18_ミコト:誕生日凸待ち
八月六日。 日付が変わると同時に、ボクの通話アプリにメッセージの通知音が鳴る。 普段配信中は通知音が鳴らない設定にしているが、今日だけは別だ。
今日はボクの誕生日。 毎年日付が変わると同時にカクシ君は誕生日祝いの連絡を送ってくれるため、それを楽しみにしていた。
学生時代は誕生日になると贈り物とお祝いの言葉を当日にくれたカクシ君だったけど、互いにVtuberになってからは、ボクが誕生日を配信で過ごすようになったこと。 そしてカクシ自身もチャンネルを伸ばすために中々時間を取れなくなったことで、当日はお祝いの連絡だけになった。 代わりに、後日時間を作って、一緒に食事をするときにきちんとお祝いするという形になっていた。
たった一行のメッセージだけど、普段は日付が変わる前に就寝するカクシ君が、少しだけ夜更かしして送ってくれるという事実がボクの心を温かくしていた。
だけど、今年のカクシからの連絡は普段と異なり、もう一言添えられていた。
『誕生日おめでとう。 今年は誕生日凸待ちで当日に祝えそう』
その連絡を受取ったボクは、配信中なのに思わず喜びの声が漏れてしまう。
TACの世界で共にパン屋を営んでいる店主のゆあめろは、そのご機嫌な様子に「なにかあったのか?」と尋ねてきた。
「ふふふ、お友達からの誕生日祝いです。 あ、ボク今日誕生日なんですよ」
「マジ!? 誕生日凸待ちで一日配信休むとは聞いてたけど、もうそんな経ってた!?」
「夜に八時間フルで配信したり、ゆめベーカリーの歌を作ったりしてたので一瞬で時間経っちゃいましたね」
「楽しい&忙しいの嬉しい悲鳴だなぁ。 ……ともあれ、お誕生日おめでとう。 凸待ちにはいけないけど、ちょっと全力で祝わせてもらおうかな」
そういうとゆあめろ店長は、電子ピアノをその場で演奏し、誕生日の歌を歌い始める。 二〇一〇年から歌い手として活動し続け、今ではチャンネル登録者三百万人。
そんな彼がボクのために即興で演奏して歌う、値千金のお祝い。
「……相変わらず良い声ですね。 こんなお祝いしてもらえるなんてファンに嫉妬されちゃいそうです」
「いやいや、ファンに聞かせるためにも歌ってるんだよ俺は。 俺のファンが一番喜ぶのは俺の歌だからね。 歌えるチャンスは逃さないつもり」
「そこは嘘でもボクのためっていってくださいよー!」
「キミだけのために歌うよ、なんて言ったらキミのファンに刺されるでしょ? ミュージシャンが配信者と隠れた関係! なんてよくある炎上だからシャレになんないんだよ」
そう言いながら、ボクとゆあめろ店長はお互いに軽いじゃれ合いをする。
実際、配信者が関わる相手は数少ない。
ボクが関わっている人間だと、動画編集者、イラストレーターやモデラー、案件をくれる会社、音楽関係者、同業の配信者、それとレッスン先の講師。 このくらいだ。
配信業は殆どが自分の家で完結する仕事なだけあって、出会いを求めたいと思った人達は、仕事でやり取りを行う相手から選ぶのかもしれない。
「まー、ボクは普段からユニコーンの角は折ってるので、そのあたり無縁だけどね」
「ほんとかぁ? 気付いてないだけでガチ恋勢が誰かに迷惑かけてるんじゃないのかぁ?」
「ないですよー。 ボクが炎上したのなんて、デビュー初期に実写で手やお腹を見せた時くらいですって」
「それで燃えるのもわけわかんねえなぁ……」
全くですよ。 と二人して笑いあった。
……思えば、この時ゆあめろ店長の言葉で気づいていれば、あの炎上は無かったのかもしれない。
ボクがカクシ君を思う心を諦められなかったように、角を折ろうといくら注意しても、人の心を全て制御できるものではない。
カクシ君との交友関係を公表した動画。
十年来の友人、睦実ミコトの体を作った最初の親、長い間活動を続けていた証拠となる膨大な動画数。 それら好条件が揃ったあの時ですら、数名の嫉妬コメントはカクシ君の方向へ向かっていたのだ。
この油断は、一番大切な人を燃やす結果になってしまった。
***
誕生日配信の開始時刻である午後八時が迫るころ。
ボクはチャットアプリであるDiscordの凸待ちサーバーに並ぶ名前からカクシ君を探したけど、一覧にやはりいないことを見て、来てくれた人達には悪いけど少しだけため息をついた。
カクシ君は、急遽入った仕事の都合で参加できなくなった。 昼頃にその連絡を貰った時は、慌ててこなくてもいいからね。 と連絡を送ったけど、やはり少し寂しい。
だけど、そんな姿をリスナーにもゲストにも見せるわけにはいかない。 元々カクシ君は毎年誕生日配信に来ることはなかったから、いつも通りになっただけだ。
ボクは気を取り直して配信を開始した。
「やっほー、睦実ミコトだよー。 今日はボクの誕生日を祝いに来てくれてありがとー!」
同時接続者は三万五千人。 年に一度の記念日は、普段アーカイブ視聴だという人も時間を割いてリアルタイムで配信を見に来てくれる。
いや、それだけでなく今回はTAC企画で注目度が高いことも重なったのだろう。 新規のコメントもチラホラと見えていた。
コメント:[1000]おめでとう!
