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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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うらだな神主・吉田兵庫のこと

 本所の猿江に、摩利支天を奉る神主(注1)で、吉田兵庫という者がいた。友達の大勢がこいつの弟子になって神道を学び、おれにも弟子になれと周囲がすすめるので、神社を訪れて仲良くなった。

 その年の十月のこと。

「勝様は世間に顔がお広いから、亥の日講(注2)をこしらえてもらえませんか」

 兵庫がそう頼んできたから、一ヶ月に三文三合の会費で加入できる講をつくって人を集めた。すると剣術遣いはいうに及ばず、町人百姓まで集まって、二、三ヶ月もしたら百五、六十人ばかりの人が集まった。

 集まった人の名前をまとめて兵庫の所へ持って行ってやったら、喜んで受け取った。


 それから一年半、講の人数は五、六百人にまでなっていた。これは全ておれのお陰だ。

「当年は十月亥の日に、神前にて十二座(注3)ならびに踊りを催して、神いさめをしたい。なんとかなりませんか」

 今度はそうやって兵庫が頼むから、まずは講から三十八人の世話人を出した。そして折に触れては、当日は参詣をしてくれと知人に言って回った。

「その日は皆々見聞のためだから、世話人は全員御紋服(注4)で来てください」

 そう言われていたのでその通りの服装をしてやったら、兵庫は装束(注5)で出てきた。


 その日の参詣客の数は中々のもので、亥の子を始めてこのかたここまで賑わったことはないとて、前町には色々な商人が出店まで出していた。

 それから講の連中が段々と参りにくるから、まずは酒と肴を振る舞い、その後膳を出

した。

 そんなこんな世話をしていると、いつの間にか兵庫めが酔っ払っていやがる。西の久保で百万石を取る大名にでもなった面(注6)をして、おれの友達の宮川鉄次郎に太平楽(注7)をぬかしてこき使っている。

 おれが怒って兵庫にやかましく言ったら、やつは不法な挨拶で返しおる。それならばとまだ催事は途中だったが、おれは友達をみんな連れて帰った。


 そうなると兵庫以外の者も気を揉んで、翌日には色々とわびて謝ってくる。

「結局の所、この亥の日講というのはおれが骨を折ったから出来たんだ。それが兵庫には有り難くないと見える。そうでなければ、おれの友達に向かって太平楽をぬかすのは、物を知らぬ阿呆だ。おれはもう講を抜けるから、そう伝えてくれ」

 謝りにきたやつに、おれはそう言った。しかし、おれの友達はそれに納得しなかった。

「小吉の言い分はもっともだが、折角出来た講じゃないか。お前が講を抜けるとみんな遠慮して講と疎遠にるだろう。そうなっては大変と兵庫も今更ながら後悔して謝っているんだ。許してやれ」

 大頭伊兵衛・橋本庄兵衛・最上幾五郎という友達がそう種々言って取りなす。そうなればおれとしても頑固は通せない。

「そんなら、今後は御旗本相手に無礼な振る舞いをせんよう証文を書かせろ」

「どのようにもさせる」

 おれが出した要求に使者が応えるから、宮川ならびに深津金次郎と一緒に兵庫の所へ行くことにした。


 兵庫の所へ行く道中、大頭伊兵衛が迎えに来て同道した。

「お前が訪れたら、兵庫は狩衣(注8)を着て門までお迎えに出る。それから座敷に入って、昨日の不調法をわびさせるから、挨拶をしてやれ」

 伊兵衛の言葉に、おれは「わかった」とだけ答えた。

「挨拶がすんだら講の連中が総出でご馳走を振る舞うから、それで全部水に流して、昨日の無礼についてはもう口上に上げるなよ」

「それは残らず承知した。しかし、他の者へも口止めしておけよ。もしも昨日の話を蒸し返す奴がいたら、その時は世話人が嘘を言ったことになる。そうなってはもう片っ端から切ってしまわねばならぬというつもりで来たから、よくよく言い聞かしておくがいい」

 おれは友誼の情から逆にそう注文をつけ、先に帰した。


 間もなく兵庫の宅につくと、同人は当然迎えに出てくるし、世話人も残らず玄関まで出迎えてくれた。

 座敷の正面を通り、おれが刀掛けに腰の物をかけると。皆々座敷についた。


「昨日は酒宴の席での無礼の数々、酔いが覚めて段々と恐ろしいことをしたと自覚しました。本当に申し訳ございませんでした」

 座敷に上がった兵庫がおれに向かって平伏しおる。

「あんたはうらだな神主(注9)だから、何事も知らんと見える。御旗本に対しての無礼は言語道断だから、おれも咎めた。講が段々と大きくなっていくという時に、早くも心に驕りが生じたからこのような無礼をしたのだ。これからは今の慎みを続けるように」

