本所割下水・刀剣の売買
この年、親父や兄に言い立てて家を出た。割下水の天野左京という人から土地を借りて新居を造ることとし、今までの家は処分した。
新居ができるまで無宿では困るから、天野の家の二階を借りていたのだが、その内に左京が大病で死んでしまった。
色々と天野の家の世話を焼いていると、その内に新宅も完成したのでそちらに移った。
左京の家の跡取りはまだ二歳だったから、天野の本家から天野岩蔵という人が来た。岩蔵が旧来の意趣にならい、家督願い(注1)の時に難しいことを並べ立てて左京の家を潰そうとしたので、もめて片付かん。
天野本家とはおれも知らぬ仲ではないから、色々となだめて、とうとう二歳の息子に家督を相続たさせた。それには天野の親類も喜んで、なおなおと跡のことを頼できおった。
頼まれたなら聞いてやらんというわけにもいかんので、残された左京家の世話をしていたのだが、左京のお袋はいかん。不行跡の男狂いで、騒動ばかり起こして困る。
せっかく新居を普請したはいいが、こうなればその家を売って他所へ引っ越そうかと考えた。早速左京の子、金次郎の世話人へそのことを言うと、
「今出て行かれると、我が家も滅茶苦茶になってしまうから、なんとか一両年いてくれない」と言われた。
頼まれて人の家の面倒を見ても、今度はおれの家が治まらないから困った。
そんなおれに、ある老人が教えてくれた。
「恩を怨みで返すのが世間のならいだ、しかしお前はこれから怨みを恩で返してみろ。そうすれば、自ずと治まる」
老人の言う通りにしてみたら、おいおいに家も治まってきた。やかましいばばあ殿も段々とおれによくしてくれるようになったし、世間の人も信用して使ってくれる。
それからは、人にはできない難しい相談事や掛け合い(注1)、その他何事に限らず人に頼まれたら、すべて自分のことだと思って受けた。しまいにはおれに歯向かっていた奴らまで従うようになり、はいはいとおれの言葉を聞いてくれるようになった。
これもかの老人の教えの賜物だと嬉しくなって、同流の剣術遣い不埒な行いや使い込みで途方くれたやつがいれば世話してやった。金を持たせて相手型へ詫びを入れ、身の安全を確保してやったのだ。
そうして手を貸してやった奴が何人いたか、数もしれない。その後おれが諸国へ行った時に、意外な所で得をしたことがある。歩いて行った先で相手がおれの名を知っていて、よく世話をしてくれたっけ。
天野の土地にいる間も、とかく地主の後家がやらかしたことで難しい問題が起きて困った。そこで同町の出口鉄五郎の土地に家作(注2)があるから、三年目にそこに引っ越した。
この鉄五郎の惣領(注3)とは元から気安い仲だったが、色々と出口の家が難儀をこうむった時に世話をしてやったので、是非家の土地へ来いと言うから行ったのだ。
この年、勤めにおもむく以外には様々な道具の売買を内職とした。はじめは損ばかりしていたが、段々と慣れて儲かるようなった。
当初は一月半ばかりの間に五、六十両の損をした。それでも毎晩毎晩道具屋の市に出たから、随分と利益もついた。
【注釈】
注1 … 交渉や談判のこと。
注2 … 人に貸すための家。
注3 … 家督を相続する予定者。跡取り。




