21_トラウマ
おねがいだよ。
初めて聞く、弱々しくこちらに頼む声。
昔友達が離れていった時も、炎上したときも、今まで見せたことがないその姿に……俺はこの期に及んでも隠そうとする自分を叱責して、深く息を吸ってから話し始めた。
「……お前の言う通りだよ。 入学した時の制服以降は、教科書も何も買ってもらえなかった。 周りを見ればおはじきとか計算カードがあって、なんで持ってないの? なんて笑われた」
子供は残酷だ。
無邪気に自分と他人の違いを指摘して、俺はクラスの笑われ者だった。
「先生に頼んでボロボロの教科書を借りた。 買ってもらいなさい、なんて言ってた先生たちも、成長して留め金が止まらなくなったズボンを紐で結んで使うようになると、何も言わなくなった。 ……そんな俺を先生たちは心配して、色々と面倒を見てくれた。 教科書も制服も貸してくれたし、運動会でも教室で一緒にご飯を食べてくれた」
それが無かったら俺は授業にもついていけなかったし、今の俺がいるのはそういった対応のおかげだろう。
本当に、感謝している。
だけど……。
「……感謝してたけど。 ……ずっと、惨めだったよ」
俺は、背中のミコトに向けてぽつりと零す。
「俺は皆と対等になりたかったのに、どうしたってそうなれなかった。 テストやスポーツで一番になっても、皆の扱いは"貧乏で可哀そうなあの子"だった」
ずっと言わないようにしていた言葉が堰を切ってあふれ出す。
「俺だけ旅費を払ってないから、みんなが遠足に行くのを、ずっと図書室で見送ってたよ。 なんで自分だけこうなんだろうって、来年は食事を我慢してみたけど全然旅費は溜まらないし、倒れそうになって、先生がご飯を食べさせてくれた。 心配される方がつらくて、健康を犠牲にするのはやめにした」
一日五百円の食費は、平日だけの話じゃない。
土日でも、夏休みでも変わらなかった。
節約して浮かせたお金を給食が無い日の食事に当てていたのに、そこから遠足代を捻出しようなんてすればそうなるのは当然だった。
「それなのに体ばかり大きくなって、服も着れなくなるし、おなかが減るだけだから伸びないでくれって祈ったよ」
今でも、この無駄に大きいだけの体は嫌いだ。
体の大きさで得をしたことなんてあったんだろうか。
「休憩時間の遊びだけは皆に混ざれた。 でも放課後は皆おもちゃやゲームを持ち寄って誰かの家で遊んでて、その中には入れなかった。 図書館と、本だけが俺の居場所だった」
自分がどんな顔をしてるのかもわからない。 目線は床に向いているハズだけど、何を見ているのかもわからなくなった。
「バレンタインに期限が切れた非常食を貰ったこともある。 お返しはいらないなんて言われて、ちゃんと返すとも、いらないとも言えないのが情けなくて。 ……それからは同情されたくなくて、弱いところをひた隠しにした」
きっと、今の俺は凄く情けない顔をしているのだろう。
ミコトが背中から抱きしめてくれているから、顔を見られる心配もなく話すことができている。
中学になってから、境遇を隠すようになったこと。
でも、小学生に出来る準備は限られてて、結局先生たちが色々助けてくれたこと。
児童相談所には後回しにされて、スクールカウンセラーに通うように言われても特に何か変わった気がしなかったこと。
ミコトはそのすべてを、何も言わず、黙って聞いてくれた。
「でもそんな生活が、高校からはようやく上向いてきたんだ」
俺は顔をあげて、少しだけ明るく話す。
「小さな料理屋で賄いを貰いながらバイトした。 中学の間に古本屋で教科書を買い集めて、二年からはバイト代で新品の教科書を使えるようになって、初めて、修学旅行だって行けそうになった」
それは、ずっと諦めていた日々に差し込んだ確かな希望だった。
「本当に嬉しかった……。 中学までで一緒だった子達も俺のことは黙っててくれてたから、そこでようやく対等な関係を築けたんだ」
オモチャもゲームもテレビも知らない俺は少し浮いていたけど……、それでも、バイトで忙しくてと言えば皆納得してくれた。