コメント:[5000]これケーキ代
コメント:[10000]誕生日おめでとうございます!
「わわわ……! みんな、ありがとう! 後日、枠を取ってゆっくり読ませてもらうね!」
飛び交う色とりどりのスーパーチャットだけど、数が膨大であり流石に全てを読み上げることも出来ない。
後日に読ませてもらうと約束をして、ゲストを順次紹介していくこととなった。
「はい、最初に来てくれたのはこの方! ……配信に音声乗せても大丈夫ですか? ……はい、のせまーす」
ボクはDiscordのボイスチャット待機場へと入ると、ゲストへ配信に声を乗せる準備が出来ているか確認を行い、その音声をリスナーへ聞こえるようにする。
「ハローワールド、ハローリスナー。 マーブルinc所属のハッカー新人Vtuber、一条レイです。 よろしくお願いします」
「うわー、ちゃんとした挨拶初めて聞いたよ」
「あ、確かにこの紹介ミコトさんの前でするの初めてでしたね。 TACでは結構喋ってるのに」
最初に参加してきたのは一条レイ君。 凸待ちサーバーの待機場に一番最初に入室し、この時間まで待機していたようだ。
「そうだねー、お互い所属が違うから四六時中一緒ってわけじゃないけど、でもゲーム内だと一番顔を合わせてるかな? 偶然会うことも多いし」
「いや、あれは俺が会いに行ってるんですよ。 パン屋の音を頼りに」
「あ! そうだったの!?」
「えぇ……、鈍感……? そんな一日に偶然何度も出くわしませんって」
「えー、初めて言われちゃった。 気を付けとこ……」
言われて初めて、確かに広い町でそう同じ日に何度も何度も会うことはないと気付いた。 というか気付かされた。 これまであまり鈍感と言われることはなかったのだけど、もしかしたらこれまでにも、周囲の気遣いに気付けていないことはあったのかもしれない。
「ところで話は変わってトークテーマなんだけど、今後やりたいことや目標ってなってるんだよね。 一条君は何かある?」
「ありますよ! やっぱもちろん3Dライブです! 俺は歌とダンスで合格してるんで、ファンの人にはそこで楽しませたいところですね!」
「おー! いい目標だね。 マーブルincは3Dお披露目も毎回凝ってて面白いし、まずはお披露目を楽しみにさせてもらおうかな」
「そうなんですよ! 先輩たちのお披露目もライブも凄くて、俺もあんな風なのやりたいなーって何度か挑戦してデビューさせてもらって……」
一条君は中学生の時、先輩の歌と踊りを交えた3Dライブの様子をYoutubeで見て憧れ、Vtuberにハマったのだという。 その後も、話は止まらず、色々な先輩方の3Dお披露目の面白かった部分などを話し続けた。
自然と早口になって止まらない様は、箱推しのファンボーイといったところか。
……うん、ボクもゲームが好きだし好きな話をすると止まらない気持ちはわかる。
「それでですね、もし俺がお披露目することになったらやりたいことが――」
「ってストーップ! こらこら、話したいのはわかるけど、どこまで明かしていいかとかは運営さんと相談しないと。 こういうのは視聴者が新鮮に驚くのも大事なんだから」
ボクがその様子にひやひやして静止させると、一条君は思わず、あ!と声を上げて止まった後、少し笑って言い訳をする。
「いやぁ、ミコトさんが聞き上手だから話しやすくて」
「愛嬌だけでごまかされないからね? キミ、先生に叱られるときとか自分だけちょっと甘かったりしたでしょ?」
「え、なぜそれを」
驚いた様子の一条君に苦笑する。 まぁ先生方の気持ちもわかる。 彼には本当に悪意とかは無さそうだ。 ただちょっと考えが足りず、ついポロッと言ってはいけないことを言ってしまうだけ。
年が離れている先生ほどこのくらいのミスは、仕方ないなぁと強く叱らないだろう。
ただ、学校という空間内のちょっとしたミスと、今の一条君のミスは違う。 企業所属のVtuberはもはや会社に勤める社会人と言ってもいい。 関わる人が多くなる分、責任も大きく変わってくる。
