22_エピローグ、それからの二人
あの誕生日配信から約一カ月がたった今日、十月十四日。
俺は平日の昼だというのに、ミコトの家でくつろいでいる。
あれからいろんなことがあった。
厄介なファンを多く生んでしまった、RP部分だけをまとめた切り抜き動画は作者が自主的に非公開にしていた。 また、一条レイのチャンネルでも、リスナーたちに苦言を呈することになったそうだ。
俺自身の炎上も休止も、復帰配信も。
特にファン以外の人に届くような話題性は無かったものの、炎上中の俺の配信でミコトがアンチに激怒したことは話題になった。
そして、炎上してすぐに俺もミコトも休止したため、Youtube側に切り抜きが出回ることはなかったが、SNSの方にその場面を切り取った動画が拡散された。
その結果として、会社側に身バレしてしまった。
俺は会社で使っている口調とほぼ変わらないため、声を聞けばすぐにわかってしまう。
副業と認定されてどちらかを辞めるように迫られたので、その場で会社の方を辞める形となった。
上司は呆気にとられていたが、そのまま数日で引継ぎを済ませ、ずっと溜まっていた有休を消化させてもらい退職している。
「ボクはキミとこうして会える時間が増えたから良いけど、ほんとによかったの? キミの職場、この辺りじゃかなりの大手企業だったでしょ?」
「いいよ別に。 Vtuberとしての活動で今までレベルの収入は無理だけど、これまでの生活レベルでなら、数十年は無収入でも暮らせる貯金あるから」
「流石にそれはため込みすぎだよ……」
ミコトはそう言って呆れる。
本当に俺もそう思う。 生活費以外でお金を使うのに罪悪感があって収入の殆どを貯金していた。
数少ないお金の使い先である本も忙しさで買う機会が減ってしまい、記念日にミコトに贈るもの以外でお金を使うことが無くなっていた。
だからこそ、そんな無駄に溜まっていくだけのお金すら、配信活動に使えない自分のことが嫌いだった。
……もう今では、ちゃんと自分のことを愛せるようになったし、お金も少しずつ使えるようになっていくと思う。
「それじゃ、はいこれ」
「なんだ? この紙の束」
ミコトが渡してきた少し分厚い紙を受け取ると、一枚目の紙には何人かのアカウント名と、本名や職業、住所、年齢。 それらの隣には数十万円の金額が記載されていた。
「キミを燃やしてた人たちの開示請求と訴訟が通ったから、その報告書」
「……あぁ、あれか」
ミコトはあの炎上の日の翌朝、俺が目覚めると一枚の紙にサインをするように言ってきた。 その紙は、被害を受けた俺が訴訟への対応などをミコトに一任するという委任状。
心が疲れていたことや寝起きで頭が回っていなかったことなどもあり、そんなことがあったことすら完全に忘れてしまっていた。
そんな考えを読んだのか、ミコトは朝にサインをさせた意図を説明する。
「キミはあんまり事を荒立てたくないだろうなと思ったから、頭が回らないうちにサインしてもらったんだよ」
「……確かに、俺は別にしなくていいとか言いそうだ。 ……けど、こんなことして意味あったのか? 弁護士費用とか、忙しそうにしてたこと考えれば赤字じゃないのか?」
「確かにね。 でも良いんだよ、これはお金のためじゃなくて他にいろんな理由があってやったことだから」
ミコト曰く、今後似たようなことで炎上しないように、周知する意図で行ったのだそうだ。
悪口を言っても、脅迫しても自分が何の罰も受けないと思えばどんどん相手はエスカレートする。 だからそうならないように、同じことをしたら必ず訴訟して報いを受けさせるぞというアピールをしたらしい。
「どうせ分割とかしても払わなくなるだろうから、一括以外認めなかったし、払えないって人はそのまま前科付けてもらったから、次以降はもっと罪が重くなるはずだよ。 ……こういうのはね、自分さえよければいいって我慢してたら、彼らはまた他の人を攻撃する。 他に被害者を増やさないためにも、ちゃんと裁いてもらわないとね」
「……なるほど」
「そこに書いてる人数を見てごらん。 キミのところに向かってたのはたった八人なんだよ。 あれだけたくさんのコメントがあったのに、一人がいくつものアカウントを使って燃やしてるの」
それを見て、思わず驚く。
あの時、俺は大量のアンチコメントに押し流されて殆どそれしか目に入らなくなっていた。 それが、俺にファンレターを送ってくれた人たちの、半分程度でしかなかったのか。
