no.060 偽装、敗北、覚醒
よろしくお願いします
エクスカリバーを除く全ての神器には、二つの共通する特性がある。
ひとつは持つ者を選ぶという点。
これは神器自身が発している磁界と、地球の磁界と重力が釣り合っている為、それを完璧な塩梅で調和できる者しか持ち上げられないという特性だ。
まるで原子間に働く「強い力」のように強く結びついている状態を解きほぐす、その鍵とはなにか。
それは精神性であるか? その問いはある意味では肯定される。
それは力であるか? その問いもある意味では肯定される。
それは生来のものであるか? その問いさえ、ある意味では肯定される。
「うぐうう……!! 重い……!」
だが、コウタには無限のエネルギーを持つアークがある。無限のエネルギーは無限の波長を持つ。神器と調和する波長さえも。
有限の変動しない鍵を持つだけの扉など、無限に変動する鍵たるアークの前では蝶々結びにも及ばない。
『おーえすおーえす! 起きたばかりですが頑張ってください! しかし、とてつもないエネルギー許容量です! いつもならとっくにオーバーフローしてヒートしてますよ! これなら……!』
そして、ふたつめは莫大なエネルギーを吸収及び放出できる点。神纏による解放がなくとも、そのエネルギー効率と許容量はコウタが今まで使ってきた武器など比較にもならない。
「うぎぎ……! どらぁ……!」
じわり、じわりとコウタは己の全身の剛力を用いて神器の高度を上げ、その全貌を顕にする。
2メートル弱ほどある黒い金属製と思しき柄の先端付近に、扇の形をした肉厚の刃が通っている。刃渡りは全長の4割弱、80センチほどで、先程まで土塊と瓦礫に埋もれていたとは思えないほど、まるで研ぎあげたばかりかのような輝きを放っていた。
「はぁ、はぁ……斧……?」
『報告の通り斧ですね。名前はまだ付けられてません』
「第一挙上者たる僕に命名権が?」
『候補は出せますが……最終的には出土地と挙上者の本籍国の二国での国民投票になりますね』
今回の場合は、アストとメカーナの二国で国民投票が行われる。なんらかの神話や古くから伝わる物語に出てくるそれっぽい何かが案として挙げられる。
コウタはぱっと思いついた名を呟いた。
「……ストームブレイカー」
『それは色々と考えた方がいいですね……。とりあえず神斧って呼んどきましょう』
「ちっ」
どこかで聞いたような提出案を諌められ、コウタは軽く舌打ちをするが、切り替えて思考を次へと移す。
「出力的にはもう撃てますよね?」
『破壊規模とかの考慮が不要ならこのままいけます』
「怒られたら全部スレンヒルデのせいにします……よっと!」
コウタは斧の重さに慣れてきたのか、すくい上げるようにその刃部で弧を描きながら、を頭上高くまで挙げた。構えとしては、野球やゴルフのそれに似ていた。
「方位と角度!」
『仰角45、方角は北西やや右! マーカーつけました!』
「マーカー確認、いきます!」
呼吸とリズムを整えて集中を高め、いざ解き放たんとした、その矢先。
『あ! 待ってくださいコウタさん!』
「なんですか!? この期に及んで!」
一刻も早く解き放ち、マリアに加勢してやりたいところでアミスが水を差したが、コウタは苛立ちを隠すこともなく雑に応対する。どうせしょうもない事だと確信しているからだ。
『技名がまだです!』
「気にするとこ!?」
『登録しといた方が咄嗟に出せるので!』
「それはそうらしいですけど……!」
わりと理にかなっていることだったので、コウタは苛立ちを引っこめざるをえなかった。
コウタの身体はアークからのエネルギーの出力設定をする際、その都度マニュアルで行なっているわけではない。もちろんマニュアルでの細かい設定は可能だが、ある程度は決めてあった方が色々と便利なのだ。
アミスは後のことを考え、提言したのだ。
ちなみに、コウタが技名を叫ぶことが多いのはこれが理由でもある。
「月牙――」
『だからパクリはダメです!』
「ちっ……えーと、放つから『砲』はいるだろ。脚でも腕でもないから斧砲? いや、今後斧以外で似た動きをする可能性はある。この重厚さだと斬るってより打撃? 打砲……撃砲?」
『それです! 軌道修正、ちょうどマリアさんから離れました!』
「撃ちます!」
降ろしていた神斧を再び上段に構え、マーカーを目掛けて地面ごと抉り穿とうとする、ほんの少し前。
丁度地上では決着が着いていた。
「――マリア、貴女はよく戦いました。臨界魔法の直撃を受けてもなお、止血すらままならない状態でもなお、私と肉薄するとは。驚嘆に値します」
満身焼痍、血すら焼けて固まるほどの火傷を負いながらも、黒くなった拳を振り抜くマリア。
その腹部に、グングニルが突き立てられ、貫かれた瞬間だ。
「おちくしょう、です、わ……」