少しそのあたりを自覚してほしいところだけど……、それは同じ箱の先輩や運営側がすることだし、踏み込み過ぎか。
ボクはそう考えて強くは注意せずに飲み込んだ。
「ともあれ今日はTAC企画中で忙しいのに来てくれてありがとう」
「あれだけあっちでお世話になってるのに、来ない選択肢なんて無いでしょ! ……ところで、ミコトさんは今日はINするんですか?」
「零時半で配信を終えて、残り時間は参加しようと思ってるよ」
「やった! それじゃまたゲーム内で会いましょうね」
向こう見ずで不用意な発言こそ多いものの、素直で人懐っこい性格なのだ。 まだ若い後輩Vtuberをほほえましく思う。
「うん、それじゃまたねー。 …………はい、新人Vtuberの一条レイ君でしたー。 最近は一緒にTACって世界で遊んでるから、良ければチャンネル登録してあげてね」
>コメント:ゼロマコやっぱいいよね
>コメント:TACだとこの二人ばっかり追ってる
>コメント:一条君、お姉さんに懐く年下みたい
コメント欄の流れも速い。 やっぱり今回の配信には、相当数がTAC企画から遊びに来ているみたいだ。
そこからボクは、様々な相手を迎えて楽しくお話しては、次の人へと回していく。 一人当たりの時間は十分から十五分。
来てくれる人も二次色パパや平野ママのようなモデルを作った親から、共にコラボしたことのある企業・個人を問わないVtuber。 数カ月間ラジオで同じ番組をしていた声優などなど。
絶え間なく遊びに来てくれて、わざわざ平日の夜に祝いに来てくれる事実に嬉しくなる。
気付けば待機場所にいる残り人数も二人、そして時間は零時五分前という時間になっていた。
「さて、次の人は……ってあれ!?」
次に待機している人の名前を見た瞬間、思わず驚きの声が漏れてしまう。
そのアカウント名は、仕事で遅れると言っていたカクシ君のものだった。
「……音乗せても大丈夫? ……そう、じゃあ乗せるね」
「こんばんは、本や物語を紹介するVtuber紙カクシです」
ボクは画面に、あらかじめ貰っていた二次色先生の立ち絵を表示させる。
ヘッドホンから耳に入る声は普段マイクで聞いているものとはまるで違う、悪い音質。 良く音に集中すれば、僅かにカエルの声が聞こえてきて苦笑した。
「音質が完全にスマホのマイクだね、今どこにいるの?」
「今家に帰ってるところで……、なんというか、人通りのないところでこっそり話してる」
「もう、別に急がないでいいよって言ってたのに……」
「Vtuberになってからは当日に祝えてなかったから、何とか間に合わせたくて」
そんなカクシ君の様子に思わず笑ってしまった。 そうまでして祝ってくれたことが嬉しいのもあるけど、今のカクシ君からはVtuberとしての顔ではなく、友人としての素顔が出てしまっている。
「……カクシくん、パソコンの前じゃないから素が出ちゃってるよ?」
「しまった……。 ……あー、あー。 ……これで大丈夫でしょうか」
「うん、オッケー。 配信で聞いてるいつものキミだね」
カクシ君が声のチューニングをして、いつもの紙カクシとしての口調に戻った。
僕としては、友達としての普段の口調の方が好きだけど、素の口調を聞けるのはボクだけだと思うと、なるべく配信でリスナーには聞かせたくなかった。
もっとも、その口調はボクが最初に行ったドッキリ動画にも含まれて公開しているし、周知されていることではあるのだけど。
「カクシ君。 今回のトークテーマは今後やりたいことや目標なんだけど……、何かある? 約束してた一万人も達成しちゃったし、別のことでもいいよ。 ボクの尊敬してるところとかね!」
茶化すように、カクシ君へとそういった。
元々、カクシ君がこの配信に参加できるのならトークテーマは別のものにする予定だった。 それがこのトークテーマになったのは、最初に来てくれた一条君のような新人が、自分の売りをアピールしやすいようにという配慮。
正直に言えば、配信のトークテーマを言い訳に、好きなところとかを言ってほしかったんだけど……平静でいられるかわからなくて、尊敬してるところに規模を下げた。 ……だけど。