「それを可視化させるという目的も有ったんだ。 あの日、キミのリスナーたちは何人も、ボクにカクシ君の話を聞いてあげてって頼んできたよ。 ……キミはそれも、見えてなかったでしょ?」
「あぁ……、全然、気づかなかった」
「そこにはその人たちがなんて書き込んでたか、どのアカウントが誰なのかとかも全部書いてるけど……まぁ、不愉快だからそこまでは見なくていいかな」
とはいえまた次に何かしてきたとき、証拠になるから一応置いておいてね。 とミコトは俺に補完するように伝えてきた。
そして、そのままいつものように俺の隣に座る。
「……あとはね、ボクの大好きなキミを傷つけた奴らは絶対許さないっていう仕返しと、何があっても守るぞっていうキミへのアピール」
隣に座ってそういうミコトに、思わず顔を赤くする。
「前にも言ったけど、カクシ君。 ボクはキミが大好きだよ。 ……ボクの恋人になってくれないかな」
身長差から、少し覗き込むように言うミコト。
俺も、あの時言えなかった言葉を返す。
「……ありがとう。 俺も、ミコトのことが好きだよ。 多分、初めて会った時からずっとそうだった。 こちらこそ、よろしくお願いします」
ミコトは俺の言葉に一瞬驚いてから、満面の笑みで俺に抱き着いてきた。
学生の時に見た、あの暗い教室が明るく見えた笑顔よりも、今の方がずっと輝いて見える。
「……ボクね、キミの誕生日配信の日。 すごく悔しかったんだ」
ミコトは俺の胸に顔をうずめながら、ぽつりと零す。
「ホントはキミの心を全部、ボクが癒してあげたかった。 ……キミに初めて、好きって言われる人になりたかった」
「……ごめん」
思わず、俺はそう謝った。
確かに俺は、それまで誰かに好きだといったことはなく、リスナーに言ったのが初めてだった。
ミコトの髪型や服装、ネイルといった"好み"を好きと表現することはあっても、誰かを好きだと言ったことはない。
自分のことが嫌いで、誰にも愛されたことがないと思っていて、そんな俺が誰かに好意を伝えることが出来なかったからだ。
ミコトは俺の胸から離れて話を続ける。
「良いんだよ。 ……キミのさっきの言葉で、気づけたから。 キミは、好意を口に出来なかっただけで、ずっと態度で表してくれてたんだよね。 ずっと傍にいてくれたのも、ボクの話をずっと聞いてくれていたのも、キミにとって最大の愛情表現だったんだ」
そう言われて、俺自身も気付かされた。
俺はずっと誰かに傍にいてほしかった。 何があったか、話を聞いてほしかった。
だからきっと、俺が好きだったミコトにはそれをし続けていたんだろう。
「鈍感って以前言われちゃったんだけどさ。 ……ホントにそうだよね。 十四年も気づかなかったんだもん」
「……それは、俺も同じだ。 お前が俺を励ましてくれたあの日まで全然考えてなかった。 いや……、俺が誰かに好かれるわけがないと、目を逸らし続けていた」
リスナーからもミコトが俺を好きだというコメントはあった。 だけどそれは、いわゆるカップリングをしたい人たちの願望や、ミコトの普段の行動から来る営業だと思っていた。
実際には、リスナーの方が正解だったわけだ。
「ボクはね、自分が男だからキミに子供を抱かせてあげられないし、法的な結婚だってできない。 キミに遺産も残してあげられない。 ただでさえボクのせいで周りに白い目で見られてるのに、それがもっと激しくなると思った。 ……だから、誰かがキミを幸せにしてくれるまで傍に居ようと思ってたんだ」
ミコトの視線の先には、俺が送った本とぬいぐるみがある。
結局誕生日には渡せなくて、炎上が落ち着いてから送った御伽草子と狐のぬいぐるみ。
天面が金色で装飾された美しい書籍と共に、机の上に飾ってくれていたようだ。
「けど、今になって思うよ。 好きな相手を自分で幸せにするんじゃなく、誰かが幸せにしてくれるまで側にいるなんてことを考える人に、好きな人の傷が癒せるわけがないよね」
そういってミコトは、狐のぬいぐるみを手に取って膝に乗せた。
玉水と名付けられたそれを撫でながら話す。
「例え自分の何かで相手に苦労させることになったとしても、それ以上に相手を幸せにする覚悟が必要だったんだ。 ……それが出来ないと、ハッピーエンドは最初からなかったんだなって思う」
獣だから、姫と添い遂げるのではなく、姫の従者として支える道を選んだ玉水。