悔しさに顔を歪めながら、地面に膝を着くマリア。それでも残る腕と残る力をこめてグングニルを離さまいとする。
精も根も尽き果てている。身体も死にかけている。頭だって出血多量による意識の低迷でろくに回っておらず、激痛で意識を保っているだけだ。それでもマリアは、魂で。信念で。根性で。その全てでまだ抗う。
だが、それはスレンヒルデからすれば正に無駄な抵抗だ。既に勝敗は決し、もう十数秒、マリアの力と意思が緩むのを待つだけでその命さえ奪える。
「……!」
しかしスレンヒルデはマリアにトドメを刺すことなく、グングニルごとその場から退いた。
槍が引き抜かれたことでマリアの腹部には向こうが覗けるほど大きな風穴が空く。
「ぐ……!」
その穴を抱えるようにマリアはついに倒れた。しかしそんな彼女をスレンヒルデは既に尻目においていた。自身が作った巨大なクレーターの中心部から伝わってくるなにかに意識を割いていたからだ。
「これは……!」
適合者のいない神器を輸送する際、地球の重力と神器の結びつきを、一時的にエネルギーの波長を合わせることで中和する機械が用いられる。その時に発せられる不自然なエネルギーの調律を感じたのだ。
しかし、その程度で冷や汗垂らすスレンヒルデではない。
問題は何が起きているかではない。どれだけの規模か、だ。
「神器の偽装起動……!? しかし、この出力は……!」
原理は同じでも、その規模が桁違いだ。無論機械で行う偽装起動にも多大なエネルギーを必要とするが、今回のこれは次元が違う。魔導臨界にも劣らない出力だ。
その莫大なエネルギーの奔流は、かつてスレンヒルデが一度だけ目にした【はじまりの勇者】アーサー・ライズ = ナイツの放つそれを想起させた。
――彼の勇者はただの剣で小惑星すら斬った。神器を用いれば空も斬れる。
今迫り来るこれが、それと同じではないと、どうして言い切れるだろう。
そしてそのイメージが、スレンヒルデに回避の択を選ばせるのに時間はいらなかった。
「――裂帛撃砲!」
コウタが叫ぶ技名が微かに聞こえ、それとほぼ同時、立っている地面が下から衝かれるように大きく揺れた。
視認可能なほど高密度のエネルギーが大地を割り裂き、スレンヒルデに襲いかかる。
「この威力、見かけだけでは……! グングニル!」
グングニルを自身と光の間に割り込ませ、抗うのではなく吹き飛ばされる形で勢いに乗り、それを踏み台に跳び、爆心地から大きく大きく距離をとる。
「まだこんな力が……いえ、彼は大技と呼べる大技を使っていません。私やマリアほど消耗もしていないでしょう。どう偽装起動したかは知りませんが、まだ数発、あるいは十数発は撃てると考えておきましょう」
グングニルを伝わった衝撃が痺れを残したの足先を解すように動かしながら、スレンヒルデは今の一撃の出処とコウタのエネルギー残量を考察する。
そして、スレンヒルデは穴から駆け上がってきたコウタの様相を目の当たりにし、声を上げて高らかに笑った。
「ふふ、ふふふふ!! ああ、安心しました! もし神纏でもだめならどうしようかと! そう考えてすらいましたよ!」
流石に今までのように傷一つない――とはいかない。神纏を受け止めるために使った両手、そして腹部には、その威力による浸食の痕が刻まれていた。
「寧ろ安心したよ。一人だけ命賭けてないのはズルいから」
『コウタさん……』
「それに、今後戦う相手に『無敵の身体で戦うのはさぞ楽しいだろうなぁ!』って煽られても『それあなたが弱いだけですよ』って返せるから」
『コウタさん……?』
このふたつはどちらもコウタの本心だが、スレンヒルデはいつもの軽口と捉えた。
「おや、また冗句ですか。今後があるとでも?」
「そりゃもちろん。アミクサ、今日の晩御飯は?」
『んーと、傷を負っちゃったのでお肉多めです』
コウタの身体には自己修復機能が備わっており、それは何故だかタンパク質を摂ることで修復が早まる。
「了解。せっかくですしハスキィさんとかも呼びましょう」
「あら、楽しそうですね。御一緒しても?」
「うーん……ダメ! おめーの席ねぇから!」
八割ほど本気で思っていそうなスレンヒルデからの提案を、コウタは左腕と柄でわざとしくバッテンを作り、拒絶の意で返す。
「ハーク先輩にあーんするのは私の仕事でしょう!!」
「誰かさんのおかげで当分点滴だよ!!」
『私はマリアさんの応急処置を!』
互いに中身のない主張を携えながら、満身創痍な玄人の槍と、損傷軽微や素人の斧が激突する。
強大な衝撃波が辺りの砂塵を巻き上げて土煙と変えた、ちょうどその頃。メニカたちの方にも動きがあった。
「――……死に損なったか」
ハークが目を覚ました。
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