「目標はちゃんとありますよ。 リスナーを楽しませられるようになるとか、誰かと配信したとき相手が恩恵を受けられるような人になりたいですね」
「うぅ……尊敬するところはスルーされちゃった。 ……まぁいいや。 キミは十分もう出来てると思うけどね、ソースは八年リスナーやってるボク」
「昔からの友人の評価は当てにならないでしょう……」
「えーん、ボクの素直な評価を受け取ってくれないよぉ……。 しくしく……」
カクシ君の言葉に、冗談めかして答える。
だけど、実際にちょっと悲しく思っている。 尊敬してるところを言ってくれないことではない。 自分の評価を受け取ってくれないことだ。
やはり、カクシ君の自己評価はとても低い。
リスナーは配信を楽しんでいるから、カクシ君についてきてくれている。 そして、ボクがしているコラボもカクシ君と共に配信するのが楽しいからしていることだ。 それだけで十分、コラボしてるボクが得ている恩恵と言えた。
だけどカクシ君は、それを自分という個人への評価だと素直に受け取れていない。
最近は少しずつ少しずつ、カクシ君の持つ古い記憶を吐き出してもらいながら心の傷を癒せないかと試しているけど、まだカクシ君が本当に辛いと思っていたであろうことは聞けていなかった。
「……それで、もう日付は変わっちゃったんだけど、今年は誕生日に何をくれる予定だったのかなー?」
「えぇ……。 それ、ここで言うんですか?」
「毎年くれてるんだし、別に良いでしょ?」
なんとなく、自分でも浮かれているように感じる。
普段プレゼントは誕生日の後、数日から数週間離れた日に、一緒に食事をするときに渡されていた。 それが当日に祝いに来てくれたことでテンションが上がっているようだった。
「……膝に乗る大きさの狐のぬいぐるみと、御伽草子です。 ……この間、玉水物語の話を結構気に入ってたみたいですから」
カクシ君は少し照れた声色で教えてくれた。 普段は誰も見ることがない場所で渡してくれているから、リスナーの目がちょっと恥ずかしいのかもしれない。
「ありがと、ぬいぐるみの方はキミと思って大切にするよ。 ちょうどキミも狐衣装持ってるしね」
「私はフワフワした感じがミコトっぽいと思って買ったんですけどね」
「それじゃお互い狐になっちゃうじゃん。 ……しょうがない、ボクでもキミでもなくて、そのぬいぐるみの名前は、玉水くんにしよう」
笑いながら、しばしそのような談笑を続けた。
だが、気づけばもう既に十分経っていて、そろそろ最後のゲストを呼ばなくてはいけない時間になっていた。
「……それじゃ、今日はきてくれてありがとう。 まさか当日にお祝いしてくれる最後をキミが持ってくなんてね」
「別に狙ったわけじゃないんですけどね。 待機所で順番待ちのルームに入ったときも、間に合わないかもなって思ってましたし……」
更に言うならば、当日最初の祝いもカクシ君からの連絡だった。 偶然とはいえ、最初と最後を祝ってもらえてうれしい気持ちになる。
「キミは明日もお仕事でしょ? ゆっくり休んで、無理しないでね?」
「私が頑丈なのは知っているでしょうに」
「フフ、大学でもVtuberになってからも、キミは体調不良で休んだことないもんね。 ……それじゃ、お休み……」
「あぁ、お休み」
お休みの瞬間だけ、またカクシくんがVtuberではない普段の声色に戻っていた。
ヘッドセットを付けてるときや、配信PCの前以外だとどうしても戻ってしまいやすいみたいだ。
「……というわけで、ボクのお友達で最初にモデルを作ってくれたカクシくんでしたー。 色々と本を紹介してるから、読書が好きって人は登録してあげてね」
>コメント:は????
>コメント:何今のお休み
>コメント:え? 彼氏いたの?
>コメント:カミカクのあんなお休み声、初めて聞いたー!レアー!
>コメント:彼氏持ちかよ
>コメント:やっぱミコちゃんカクシさんの時だけ声違うよね、楽しそう
……あれ?