男だから、俺の恋人になろうとするのではなく、友達として誰かが俺を幸せにしてくれるのを待っていたミコト。
確かに似ているのかもしれない。
「だからね、もう他の人に任せるのは辞めた。 キミに苦労を掛けるならそれ以上に幸せにする。 キミのリスナーたちにも、たとえ他にキミを幸せにしてくれそうな美女が来たって、ボクは絶対にキミを渡さないよ」
ミコトは玉水を元の場所に戻すと、そう言って俺に笑いかけた。
様々なものが吹っ切れたのだろう満面の笑顔に、俺も思わず赤面してしまう。
「ねえカクシ君。 仕事を辞めたならさ、新しい就職先があるよ。 勤務内容は住み込みで、動画編集とちょっとした雑事。 あとボクと一緒に幸せに過ごすこと」
「……交際一日目でプロポーズは早すぎるだろ」
吹っ切れた瞬間ぐいぐいと攻めてくるミコトに、俺はそういって少し窘める。
「えー? この十四年で、キミのことは大体わかってるのに? 今結婚しても絶対に幸せになれるよ? ……まぁ確かに、恋人らしいことは何もしてないけどさ」
少しむくれるミコトに、俺は自分の考えも話す。
「俺はやっぱりミコトの隣を歩きたい。 対等になりたいって思う。 ……登録者数でお前に追いつくのはきっと無理だけど。 銀の盾を取ったら、俺の方からもお前にプロポーズしたい。 だからそれまで、待っててほしい」
ミコトは一瞬虚を突かれたように驚いて、その後に笑った。
「しょうがないなぁ……。 いいよ!」
その言葉に俺がホッと安心するが、すぐにミコトが両手でバツを作る。
「――って言いたいけど、ダメです!」
「ええ!?」
思わずこちらも驚いて声を上げる。
「キミさぁ、ボクが最初の約束から何年待ったと思ってるの。 八年だよ? 今度こそお互いおじいちゃんになっちゃうよ」
腕を組んであきれ顔をするミコトに、思わずうなだれる。
今の俺なら、流石に以前のような時間はかからないと思う。
以前と違って平野先生、二次色先生が作ってくれた体があり、仕事を辞めて時間もあるし、ミコトからいろんなノウハウも聞いている。
とはいえ、信頼がないのは確かだ。
「それを言われたら何も言い返せないけど……」
「……なので、期限を設けます!」
期限……? とミコトに問い返す。
「期限は今から一年以内。 それか、ボクが百万人に達するまで。 もし達成できなかったら、その時はボクに養われてほしいな」
ミコトの元で働く、という条件からシレっと養うに修正された文言に俺は思わず苦笑する。
「……これは、本格的に気合を入れないとダメそうだ」
「えー……? そんなにいや?」
「お前に任せたら、俺がヒモになりそうだからだよ」
ボクが何したっていうのさー、とミコトは嘆くが、平野先生製作のモデルについて、俺は未だに値段を教えてもらえていないし、お金も払わせてくれていない。
ミコトからの好意に甘え続けていたらダメな人間になってしまいそうだ。
そう決意する俺を見て、ミコトは笑う。
「大丈夫だよ。 おじいちゃんになる、なんていったけど、今のキミならきっとすぐに銀にも届く。 それに、ボクが甘やかしてもダメになるような人じゃないよ。 変なところで結構頑固だからね。 甘やかそうにも、勝手に用事を見つけて何かしてそうだ」
そんなことない……と思ったが、確かに与えられるだけがいたたまれなくて、色々と出来ることを探そうとする自分が眼に浮かんだ。
「これから沢山、思い出を作っていこうね。 キミが出来なかった遠足や修学旅行も、ボクがキミに思いを告げられなかった十四年間も。 全部を取り戻して、それ以上に楽しい時間を作っていこう」
「……あぁ、これからもよろしく」
そういって俺は、恐る恐るだがミコトを抱きしめる。
初めて自分から行うスキンシップに、ミコトもそっと背中に手を回してくれた。
一人でだって暮らしていけるし、寂しさはリスナーたちも埋めてくれる。
誰かと一緒に生きていく必要の薄い時代で、同姓の恋人にはまだ障害だって沢山多い世の中だ。
それでも俺は、この腕に収まる恋人とならきっと幸せに生きていけるし、共に歩んでいきたいとそう思った。
ここまでお楽しみいただきありがとうございました!!
これにて完結ではありますが、明日からは一話ずつ番外編も投稿しますね。
番外編の方はこれまでの不幸を取り返すべく、かなりイチャイチャします。
お気に入り登録・高評価! 感想コメントなどしてくれると嬉しいです!(Vtuber風締めの挨拶)