「俺が寝てた時に浮かれて騒ぐ親の声を聴いて起きた。 普段は喧嘩の声で起きるのに、浮かれた声は初めてで……その盗み聞きでようやく、親が何をしてたのか知ったんだ。 ……バーを経営してたらしい。 その店舗のローンを払うために、日中働いて、夜はバーを開いてたんだ。 だけど、そのローンがもうすぐ払い終わるってことで上機嫌だった」
間違いなく、あのころの俺は好転していく環境に喜んでいた。
だが、そんな風にうまくいっていたなら俺は生まれた場所を離れていない。
「二人が死んだのはそのすぐ後だ」
背後のミコトが、息をのむ音が聞こえた。
「修学旅行の数日前かな。 真夜中に人気のない道路で、単独の自動車事故で炎上した。 磨りガラス越しの黒いシルエットが、対面したら黒焦げの遺体になってて、そのまま火葬したら今度は白い骨だ。 最後の最後まで、顔なんてわからなかった」
免許証もスマホも全部燃えて……燃え残った車の登録情報から身元が特定されたと後で聞いた。
「しばらくしてから、土地と店舗を相続した。 二人は保険金とかはかけてなかった。 ……結局、俺になにかを残そうという気はなくて、ただ両方死んだから俺に回ってきただけで、俺もすぐ売りに出した」
バーの立地は非常に良くて、驚くほど速く買い手が付いた。
……でも、あれほど欲しかったお金はその時の俺にはあまり役に立たなかった。
「俺だってみんなと同じことがしたかった、皆と同じように遊んでみたかったし、遠足も、修学旅行だって行きたかった……。 でも……、ようやく行けそうだった高校で、その少し前に二人が死んだから、その対応で結局行けなかった。 俺はその時、本当に、何もかもが嫌になった」
気付けば、膝の上にある手は少し震えていた。 自分が見ないように押し隠していた感情は、ミコトの言う通りずっと色あせることも、癒されることも無くそこにあったらしい。
「何もかもやり直したくなった俺は売り払った遺産で大学に行って、それで、お前と会った。 ……後は、お前の知っての通りだよ」
あの時売った金の殆どは今も通帳に眠っている。
学費以外に使う気にはなれなくて、学生の間も生活費はアルバイトをしていた。
「……話してくれて、ありがとう」
ミコトは最後まで俺の話を黙ったまま聞いて、少したってから口を開いた。
「キミは本当に……よく頑張ったんだね。 周りと同じになろうとして、出来なくて。 ……ようやく手に入るところだったのに、それが奪われた」
そうだ、俺はそれが一番つらかった。
最初から行けないと諦められたならよかった。 でももう少しで行くことが出来たのに断念することになったから、その落差に心が耐えられなかった。
「大丈夫……今からでも、きっと取り戻せるから。 キミがやりたかったことを全部取り戻していこう? ボクと一緒にゲームをしたみたいに、遠足だって修学旅行だって、一緒にやりなおそうよ」
その言葉が嬉しいはずなのに、俺は何故だか頷くことも、答えることも出来ない。
「ごめんね、キミはずっとずっと頑張ってたのに。 それなのに、ボクは思い付きの約束で、更に無理をさせてしまったんだね」
背中越しに、ミコトから言葉がかけられるが、俺はそれを否定する。
「違う……頑張ってなんかないんだ、俺は」
「え……?」
「俺は、自分にないものをたくさん持ってるお前を尊敬してた。 少しでも近づきたかった。 ……だから、そんなお前と対等になれる約束が嬉しかったのに、それでも頑張れなかったんだ」
これまで言えなかった、自分の情けない部分。
「……何かあった時が怖くてお金をほとんど使えなかった。 遺産だってほぼ手付かずなのに。 お前みたいに、他の人に依頼すればもっと面白い動画が出来たはずなのに」
動画編集の外注でも、新しいモデルを作るのでも、広告機能を使うとかでもいい。
お金があるんだから色んな方法で、登録者数を増やす手立てがあったはずだ。
「専業になることも、徹夜して投稿頻度を早めることも出来なかった」
週に配信一本、動画三本、ショート五本。 ……それで足りないのなら、もっと増やせばもっと早く登録者を増やすことが出来たはずだ。
「お前に誘われれば会いに行ってしまった。 ……会いたいなら、早く追いつけばよかった。 それが出来ないならすぐに諦めて、裏方に回る事だって出来たはずなのに」
あの約束は、ミコトがキミも同じことが出来るよ、と言ってくれてるようで、結局それを諦めきれなかった。 二年目には、自分にいた五千人の登録者がミコトの人気から流入したものだと気付けてたのに。
