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no.001 ハイパーウルトラスーパーインフィニティオーバー無敵ボディ

よろしくお願いします。

 

 鏡に映る人型マシンはどう見ても自分自身ではなくて、けれども同じように困惑する姿は自分自身そのもので、やはりどう考えても自分はこんな姿ではなくて、その感触は見えている姿に相応で硬く冷たい。




「はぁ!?」



 ――青白く病的だった肌は鈍い黒鋼色になっており、病など微塵も感じない。生も感じないが。

 押せばへし折れそうに細く、かつチビの部類だった体格は190に届きそうなほど成長もといビルドアップしており、金属の重みと厚みで到底へし折れそうにない。心はへし折れているが。

 胸部の隙間からは青い光が漏れ出ており、とても暖かく、万能感と充足感、力強さが感じられた。膝からくる脱力感は凄まじいが。


 しかし、コウタは崩れ落ちて思考を放棄するということはしなかった。寸前でなんとか堪え、現状を自分に納得させる解を導く。



「お、落ち着け。落ち着くんだ僕。こんなのどう考えても夢だ。夢に決まってる! なら、することは一つ! 起きろ僕!」



 この悪夢からなんとしても目覚めんと、コウタは頬を思い切り張った。強い衝撃と、ゴィンという鈍い金属音の後に、ほのかな痛みが頬から染み渡った。



「い、痛い……!? そういえばさっきぶつかったときもちょっと痛かったような……!」

『ひょっとしてコウタさんおバカさんですか?』

「うるさい!」



 ――脳内には現実という二文字がじわりじわりと浮かび上がっていたが、断固として認めない。認めてやるものか。こんなものがあるからいけないんだ。


 そう言い聞かせ、コウタは鏡の前に立った。そして頭をふりかざすと、思いっきり反り返って、強烈な頭突きを見舞った。



「これは夢、これは夢、これは夢……!」

『あー! 鏡が!』



 機械化により強化された膂力を無意識ながら用い、コウタは鏡壁に頭突き続ける。

 鏡は容易く粉々に砕かれ、断固として現実と認めず、夢だと切望する哀れなマシンに何度も頭突かれる。

 壁が露出しても止まらない。止まるはずがない。

 持って産まれた肉体を捨て、鋼鉄の体と化してしまった現実など、到底受け入れられるはずがなかった。



「覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ……!」

『おーい……聞こえてないですね』



 脳内に直接響く呼び掛けに応えず、コウタはひたすらに頭を壁面に叩きつける。

 鏡は既に見るも無残な修復不可能な産業廃棄物となっているが、それでも止まらない。

 このままではそうしないうちに壁をぶち破ってしまう。そんな明らかに怒られる事態を見過ごすはずもなく、アミスは動いた。



『えーと、えーと、気付けしましょう! えい!』

「っづぁ!?」



 突然の高圧電流に全身が硬直し、重力に抗えずに倒れてしまう。

 破片だらけの床に頭から結構な勢いで突っ込んだが、鋼のボディゆえダメージはなく、痺れも五秒ほどで快復した。

 やがて、コウタは文句を言うべく起き上がった。



「な、なにするんですか!?」

『気が動転してらしたので……』

「余計動転するんですけど! 僕は早くこの悪夢から覚めたいんですよ!」



 現状はコウタにとって悪夢以外のなにものでもない。


 ――いつの間にか肉体が機体になるアハ体験など、ドッキリであっても悪魔の所業だ。

 加えて急に電撃を浴びせてくるアホもとい頭のおかしい女。

 これを現実とすんなり受け入れられるほど、自分の肝は据わっていない。



『だから夢じゃありませんって。ほら、痛かったでしょう?』

「痛くっても夢ったら夢なんですよ! 知らない人が出てくる変な夢見て寝て起きたら知らない場所でバカが考えたようなバカみたいな名前のターミ○ーターになってるなんて誰も思わないでしょうが! そもそも無敵はインビジブルじゃなくてインビンシブルでしょうが!」



 頑として現実逃避を続けるコウタだが、アミスも頑なに現実と微塵も思えない現実を突き付ける。



『ターミネーターじゃありません。私特製のハイパーウルトラスーパーインフィニティオーバー無敵ボディです。地上最強の金属、半剛体アルヴェニウムの内外骨格に加え、【無限炉】アークと呼ばれる半永久炉心による無尽蔵なエネルギー、動物の免疫機能と再生機能を参考にした自己修復機能も完備! 時速100キロで走る10トントラックをゆうに止める膂力もあって、なんと最高時速は450キロを越えます! どうですか!?』



