no.041 空中爆発
よろしかお願いします
――身体が暖かい。数日ぶりのまどろみが、とても心地いい。
けれど、それを妨げるように、頭の中から大きな声がする。
『――。――。告』
その目覚ましは絶えず響き続ける。
「ん……うるさい……」
コウタは寝ぼけながら、その目覚ましに文句を垂れる。止めようと何度も手を振るが、ひらひらとから回る。
『警告。酸素濃度が低くなっています。現在高度13000メートル』
「いちまんさんぜんね。おっけい……。じゃああと5分したら起こして……」
――支援用AI【レディ】が告げてきたのは、13000という数字。
それが何かはよくわからなかったので、とりあえず二度寝を――。
「1万三千!?!?」
コウタは飛び起きた――というより飛びながら寝ていて、そして起きた。
「空……!? 気絶してたのか僕は……!」
『速度はおよそマッハ30。第一宇宙速度を超えています。このままの速度を維持した場合、およそ9分後に大気圏を抜け熱圏、便宜上の宇宙空間へと放り出されます』
「くっ……! ブースター!」
『対象のツールが見つかりません』
「そういや溶けたから外したんだった! この……!」
コウタは力づくでグングニルから逃れようとするが、その推力はすさまじく、びくりとも動かない。
「ぐ……! なんて重さだ……!」
神槍はその勢いを緩めぬまま、コウタの腹に突き立てられたまま容赦のない勢いで大空へと登ってゆく。
その速度は第一宇宙速度すらも少し越えて、秒速約11km。マッハにして30の超音速で一直線に伸びてゆく。重力の鎖を引きちぎり、飛行機雲にしては異様に細いそれを軌跡に残しながら上へ上へと昇っていく。
「ぐ、ぐぐぐ……!!」
間違いなく過去最大の一撃。マッハ30で飛翔する天への槍と化したコウタは身動きひとつ出来ず、物理的に天国へと運ばれてゆく。
コウタの中では、各種アラートがひっきりなしに鳴り響いている。
『警告。大気圧、酸素濃度、体表温度、急激に減少しています』
「あーもううるさい! わかってる! レディ、通信は!? アミスさんとメニカ、どっちでもいい!」
『双方不可。グングニルから発せられている魔素濃度が高すぎます』
「ちっ!」
現状を打開すべく地上との通信を試みるが高濃度の魔素、高高度、超高熱により電波が阻害され、通信が途絶してしまっている。
『警告。対流圏を通過し、成層圏に到達。およそ8分で熱圏まで到達します』
「もう若干地球の青さが見えてるけど……! 宇宙なんて行ったら帰って来れるかわかんないぞ……!」
コウタに飛行能力はない。持ち前の耐久力で大気圏突入の断熱圧縮やら墜落の衝撃には耐えられるだろうが、宇宙まで行ってしまってはそもそも地球に戻れるかどうかすら危うい。
「バリアは?」
『使用可能。ですが、着地の際に使うことをおすすめします』
「それもそうか。じゃあ、えーと……軌道を逸らせればいいから……真横に加速したら軌道変わらない?」
『計算します――可能。充分な速度を横方向へ一気に加えれば角度が変わり、宇宙空間への到達は免れます。落下方向への加速を兼ねるならば、上方から斜め75度の角度で加速するとよいでしょう』
「充分な速度……どれくらい?」
『おおよそ時速320km以上が必要です』
ここが地面ならば、コウタがミドルペースで走ればその程度の速度は余裕で出せる。空中でもブースターがあれば何とか出来るだろう。
しかし、現状は地面からはるか高い上空で、ブースターは肝心の部分が亡きものとなっている。
「320……。空を蹴るにはマッハ5以上要るとかなんかで読んだな」
『表面積30cmの空気抵抗で重さ200kgを支えるには、それより遥かに速度が必要とされます』
「ならどのみち無理か……」
流石にコウタの体と言えど、素のままで空を蹴って駆けることはできない。
「アホは自爆の権限はないって言ってたな。今もそう?」
『はい。権限を持っているのはメニカ様、アミス様、ハーク様のみです。コータにはその権限がありません』
「僕だけ呼び捨て!?」
――ノリで突っ込んではみたが、いつもの調子が出たおかげかいい気付けになった。
少しだけ冷えて冴えた頭で、コウタは現状を打開する策を考える。
「最低時速320㎞……ブースターもなし、スカイウォークもできない……」
――かなり厳しい状況だが、もはや焦ってはいなかった。唯一心配なのはハークとアミスのことだが、今はそれを気にしても何にもならない。
コウタはしばし考えて、知識人たちの知恵を借りることにした。
「メニカ……いや、アミスさんならどうする?」
――己の体については自分よりメニカ、メニカよりアミスが知っている。
アミスならどう考えるか、自分に何をさせてくるか。
コウタは己が今まで受けた極悪非道の仕打ちを思い返しながら、アミス的な思考を巡らせていく。
「アミス……クリオネ……アホ……そうだ!」
アミスの特徴を羅列していくと、何かをつかめたらしく、コウタは大空に叫んだ。
「アーク!」
コウタの声に応じて、アークがひときわ強い光を放つ。
「自爆出来なくても、爆発する機構自体はあるってことだ。なら……!」
『警告。エネルギー超過。甚大な損傷及び、暴発、オーバーロードのおそれがあります』
レディからの警告。コウタは最後のフレーズを待っていた。
「そう、それだ。オーバーロードさせる。自爆の権限はなくても、リミットオーバーの権限はあるはずだ。メニカとアミスさんがそれを許可しないわけがない。なんたってロマンなんだから」
『確かにその権限は付与されています。ですが、甚大なダメージが想定されます』
コウタはレディの忠告を聞いて、若干あきれたように笑いながら言葉を返した。
「僕に今更それ言う?」
次の瞬間、立ち上る流星がまばゆく輝き、とてつもない爆音をかき鳴らす。
そして、角度を変えてなおも昇っていくグングニルと、その軌跡から離脱して落下していく黒い塊、コウタ。ダメージによる絶叫が大空の暴風にかき消されていく。
「いってぇぇぇ! 熱い暑いあつい!!」
『スレンヒルデの炎の方が高い威力を計測しています』
「いてて……実験されまくって気づいたことだけど、爆発を受けるより爆発するほうが痛いんだよ」
決して「いてて」で済ませていい威力の爆発ではないのだが、コウタは自爆とはそういうものだろうという考えに至っていた。明らかに変人どもの悪影響であるが、彼はまだそのことに欠片も気づいていない。
「レディ、地面まで何分?」
『おおよそ1分かと』
「その旨をアミスさんとメニカに通信しといて、あと着地用バリアの準備。着地後強襲を仕掛ける」
『承知致しました』
「……」
事態がだんだん終わりへと近づいていることを、コウタはなぜか予感していた。
地面まで、あと54秒。
ありがとうございます。ブックマーク、感想、評価等、反応が目に見えるととても喜びます。