「頑張れもせず、あきらめも出来なくて、中途半端で……。 そのくせ、みんなの心配を憐れみや施しと思ってしまう。 助けを求めることも出来ない。 ……そんな自分が情けなくて、俺は一番、俺が嫌いなんだ」
俺は誰かを恨めなかった。 それは、自分自身が一番嫌いだから。 誰かを恨むよりも、自分に一番敵意が向いていたからだ。
背中のぬくもりが消えて、ベッドのスプリングがきしむ音が耳に届く。
そして不意に、正面から抱きしめられた。 肩に、ミコトの首の重みを感じる。
「バカだなぁ、キミは……。 頑張るっていうのは、自分を犠牲にすることじゃないよ。 キミのしたことは、頑張りすぎなくらいだよ」
俺を正面から抱きしめながら、優しい声でミコトはそう諭す。
「そんなことない。 だって……あの二人は、昼も夜も働いて、喧嘩ばかりで、俺のことを見なくて……家でも、全然楽しそうじゃなかった。 頑張るって、そういうことじゃないのか」
俺は、二人のシルエットを思い浮かべた。
思い出せる姿は喧嘩ばかりだったが、ついぞ離婚したりすることは無かった。 俺にはわからないが、愛し合っていたんだろう。
そして、その結果が俺だったはずだ。
「頑張るのがそういうことじゃなかったら、なんで俺は、ずっと一人だったんだ」
子供を愛の結晶だと、一番愛してるものだという。
なら、そんな一番大切な物を捨ててでも、全てを捧げるのが目標に向かって頑張るということじゃないのか。
俺の言葉を聞いたミコトが、今までで一番強く抱きしめる。 歯を強くかみしめる音が、耳に届いた。
「……ごめんね。 何故キミの親がキミを放っておいたのかは、わからない。 答えてあげられない。 ……けど、キミはそのとき、どうしてほしかった?」
「…………側にいて欲しかった、俺の話を聞いてほしかった」
口に出した言葉が思わず震える。 言えば折れてしまいそうで、一度だって言えなかった言葉。
「……俺は、本当は、寂しかったんだ」
その言葉を聞いたミコトが、安心させるように優しく俺の背中を叩く。
「じゃあ、ボクが傍にいるよ。 ……過去に戻ることはできないけど、今のキミに、寂しい思いは絶対させないから」
俺が初めて口に出した本心を、ミコトは受け止めてくれる。
そして、抱きしめたまま俺を諭すように話す。
「……頑張るっていうのはね、目標に向かうためにすることだと思う。 辛いのが偉いんじゃない。 徹夜をしたから凄いわけじゃない。 体調を崩さず長く続けられる方が凄いんだよ」
「キミは確かに、投資をしなさすぎたかもしれない。 だけど、備えを持っておくのは悪いことじゃない。 トラブルが起きた時にすぐ対処できる」
「専業化だってそうだよ。 収益が生活費に届かなくなって、引退した後輩たちをボクは何人も見てきたよ」
「……ボクと会うのを大事に思ってくれてありがとう。 遊んだっていいんだよ。 目標の合間に別のことを楽しんだっていい。 だってそうじゃないと、どこかで心が潰れてしまう」
「キミのやってきたことは、頑張れなかったわけじゃない。 長く続けるための、正しい頑張りなんだ」
ミコトは、俺が頑張れなかったと嘆いた行動を一つ一つ、頑張れていたと肯定する。
「……だから、自分を認めてあげて欲しい。 ……これまで、一人でよく頑張ったね。 そんな傷を誰にも話さずに、ずっと抱えて。 ……キミは、本当に強い人だよ」
耳元で聞こえたその言葉は、俺を哀れむものではなく、敬意と、俺のこれまでを認めるもの。
「ボクもキミを尊敬してる。 一度だってボクはキミを下に見たことなんてない。 ……初めて会った時から、ボクが辛い時に側にいてくれて、何も言わずにボクを守ってくれて、本当にありがとう」
真摯に告げられたその言葉に、俺は覚えている限りで初めて、感情から来る涙を零した。
一度決壊したものはそう簡単に収まる物ではない。 ミコトの肩を、俺の涙が濡らしていく。
声も出さずに泣く俺を、ミコトは何も言わずに抱き留めてくれた。
……少し経って呼吸が落ち着いたころ、ミコトはそっと俺から離れて、隣に座った。
学生の頃を思い出すいつもの位置。
いつもの距離感。