 おれがそう言うと、そこからは一同がおれに対して色々と機嫌をとってもてなしてくれた。だが、おれは酒が嫌いだから、人々が酔って騒ぐのを見ていた。

 酒が進むと、おかしな奴もでる。兵庫の甥に大竹源太郎という人がいるのだが、おれが伯父をうらだな神主だと言ったのを聞いて腹を立て、宮川を騙して昨日の不始末を聞きおった。

「小吉はいらぬ世話を焼く。宮川に聞くに、大勢の目の前で伯父に恥をかかせおったらしいな。これからはおれが相手だ、さぁ表に出ろ!」

 熱くなった大竹はそう言って、御紋服姿のまま鉢巻をして、片肌脱ぎになって座敷に上がってくる。しかしおれは知らん顔をしていた。

 大竹はじきにおれの向こう正面に立ってじたばたしおるから、おれも口を開いた。

「大竹は気でも違ったらしいな。鉢巻を巻いて喧嘩なんてのは、まるで雑人(注10)だ。武士は武士らしくするがいい。こっちは侍だから、中間や小者のようなことは嫌いだ」

 そう言っていなそうとすると、大竹は「ふてえやつ」と言って吸い物膳のを投げつけた。おれは刀を手にとって立ち上がる。

「手打ちの約束を違えて戯言をぬかすのは、兵庫のしつけが行き届いていないからだ。ことに甥が手向かうのは元々決まっていたことに違いあるまいから、望み通り相手になってやろう」

 おれが言うと、大竹は「くそ喰らえだ!」とぬかしおる。そんなに切られたいなら切ってやろうと思って追いかけたら、みんなが逃げ出した。


 それから勝手の方へ大竹が逃げたから、おれも追いかける。おれがおり悪く納戸に入った時、外から杉戸を閉められた。出ようにも、大勢の奴らに押さえられて出られない。

 大竹は恐れをなして、丸腰のまま己の屋敷がある伊予殿橋まで帰ってしまった。杉戸の外では大勢の人が色々と言っているから、閉じ込められたことは許してやった。

「なんとか大竹と和睦してくれ」

 周りの奴がそう取りなす。おれとしては大竹の無礼を咎めただけのことだが、周りにしても思う所があるらしく、殊更大竹のお袋は泣いてわびた。

 とりあえず伊予殿橋へ呼びにやって、大竹が戻ってきた。大竹自身も酒に酔って恐ろしいことをしてしまったと恐縮し、

「この話が支配の耳に入るのは、どちらにとってもまずい。なにとぞ、支配には話されぬよう」

 と言ってきたので、和睦となった。


 それからまた酒が出た。

「まぁ一杯」

 そう大竹が勧めてきたが、おれは「酒は一向に呑まん」と返した。

「盃を受けんのは、まだ打ち解けていないからか」

 大竹の奴がそんな風にぬかすから、仕方なく盃をとった。すると、

「そんな小さな椀ではいかん。吸い物椀で呑むがいい」と周りのみんなが言いよる。

 周囲の反応が癇に障ったから、吸い物椀で一杯呑んだ。しかしそれでは終わらず、大勢で寄って「もう一杯」とぬかす。

 それから続けて十三杯呑み下した。他の奴らは寄って色々と不作法をしたが、おれはその席では少しも間違ったことはしなかった。


 兵庫が駕籠を用意してくれたからそれに乗り、橋本庄右衛門の林町にある家に帰った。それから何がどうなったかは知らなかった。

 家に帰っても、三日ほどは喉が腫れて、飯が食えなかった。

 手打ちの日の翌日にはみんなが訪ねて来て、兵庫の家の様子を色々話してくれた。

 おれが帰った後も橋本と深津は残っていたらしい。

「これ以後は親類同様にしてくれ」

 と橋本と深津の両人が起請文(注11)を一通ずつよこした。そんなこともあって、それからはなおなお本所中がおれに従うようになった。


 手打ちはしたが、それでも兵庫との付き合いは気分のいいものではないから、亥の日講は断ってやった。おれの尽力で加入した奴らも残らず断ったので、段々と人が少なくなって潰れたとよ。


【注釈】

注1 … 仏教の守護神の一人で、陽炎の神格化。陽炎の性質から一部の部門で信仰された。正確には摩利支天信仰ならば神社はおかしいが、江戸時代の宗教観では仏教と神道の垣根が曖昧だった。

注2 … 亥の日とは亥の子などとも呼ばれ、旧暦の10月最初の亥の日に行われた宗教行事。亥の子餅を食べて万病除去と子孫繁栄を祈願した。講はある宗教行事のための集団のこと。

注3 … 神に奉納する音楽。一曲を一座とし、十二座で一まとまりとした。

注4 … 家紋を施した着物。正装。

注5 … 特別な目的のためにあつらえた衣装。

注6 … 大ほら吹きを表す当時の言い回し。

注7 … 勝手な言い様。

注8 … かりごろも。神職者の普段着。

注9 … うらだなは路地の裏に面した粗末な家。この場合は兵庫のことを日陰者の神主とこきおろしている。

注10 … 身分の低い人、武士ではない一般庶民。

注11 … 神仏の前で誓いをたてる誓約書。


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