなかったのに完全に背後をとられるとは。
「余計な侵入者も連れてきてしまったようだが、まあいい。それより早く帰ってこい。実験の続きを早く済ませたいんだ」
細身の白衣らしきものを着た男がオレやミラには目をくれずチャットに向かって歩いて向かって来た。




