no.058 リベンジマッチ
よろしくお願いします
ユグドラシルとコウタによる身を呈した威力減衰のおかげで、凶槍による一撃は半径200mほどを丸ごと消し飛ばしてクレーターにし、さらにその周囲1kmに壊滅的な被害を与えただけで済んだ。
味方側は前もって避難していたこともあってか、人的被害はほとんど、巻き込まれたサタニア軍のものだった。
そして、そんな巨大なクレーターのふちで、スレンヒルデは一人座り込んでいた。
滴るような多量の発汗と、乱れたままの頭髪が、エネルギー消費の莫大さを物語っている。
そしてその垂れた前髪の隙間から、じっとクレーターの中心部を覗いていた。
「……」
高低差100メートルはあろうその中心部には、神纏により禍々しく変質したグングニルが深深と突き刺さっていた。おそらくはその下に、コウタがいるのだろう。
「……さて」
神纏をして、仕留めきれたか定かではない。だから屈辱を感じる、などといった誇りを彼女は持ち合わせてはいないが、それでも胸の奥にわずかなしこりが残っていた。
「トドメを……いや、連れ帰る? そちらの方が……」
そもそもの事の発端となった神器は起動すらままならず、それどころか激戦でどこかに消えてしまった。仮に見つけて持ち帰ったとしても、サタニアの人員が起動出来るかもわからない。
そして、ここまでの激戦だ。そう時間の経たないうちに、確実に勇者がもう一人か二人は飛んでくる。
それまでに神器を探し、装置を設置して運び出す時間は無いに等しいと、スレンヒルデは直感していた。
――それらを踏まえると。
既に起動しており、場所もある程度割れており、かつ、大まかではあるが性能も把握している彼を連れ帰った方が良いのではないか。
そういう結論にスレンヒルデが至るのは、ごく自然な流れだった。
「――ということで、私は失礼しますが。なにか御用ですか? マリア」
スレンヒルデが気だるげに振り返った先には、やはりというかマリアがいた。
満身創痍だ。特に火傷が酷く、白く陶器のようなだった肌は焦げて煤けて、まるで画用紙に濃い鉛筆を擦り付けたかのようだ。
身に纏うのはもはやドレスはおろか、服ですらなく、ツタ状の植物だ。それも魔力の節約のためか、ほぼ局部のみを隠すのみとなっている。
そして左腕は肘から先がない。回復魔法で止血こそしたものの、ダメージが大きすぎたゆえに幻肢痛すらなかった。
それでも、マリアは依然として毅然とした様子で立っていた。見覚えのある果物に齧り付きながら。
「もぐもぐ……。わたくしは勇者ですもの。あむ。勇者のやることは、ごくん。いつもひとつですわ」
ユグドラシルの灰を媒介としてなんとか作り出した果実を豪快に食み、胃に流し込む。消化器官をフル稼働させ、エネルギーを身体に取り込んでゆく。
こうしてスレンヒルデに立ちはだかれているのも、この果実による回復のおかげだ。
「……食事中に話すのはしたないですよ。貴女ともあろう方が」
「あら、ご存知ありませんの? お行儀の悪い時はお行儀の悪い食べ方をするのがマナーですわ。わたくしの格好をご覧なさい。淑女らしさの香りもしませんわ」
アマゾネススタイルの露出の多い格好を微塵も気にすることなく、その姿に負けないくらいワイルドに堂々と胸を張り、鍛え上げられた鋼の肉体を惜しげも無くさらけ出す。
ここがボディビル会場ならば称賛のヤジが飛んでいただろう。
「……さて。お泣きの一回。リベンジマッチですわ」
マリアは右拳を固く握り、構えた。コルヌ=コピアはグングニルのように自律する神器ではなく、それを探しに行っている暇はないため、素手による挑戦だ。
コウタがマリアらを逃がしたのは、彼女らが彼を置いて逃げたのは、天から降る神器の威力に耐えられないからという理由だけではない。