そして、ミコトは一呼吸してから、口を開いた。
「カクシ君、ボクはキミが好きだよ」
突然の告白だった。
……いや、この言葉自体は聞いていたが、休止宣言が俺の心に重く重く圧し掛かっていて、それを理解できていなかった。
「何も言わずにどんな時もボクの傍にいてくれたキミが好き。 きっと君の趣味とは全然違うのに、楽しそうに話を聞いてくれるところが好き。 隣を歩こうと頑張ってくれるキミが好き」
隣にいる俺の顔を覗き込みながら、ミコトはそっと俺の手を握った。
「……十四年前からずっと、大好きだよ。 キミと、恋人になりたいと思ってる」
俺はその言葉にこたえようとして……。
「…………あ、……っ」
どうしても言葉が出なかった。
そんな様子を見てミコトは少しだけ悲しそうにした後、困ったように笑う。
「……うん、わかってる。 ……わかってた。 キミの傷はすぐに癒せないほどに深いんだよね」
「ごめん……ごめん……!」
震えながら出る言葉と、またも頬を雫が伝っていく。
先ほどのものとは違う、ミコトを悲しませてしまった罪悪感と自己嫌悪からくる涙だ。
「謝らないで。 キミが悪いわけじゃないんだ。 ……ボクのタイミングが悪かった。 またキミを苦しませてしまったね」
俺は黙って首を振った。
ミコトが悪いはずがない。 言葉に出来ないのも、思いを受け取れないのも俺の責任だ。
「好意を伝えるのが、悪いことのはずがない。 嬉しい、嬉しいんだよ……、でも、でも……」
ぽろぽろと頬を伝う涙が鬱陶しくて、俺は片手で目元を覆う。
「そんなお前の言葉すら、お前にあの時友達がいなかったからじゃないのかと、どこかで思ってしまうんだ……みんなからの好意も善意も、立場からなんじゃないかって」
浅ましい、醜い自分の心を呪う。
「先生だから可哀そうな子を助けて。 お前も、周りに人がいないときに俺が近づいたから側にいてくれるんだって……。 これまで俺を助けてくれた人達のことを、純粋な好意だって思いたい。 ……俺だって皆に愛されてたんだって思いたい。 ……でも」
脳裏によぎるのは、一度としてこちらを見ることの無かった摺りガラス越しのシルエット。
「親にだって愛されて無い俺が、自分を嫌いな俺が、愛されるわけないって、そう思ってしまうんだよ……」
俺は間違いなく、ミコトの言葉で救われた。
寂しかったという本心を吐き出せて、ミコトがそれに寄り添ってくれた。
頑張れなかったという自己嫌悪を、充分頑張っていたよと肯定してくれた。
だけどこの考えだけはどうにもならなかった。
「……ありがとう。 そこまで全部、言葉にしてくれて。 ボクに涙を見せるようになってくれて。 ……それだけでも、ボクが出来たことはあったと思う」
ミコトはそういって、少し寂しそうに俺に笑いかけた。
「ホントはボクが全部、君を癒してあげたかったけど。 多分、ずっと傍にいたボクにはそれが出来ないんだよね。 ……ならそれは、立場とか関係なくキミを愛してくれる人に任せるよ」
「……そんな人、いないよ。 いるわけがない」
「いるよ。 立場とか同情とか、そんなもの全く関係なく、君を愛してくれる人はちゃんといるんだ」
ミコトの言葉に、俺は頭の中でこれまで関わった人たちを思い浮かべるが、誰も思いつかない。
そんな俺を見てミコトは続きを、その誰かを教えてくれた。
「……キミのリスナーだよ」
それは、顔も名前も知らない画面の奥の人たち。
「キミのメンバーシップは、本当に入る意味がないよね」
突然の刺すような言葉に、思わずショックを受ける。
「恩恵はバッジとスタンプだけで、そのスタンプも読了とかで使い勝手がイマイチだし、メンバー限定配信も無い」
自覚しているだけに、チクチクと刺されるようなその言葉に、思わず顔を上げられなくなる。
そんな様子に気付いたからか、ミコトは少し言い過ぎたと思ったのか、俺の背中をさすってくる。
「……けどね、そんな内容ですらキミを応援したいからって気持ちで、入ってくれてるんだよ。 教師と生徒だからとか、孤立してるときに傍にいてくれたからとか、キミが疑ってしまうようなものを何も持っていない。 彼等はキミがキミだから愛してくれてるんだ。 ……だから、彼らの言葉を信じてあげてほしい」
