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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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剣術道場の仲間

 剣術仲間の間では、諸先生を抜けばいつもおれが皆の上座についた。

 藤川近義先生(注1)の年忌には出席者が五百八十余人もあり、源平に別れた一本勝負の時はおれが行司をした。

 赤石郡司兵衛先生の年忌は団野の道場で行われたが、そこでも行司取締はおれだ。井上伝兵衛先生の年忌も、頼まれて諸勝負の見分はおれがした。男谷の稽古場開きもおれが取締行司だ。


 その時分は万事においておれが差配したものだ。流儀の揉め事、相弟子の口論、伝授の時の言い渡しまで行った。

 特に団野の所の門下生は、伝授のことを皆々おれに聞きにきた。そして、おれの下知に背く者もいなかった。


 下谷・本所の者は、大小の拵えや衣服または髪型までおれのいう通りにしたものだ。それは実に奇妙なことだと思ったよ。


 その頃の諸道場にはそれぞれの定めがあって、先生は同座同席の位の相手を弟子にしなかった。

 他の道場から先生がみえた時は、すぐに高弟が出迎えて、刀を取って案内をした。先生達も玄関に出るのが慣いだったが、この頃はそういった風習も変わって、知らぬ顔で構わないことがある。それでもそれなりの形になるものだ。

 稽古をするにも、稽古場へは二組だけで勝負をすると決まっていた。しかしそれも有耶無耶になって、幾組も乱れて勝負をするようになった。


【注釈】

注1 … 藤川近義(1726~1798年)は直心影流十代目道統者。


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