 ――諸悪の根源は突如豹変して、聞きたくもない耳がゾワゾワする呪詛を放ち始めた。


 きちんと聞けば難しい内容ではないのだが、コウタの脳は全力で理解を拒んでいる。なにを言っているんだこいつはと本気で思った。



「なに言ってんだこいつ……」



 そしてつい口からも出た。内容が理解できなかったのではない。むしろある程度の理解は出来るからこそ、やはり理解不能なのだ。

 普段は丁寧なコウタの口調も、自然と悪くもなる。



「寝ぼけて返事したとはいえ、機械の身体になる正当な理由があるとは到底思えないんですけど」



 コウタが想像していた強い肉体というものは、例えるなら10メートル走っただけで息も絶え絶えにならないとか、友達と夕暮れまで遊べるとか、その程度のものだ。


 ――こんな殺人マシーンそっくりなこの物理的に強いメタルボディは全く想像だにしていなかった。いや、するわけがない。



『え? 機械になれるんですよ? 理由なんて要りますか?』

「違ってたら申し訳ないんですけど、もしかしてバカですか?」

『えいっ』

「ぎゃっ!?」



 再びの強烈な痺れに、コウタは為す術なくエビ反りになって地面に転がる。じたばたと情けなくのたうち回り、しばらくしてようやく痺れが収まった。


 ――荒れた息を正しながら、いきなり人に電撃を浴びせてきたこのアホを絶対に許さないと心に誓った。



『……まぁコウタさんの疑問を解消するために理由をでっち上げ、強いて挙げるなら肉体を用いるのは人道的倫理に反することもあり、代わりとなる機体を用意させて頂いたわけですってくらいですね』

「人の身体を勝手にマシンにするのは人道的倫理とやらに反してないんですね」



 コウタは皮肉たっぷりにそう返す。少しでも良心の呵責に苛まれれば、と思っての発言だが、アミスは更に上をいった。



『思いっきり反してますよ?』

「じゃあ肉体でよかったのでは!?」

『やだなぁコウタさん。人間のクローンなんてこれより重罪の極刑ものですよ? 機体より肉体の方が圧倒的に弱いのに』



 どうやらアミスといえど、ある程度自分なりの良識を辛うじて持ち合わせているようだ。線引きの基準が納得いかないが、コウタは引き下がらざるをえなかった。


 ――言っていることは理解出来る。それでも納得はいかないし、受け入れ難いが、駄々を捏ねても戻らないことはよくわかった。



「…………理解はしました」

『ありがとうございます! それで、早速何から始めますか! ひとまず歩く、それよりもまず走っちゃいます!?』

「倫理は確かに人である以上大事にしなきゃな……」

『あれ、無視?』



 途端にふんすふんすと鼻息を荒らげ、変態的にテンションの高くなったアミスをよそに、コウタは現状を分析し始める。


 ――倫理とは、ヒトを人間たらしめるために必要な要素のひとつだ。これを守れないものはヒトであっても人間ではないし、これを守れるならヒトでなくても人間だ。

 アミスにはおそらく倫理観は存在しないので、彼女は人間ではないだろうという結論に至った。



「なにがなんでも肉体を取り戻す……!」



 ――肉体を機体に出来たんだから、機体を肉体に戻すことだって出来るはずだ。


 問題は先程機械化バンザイと公言した狂人をどう説得するかだが、コウタの不安とは裏腹に、意外にもそれはすぐ解決した。



『いいと思いますよ! 目標があるのはいいことです!』

「……へ?」



 意外にも即答で肯定されたことに、コウタは一瞬ぽかんとしてしまう。

 想定していた反応と現実のアミスの返答がとてもかけ離れていたからだ。



『気の抜けた声出してどうしたんですか?』

「てっきり『肉体なんて古くて効率の悪いモノは捨てて無敵の機械として永遠に生きるのが正道で王道のセオリーですよね!』くらい言ってくるものかと」

『コウタさんは私をなんだと思ってるんですか?』

「悪」

『ひどい!』



 がびんとわざとらしくショックを受けたアミスに、非道なのはそっちだろうとコウタは内心毒づく。



『なにはともあれ、私たちはこれから一蓮托生一心同体比翼連理の唯一無二の相棒としてよろしくお願いしますね!』

「なんか聞き難い戯言が聞こえた気がしましたけど、よろしくお願いします。それで、どうやったら肉体を取り戻せるんですか?」

『正直わかりません。例えば逆の手順を踏んだからといって元の身体に戻せるとは限りませんし、世界最高峰の知識や技術を掻き集めてどうにかなるものなのかどうなのか……。とても難しいですが、勇者の知り合いを作るってのはどうですか?』

「勇者……? いたのも驚きですが、なんでまた?」



 勇者とは、世界を救おうとするイカれ者の総称である。

 彼らは己の力ならば必ず世界を救えると信じている。

 彼らは己が正義の執行を全人議会から許されている。

 彼らは【はじまりの勇者】アーサー・R・ナイツにちなんで付けられた【円卓】と名乗る組織にのみ籍を置き、その他のどこにも属さない。

 彼らは有事のみ集い、その他は各々の正義に邁進している。

 その称号は世界の人口が100億に達した現在、10人にしか与えられていない。



『勇者は与えられる権限が違います。ありとあらゆる研究機関や国家機密レベルのコンテンツを問答無用で要請出来る権限があるので、研究しだいではコウタさんの身体を元に戻せる可能性が高まるかもしれません』