「……どうやって、その人たちの言葉を聞くんだよ。 手元の端末で文字を打つだけなら誰だって……何だって言える」
頭の中では、そんなことないと思いたい。
心にもないことを書くのはやはり難しいから。
だけどそれでも、八年間Vtuberとして活動して、本当にいろんな人を見てきた。
失礼な人、からかうためだけに相手を一瞬褒める人、口汚く罵ってくる人。
その日々が俺に、リスナーのコメントすらどこか疑いの気持ちを持ってしまうようにさせてしまっていた。
そんな俺に、ミコトは微笑んで言った。
「そこは、ボクに考えがあるから、任せて。 ……今日はもう遅い、キミはもう寝なよ」
見れば、時計は既に三時近くになっていた。
少し頭が疲れて、うまく回っていない気もする。 バイトで夜勤をしていた時でもこんなことは無かったはずなんだけど。
そう考えていると、ミコトが俺の額に手を当てて熱を確認する。
初めてしてもらった行為に、少し戸惑ってしまった。
「……少し暖かいけど、熱はないかな? 思いっきり感情を動かすのって疲れるからね。 キミは慣れてないから、特に疲れたのかも。 明日は日曜日だし、ゆっくり休んでね。 朝になったら久しぶりに、一緒に朝ご飯食べようよ」
学生の頃、夜勤明けにミコトの家へ泊めてもらった時のことを思い出し、懐かしくて少し気持ちが上向いた。
先ほどまでの悩みや苦悩が、少しだが紛れたようだ。
ふと、ミコトはどこで寝るのかと気になって訪ねる。
「……お前は寝ないのか?」
「少しだけ、やりたいことが有ってね。 元々配信と打ち合わせとかで朝まで起きてるつもりだったから、キミは心配しないで」
そう言いながらミコトは、画面の消えたPCのモニターを何故か見つめていた。
***
あの日以降、ミコトは宣言通り活動を休止した。
休止中に何をしているのかわからないが、日中は色々と忙しそうだ。
俺もほとぼりが冷めるまでは休んだ方が良いと言われ、休止の連絡をSNSとYoutubeの投稿欄に記載した。
荒らしコメントもいくつか書き込まれはしたものの、ミコトからは削除もせず視界にも入れるなと厳命されてしまったので、俺に出来ることは、ただ毎日仕事に行って、復帰したとき用の動画を作りためていくだけだった。
これまでは忙しい日々の中、毎週投降することを優先してしまっていた。 だが、活動を休止してる今はそれを気にする必要がない。
絵も以前より丁寧に仕上げることが出来たり、動画処理に時間をかけることが出来て少し楽しい。
配信のことを何も考えず、ただ本を読むのも一体何年振りだろうか。
少しずつ少しずつ、あの炎上で傷ついた心が癒えてきて、一ヶ月近くが経ったころ、ミコトから計画が話された。
「……オシカツ代送?」
「そう、ファンからの贈り物を中継して、推しに送ってくれるサービスだよ。 それを使って、キミの誕生日プレゼントを募集する」
俺の誕生日は、九月二十日、二週間ほど先だ。
ファンからの贈り物には欲しいものリストなどがあるが、そちらはどうしても住所バレのリスクなどがある。
その点このサービスは、配信者とリスナーが相互に会社に会員登録さえすれば、リスナーは設定したアカウント名等の匿名で贈ることができ、互いの住所を知られることなく贈り物を送れるのだそうだ。
送れるものは手書きのファンレターや物品。 GPSとかが仕込まれてないも確認してもらえるらしい。
「ボクたち送られる側は完全に無料だけど、リスナーたちは手数料を払ってボクたちに贈ることになる。 ……そこまで手間とお金をかけてなら、キミも心にもないことを言ってるなんて思わないでしょ?」
「それは……そうだけど」
俺に、そんなものを贈ってくれる人が本当にいるのだろうか。
そういうものを募集して、誰も送ってこなかったときは余計に辛くなってしまう。
そんな不安を察してか、ミコトは俺の手を握って安心させるように話しかけた。
「大丈夫、必ず来るよ。 ボクもリスナーの立場で彼らのことを見てきた。 だから、信じてあげて」
その言葉に少し戸惑いながらも頷いて、SNSとYoutubeに連絡を投稿した。
誕生日から活動を再開すること。
オシカツ代送を利用して誕生日プレゼントを募集すること。
それらを書き込んで、俺は誕生日まで変わらず日々を過ごすことになった。




