no.061 部下への信頼。ゆえに。
よろしくお願いします
メニカたちはアミスからの警告を受け、付近の怪我人やらをなるたけ集めて5キロほど離れた地点に逃げのびていた。
吹き戻しの暴風も収まり、ようやく一息をつき、あとはコウタたちの帰還を祈るのみ、となった頃、ハークは目覚めた。
「……死に損なったか」
「隊長!! よかった……!」
「……怪我人に抱きつくな」
目元をを赤く腫らしたメニカが縋り付くように抱きつき、ハークは一瞬激痛に顔を歪めかけたが、彼女の手前何事もないようにとりつくろった。
「ね? お姉ちゃんの言う通りでしょ? 大丈夫だって」
「うん……ありがとうケイト」
ケイトが傍らからひょこりと出てきて、縋り付く妹分をそれとなく離してやる。彼女も態度にこそあまり出さないが、その眼差しと表情には安堵のそれが伺えた。
「だから約束通りお姉ちゃんって呼んでね」
「……ケイトお姉ちゃん」
「人の生死で賭けるな」
変わらない様子の隊員たちにふ、と優しげな笑みを浮かべかけたハークだが、直ぐにある事に気付く。
二人ほど足りない。入って一ヶ月の新人だが、既に拭いきれないほどの濃さで接してしまったマシンボディのふたりだ。
「――コータは?」
聞きはしたが、答えはわかりきっている。
「……まだ戦闘中。マリアちゃんも、アミスちゃんも。通信切られてるから詳細はわかんないけど」
それだけ聞くと、ハークは起き上がった。
「……ここからの距離は」
「ダメだよ隊長。本来歩くどころか起きちゃダメなんだから寝てて」
ベッドから起き上がろうとするハークをケイトが押え付けるが、死にかけとは到底思えないほどの圧で押し返される。
「隊長命令だ。奴の座標を教えろ」
ハークは揺るがない。
「義手と義眼のスペアはあるけど、そもそもどっちもベースプレートが壊れてるから装備はできない。戦えないし、戦わせないよ」
ハークの容態は未だ重体だ。輸血したとはいえ貧血状態であり、裂傷や火傷は処置こそしたものの下手に動けば簡単に傷は開く。義眼や義手を付けるための基盤となる機器が大きく損壊しており、スペアをつけることもできない。基盤ごと交換するにはきちんとした設備が必要だ。
「戦う気はない。ここからコータの援護をする」
「ダメだって! 動いちゃダメって言ってるのに!」
ドクターストップをかけにかかるケイトだが、それで止まるハークではない。
「わたしたちだって援護したいのは山々だけど、送れる武装もないし、近付いたらコータくんたちの邪魔になっちゃう」
「近付かん。俺はこう見えても狙撃手だぞ」
極力動かず援護に徹する。ハークの意図を理解したメニカは、諦めたようにコウタらの位置情報を伝える。
「……コータくんの反応はここから南東に5.1キロ地点。スレンヒルデも恐らくそこにいるよ。けど、どうやって……? 狙撃銃はないし、他の武装だって有効射程は全然足りないよ」
ブルースワローに備え付けられている武装は機銃が数丁と短距離追尾ミサイルがいくつかと、標準的な戦闘機の装備とあまり変わらない。一番射程の長いミサイルですら有効射程は1キロにも満たず、仮に射程距離まで近付いたとしても効果のほどは定かではなく、使うにはリスクが大きすぎる。
だが、ハークの目当てはそれではなかった。むしろ、武装ですらなかった。
「輸送用電磁ランチャーを用意しろ」
輸送用電磁ランチャーとは、ABCツールを送った時に用いた物資支援用の射出機構である。有効射程距離は半径10kmほどだが、攻撃に転用できるものでもない。
「――なるほど、了解。任せて!」
しかし、ハークの発言の意図を理解したのか、メニカはツールバッグを持ってすたこらさっさとブルースワローの外に出ていった。
「ケイト、鎮痛剤を頼む。この痛みではブレる」
「もう……! これ終わったらちゃんと安静にしてね! 隊長でも全治三ヶ月はかかるから!」
「了解した」
ケイトが鎮痛剤の準備をしていると、同じく作業を進めているメニカからの通信が機内に入った。
『隊長、弾体と速度はどうする?』
「着弾まで1秒未満が理想だ。出来るか?」
『げぇっ、1秒!? えーと……マッハ15くらいか……弾保つかな……』
「コイツを使う」
そう言ってハークが取り出したのは、狙撃銃用の弾薬箱に入っている、これまた小さな箱。なにやら厳重なロックを指紋と虹彩で解くと、中からは白銀の美しい弾丸が現れた。
『ミスリル弾……! それならなんとかなるかも……!』
ミスリルは魔力由来の熱でなければ変質しづらいという性質を持つ。コウタが取ってきたものとは別口で入手したそれで、一発一千万ギラはくだらない。
「お前の戯れも、どこで役に立つかわからんな」
『へへ、でしょ? 何卒予算の増額をば……』
「考えておこう」
ハークはメニカのごますりを記憶の隅に追いやり、コンピュータに射角のシミュレーションを命令する。
――5キロ先への超長距離狙撃、しかも標的は人間ひとりだ。届いたとしても、援護どころか邪魔になる可能性だってある。
だが、それでも動かずにはいられない。
コウタを心配しているから援護するのではない。信頼しているからこそ、勝つ為の布石とするために、無理を押してでも援護をするのだ。
「……頼んだぞ、コータ」
ありがとうございます。
ギリギリセーフ! また来週!




