no.075 カミングアウト
最強議論をかましている級友を置いて、コウタは視界に浮かべた校内マップに従いながら歩いていた。
既に始業のベルは鳴っており、コウタの足音だけが静かな廊下に響く。
「学長室……ここか」
学長室と掲げられた部屋の扉をコンコンと軽くノックすると、間を空けず中から「どうぞ」と男の声が聞こえた。
「失礼します」
声に従って扉を開けると、妙齢の男性がひとり、書類棚の前で立っていた。歳の頃は30から40代で、背が高くスーツがよく似合っている。
「放送があったので来ました。セリザワです」
「ああ、授業前にすまないね。学長のスコット・バーバロだ。呼び出したのは君に伝えたいことがあってね」
二人は挨拶がてら軽く握手を交わすと、スコットは早速本題に話を移した。
「伝えたいこと?」
「先んじて言っておくが、君の素性については私と副学長は知っている。それを隠したがっていることもね。私たちはそれを尊重する」
コウタの入学にあたり、【円卓】からの要請が降りている。その際に対応した学長と副学長が詳細を知っているというわけだ。
「ただひとつ、ここに所属する以上、君のことは一学生として扱うよ。それだけ伝えたくてね」
「それはこちらからお願いしたいくらいです」
急遽決まったこととはいえ、コウタ自身この学園生活を楽しみにしている。そこに勇者云々が絡んできては台無しだ。
「それなら良かった。話はそれだけ……おっと。言い忘れてたことがあった」
「なんでしょう」
「私は堕者だ」
「……は?」
それはなんの感慨もなく、今晩の夕食を告げるよりも軽く明かされた。
唐突すぎるそのカミングアウトに、脳が理解を拒む。身体さえも、臨戦態勢を取れずにいた。
しかしスコットはコウタの反応なぞ微塵も気にせず、そのまま話を続ける。
「おっと、安心したまえ。私は他の連中と違って勇者に敵対するつもりはない」
ようやく拳を形作ろうとしたコウタを手だけで制止し、スコットは依然として柔らかい態度を崩さず、言葉を続けた。
「あくまで保険としてだが、ここの生徒の幾人かに時限爆弾を仕掛けている。おっと、もちろん比喩だ。機械の本場の人間相手に機械で挑むなど愚かなことはしないよ。気に病む必要もない。君が来ることになる前から仕掛けていた。ただ、その気になれば人質はいると言っておこう。まぁ人質と言っても、本人にすら自覚はないがね」
この件に関して、コウタに悪い点はひとつもない。強いて言うならば、運が悪かっただけだ。
「起動、作動? この場合なんと言うのが正しいんだろうか。ともかくそれが起きれば数百人は死ぬと思っていい」
スコットは淡々と事実だけを述べる。
数百人の人質、しかもどこの誰がそうなのかは人質本人にすら自覚がないとあっては、コウタには手の出しようがない。
「私は私の願望を叶えたいだけなんだ。さっき言った通り私は君の邪魔をしない。だから君も邪魔をしてくれるなよ?」
スコットにとって、これは脅迫でも警告でもない。ただの交渉だ。数百人の無垢の命と引き換えに、勇者からの干渉を拒絶する。そのためにこしらえた人質だ。
「私は告げたからな? ではセリザワくん、授業に戻りたまえ」
「……はい」
仲良くなろうとしてくれた級友がそうなっているかもしれないのだ。おいそれとノーとは言えない。
圧倒的な敗北感に浮き足立ちながら、コウタは学長室を後にした。
その後どうやって教室に帰ったか、どんな授業を受けたか、級友とどんな会話をしたかなんてなんて覚えていない。気付けば、放課後の時間となっていた。
「……やっべぇ。どうしよう」
「なにがだ?」
そうコウタに話しかけたのは隣の席のレナードだ。
「戻ってきてからずっと上の空だったけど、学長になんか言われたのか?」
「いや、その……」
コウタは言い淀む。目の前にいるレナードが人質かもしれないのだ。しかも起動方法だけでなく、条件すらわからない。今この瞬間、時限爆弾が炸裂したっておかしくない。
「……引っ越しの片付けめんどくさいなぁって」
本当のことを言う訳にもいかず、コウタは咄嗟に嘘をつく。身一つで来たから、もちろん引越しの片付けなどない。なんなら家ですらなくホテル暮らしだ。
「あれは確かに面倒だ。何人かで手伝いに行こうか?」
「……いや、悪いしいいよ。また今度片付けたら遊びに誘うね」
「そうか。楽しみにしとく。じゃあ、また明日な」
できるかもわからない約束を交わし、レナードたちを見送ってから、コウタはリヴィアを預けているティアの元へ向かう。
その道中、辺りに誰もいないことを確認しつつ、メニカらへと連絡をとった。
「――てことなんだけど。アミスさん、メニカ。どうしよう」
事の経緯は既にメニカらにも共有されている。スコットは特段誰かに言うなとは念を押さなかったが、まさかコウタが一挙手一投足をモニタリングされており、リアルタイムで共有されていたとは思いもしていない。
『私が言うのもアレですけど、コウタさん災難に巻き込まれすぎじゃないですか?』
「ほんとにそう」
『この場合、逆にどうにかしようとするとマズそうだね。目的ってのが何かにもよるけど、何らかの研究をしてるのかな? 昨日今日始めたってわけじゃないだろうし、被害が出るなら既に出てるはず。後手に回るのは癪だけど、静観しとくしかないんじゃない? 教室内の人をスキャンした感じだと特に異常はなさそうだったし』
「やっぱりそうなるか……。とりあえず全校生徒の調査はするとして、目的もそれとなく探ろう」
今後の方針を固めつつ、コウタはティアの居るウィカル国立魔法大学にやって来た。夕方だからかほとんど学生はおらず、すんなり研究棟までたどり着いた。
「リヴィアさん、迎えに来ましたよー」
予め聞いていた研究室の一角にノックをしてから入室し、談笑している二人の元へ。
「む。もうそんな時間か?」
「ちゃんと大人しくしてましたか?」
「なに、ティアが暇つぶしに付き合ってくれたのでのう」
「暇つぶし?」
聞けば、ティアの論文作成の手伝いをしていたそうだ。どうもリヴィアの状態でもかなりの魔法を使えるらしく、それを戯れに見せたところ、ティアの目の色が変わったとの事だ。
「それで、明日からもここに来るという話をしていたわけじゃ」
「こちらとしては授業中に厄介を任せられるなら安心ですが、迷惑じゃないですか?」
ふふんと満足気に胸を張るリヴィアを尻目に、コウタはティアに念押しで確認をする。
「そのぅ、リヴィアさんの魔力許容量の高さは研究にとても役に立つので、こちらとしても助かります……」
「それならまぁ……。ティアさんに迷惑かけないでくださいよ?」
「わかっておる。夕飯までには帰るようにするからの」
「はいはい……なんで僕保護者みたいになってんの?」
ナチュラルな保護者扱いに疑問を抱くコウタであった。