コメント欄の流れが普段より圧倒的に早いのは当然ではあるのだけど、その比率は新規のコメントの方が多い気がする。 元々のリスナーがボクとカクシ君の距離が近いことを弄るのとは違う、驚きの様なコメントが多く流れているような……。
とはいえ、まずは次のゲストを迎えなければ。
ボクは考えるのをいったんやめて、Discordの画面へと戻った。
「さて、次が最後の人だね。 時間的にもちょうどよさそう」
ボクはこれまで同様、ゲストに音を乗せていいかどうかを聞き、配信へと呼んだ。
「なに! い……の! か……ああ!!!!」
「うわぁ……ビックリした」
思わずヘッドホンを少し耳から離して、音を遠ざける。 ノイズキャンセリング機能で一定以上の音の大きさは無効化されているが、それでもまともに聞き取れないほどに割れた音には驚いてしまう。
推測しかできないが、『何今の会話?』だろうか。
「……もう、音割れ芸やめてくれない? 肺活量が凄いのはわかったから」
「音割れ芸じゃないよ!! ……あ、マーブルinc所属、海の歌姫、潮彩セレナだよー。 ……じゃなくて、いやいやいや! 私この状況当て馬じゃん!? ギリギリで日付変わっちゃうし! しかもミコトのあんな優しい声初めて聴いたんだけど!?」
潮彩セレナはアニメのタイアップなども担当しているVシンガーだ。 ボクは以前二人で歌ってみたを投稿したこともあり、コラボ配信や歌枠などを取ることも度々あった。
「え、そんな声になってた? ……うーん、自分じゃわからなかったけど……。 でもボイス販売してるやつとかだと、そういう声も聴けると思うよ」
「え?ボイスにあんな声入ってるの? 買うわ。 ……じゃなくて! なんで!? 私五年ぐらいミコトと一緒に配信してるし好き好き言ってたのにそんな声で話してくれないじゃん!?」
早口でまくし立てるようなセレナの言葉に、ボクは配信に乗るようにわざとため息をついた。
潮彩セレナの特徴は歌だけではない。 男女問わず様々な人へとアタックしていくのである。 恋愛的な意味で。
恋人がほしい、結婚したいとデビューした六年前から配信で言い続けており、マーメイドドレスと可愛い歌のアイドル風な要素にもかかわらず、そこは一切ブレることは無い。
同じマーブルincのみならず、他企業や個人勢の男女問わずに向かっていく様は、人魚姫ならぬピラニアと恐れられていた。
「カクシ君とは十四年一緒にいるし、ボクは最初から好きな人いるよーって言ってたでしょ? そもそもキミを好きになることは無いよ」
「いやそりゃ聞いてたけどね!? てかそんな数を出されたら勝てるわけないじゃん!?」
「じゃあ素直に諦めてね?」
「ああぁあぁあ……。お誕生日、おめでとうございばす……」
「はい、ありがとうございます」
ボクは他のゲストよりもかなり雑な対応をしてあしらった。
とは言っても、雑な対応は仲の良さゆえだし、この一連の失恋風やり取りもエンタメだ。
セレナは様々な人に好き好きとアプローチするが、その相手は選んでいる、はずだ。
きちんとお断りしてくる相手にしか行わず、一連の流れを鉄板にした御約束のジョーク。 だからこそボクも気兼ねなくあしらえるし、一緒に配信するようになった五年で何度も似たようなことをしてきた。
そういった慣れた流れだからなのだろうか。
セレナはそんなやり取りをしながら、Discordのチャット欄にメッセージを飛ばすという器用な真似を、通話しながら行ってきた。
その文面はシンプルに一行。
『油断しすぎ、多分紙カクシさんのチャンネル燃えちゃうと思うよ』
その文面を見た瞬間、頭が一気に冷えて背中にジワリと汗をかいた。
……だけどすぐに、考えすぎだと振り払った。
最初に出した動画だって、それから後に行った配信だって、色々とそんな風に疑われるようなことはしてきたはずだ。
今日の、ただほんのちょっと交わした十分程度の会話だけでそうなるはずがない。
ボクはそう考えながら、セレナとの会話を終えた後に配信を閉じて、別枠でTACの配信へと移行した。
翌朝には、本当にセレナの言っていた通りになると知らずに。
カクシが送った本は大正時代、1926年に出版されたものです。
贈り物に古書はどうなんだろうか……と悩みながらも、玉水物語が収録されている本がこのくらいしかなかったので、何とか見つけて入手しました。