マリアがそうであったように、スレンヒルデもまた、神纏により莫大な体力と魔力を失っている。そうして弱体化した隙を狙うための策。
「……グングニル」
スレンヒルデはグングニルを呼び寄せ、その柄を掴み取ると、腰を落として半身に構える。マリアほどではないにしろ満身創痍で、さらに疲労困憊のはずだが、その構えに一切の乱れはない。
「流石ですわね。この状況においても、お疲れのはずが一縷のお隙もありませんわ」
「貴女こそ、隻腕だというのに私に踏み込ませないその圧には恐れ入ります」
その言葉に世辞は含まれていない。双方、心からの賛辞だ。皮肉めいた感情は含まれているが。
スレンヒルデとマリア、この土壇場でふたりが考えていることは奇しくも同じだ。
「だからなんだという話ですが」
「だからなんだと言うお話ですわ」
だから、自然と啖呵がハモりもする。
「おや?」
「あら?」
「ふふふふ……!」
「おーっほっほっほ!」
二人は高笑いを上げながら、一歩ずつ近付いてゆく。
最早交わす言葉すら必要ないとするばかりに、その歩調を合わせながら互いに加速してゆく。
互いに限界ギリギリだ。しかし、この再戦がそう長くならないことも、勝敗すらも、二人は知っていた。
『マリアさん……すぐコウタさんを連れてきます。それまで耐えてください……!』
狂人たちが高笑いを上げながらその命を削りあっている傍らで、アミスはクレーターの最深部に到達していた。未だ反応のないコウタを掘り起こすためだ。
『中心部のあたり……多分この下かな』
神器の反応を頼りにして、マニピュレータを駆使してクレーターを更に削ってゆく。
がきん。なにか、とても硬いものにぶつかる音が鳴った。
『硬っ……! コウタさん!?』
その硬さをコウタだと信じ、アミスは更に掘り進める……が。
『何かの柄……?』
それはもともとアリーナの地下中央に鎮座し、ユグドラシルの成長に巻き込まれ、中腹あたりに飲み込まれていたのだ。それがダィンスレーヴにより露出、落下し、コウタと同じ座標に着弾したのだ。
『神器……そういえばこれを求めて戦ってるんでしたね。こんなもののために……』
そう呟くアミスの声音はどこか呆れた様でもあった。実は彼女自身、神器に命をかけるほどの価値を見いだしていないからだ。
ユーリは神器をそれひとつで国を滅ぼせる代物と評したが、アミスからすればそれは言葉足らずだ。神器を持てる者は総じて強いエネルギーを持つ強者に限り、その力をより強大なものに出来、それは勇者にさえ届きうる――という前提が抜けているためだ。
それよりもアミスは、莫大なエネルギーを蓄えることの出来る神器の性質は科学分野、魔法分野ともに有用であり、個人の戦闘能力向上よりも、そんな使い方がより重要であると考えていた。
『おっと、反応的にそろそろ…… うわぁ!?』
ぼごん、と拳が突き出され、アミスの傍らを掠めた。拳は真っ直ぐ神器の柄にぶつかると、手すりのように握りしめた。
それにより、埋もれていたコウタの上半身があらわになった。
『コウタさん! よかった、生きてたんですね! ほら、手伝うから脱出しましょう! マリアさんを助けに……』
しかし、呼びかけても反応はない。コウタの瞳は暗く、光がない。アークの光もどこか穏やかで、消え入りそうですらある。
『意識が……。もう、世話が焼けるんですから』
言いながらアミスは、マニピュレーターを伸ばしてコウタの各所に繋げてゆく。
『コウタさん、こんなとこで寝てる場合じゃないですよ……! 貴方にはまだ、やるべき事も、やりたい事も残ってるんですから……!』
アミスの想いと電気ショックが、未だ物言わぬコウタに炸裂した。
ありがとうございます。
今月もう一話あげることを自らに課してます