「……それを聞くと、一考の価値はありますね」

『まぁ世界総人口およそ100億人に10人しか居ませんので、なかなかお目にかかれないでしょうが、宝くじだって買わなきゃ当たりません。気楽にいきましょう』



 ――重大な目標を宝くじに委ねるのはどうかと思うが、現状そこしか寄る辺がない。

 駄々を捏ねて肉体を取り戻せるならいくらでも捏ねてやるが、現実はそう甘くないのはとうに知っている。



「それじゃあ、アミスさん。この身体は何が出来て、何が出来ないのか。長くなりそうなのでざっくりと短く端的に教えてください」

『はい! 責任を持って話させていただきますね。お望み通り掻い摘んで! まずはそうですねぇ、構成材質から!』



 待ってましたと言わんばかりに、アミスは機体スペックについての説明を始めた。

 エネルギー源は神器のひとつ【無限炉】アークだとか、ボディは剛体に最も近い全宇宙最強の金属アルヴェニウムだとか、人間をベースにして考えられているので、生殖と排泄以外の基本的な生命としての機能は備えられており、殆ど前と変わらず生活出来るとか、ダッシュで時速450キロを出せるとか、最高傑作だとか、ともかく早口に早口を重ねられ、何度もコウタの意識は飛びかけた。


 そして、一時間後。



『――ふぅ! さすがに少し疲れました! 細かいところはまた後日話しますね! なにか質問はありますか?』

「掻い摘むの意味知ってます?」



 ――嫌味とともに一息つくと、どっと疲れが押し寄せてくる。

 無限のエネルギーでは身体的疲労はどうにかなっても、精神的疲労までは回復出来ないようだ。

 ハイスペックの癖に不便だな、と鼻で笑ってやる。



「フン」

『……? それじゃあ改めまして。これからよろしくお願いしますねコウタさん!』

「よろしくお願いします。それで、これからどうするんですか?」



 ――ここがどこかすらもわからないので、ものすごく不安で納得いかなくても、一抹どころか百抹の不安があるが、アミスに頼らざるを得ない。



『んーと、とりあえずは人里から程々に近くて、あまり騒ぎにならない場所に降りましょう。それからのことは後ほど考えましょうか』



 何やらぴっぴぴっぴと作業を進めているのを尻目に、コウタはふとアミスの発言が気にかかる。むしろ彼女は気に障る発言しかしていないのだが、それでもそれはすんなり飲み下しは出来なかった。

 その違和感は、アミスが用いた言い回しによるものだった。



「……降りる?」



 その瞬間、コウタの全身を嫌な予感が駆け巡る。

 身体が機械なので汗はかけないのだが、ともかく冷や汗がどっと出そうな気分になる。


 ――降りる、すなわち現在地がどこかの高所にあるということだ。それだけならまだしも、まるで幾つも降りる場所の候補があるような言い回し。

 このふたつを照らし合わせると、あるひとつの可能性が浮かんでくる。


 顔色ひとつ変わらないコウタのメタルボディだが、内心では冷や汗が滝のように溢れていた。



「……アミスさん? ちょっと待って?」

『目標、科学大国メカーナ!』



 アミスは聞く耳を持ってくれない。どこが耳かもコウタにはわからない。クリオネにも詳しくないし、機械にも詳しくないからだ。



「ねぇ待って?」

『ハッチ解放まで321』



 そのカウントは明らかに三秒も経っていない。コウタの思考回路は危機を回避するために爆速で回転しているが、それでも現実の三秒よりも明らかに短い。



「ちょ、待っ……待てや!」



 絶対に経っていないインチキのスリーカウントを止めることも出来ず、コウタは急いで掴まれそうなモノを探す。


 ――突起、くぼみ、凹み、なんでもいい。なにかないか。


 しかし、この部屋は全方位硬い壁で覆われている。ベッドは床に固定されている。鏡の破片が散乱している。パラシュートも何もない。



『コウタとアミス、いきまーす!』

「いやだいやだいやだいやだ……!」



 必死に拒絶するコウタ。しかし、この悪魔はそんなことを全く気にしない。


 ――そういえば、クリオネは天使と呼ばれるけど、悪魔的な部分もあるとかなんとか見た。アミスは悪魔的なところしかないが。



『ポチっとな!』



 アミスがボタンを押したその瞬間、床が消えた。

 ふわりとした浮遊感の後、結構な勢いの風が足元から吹いてくる。下には白い雲が見える。


 ――風に吹かれながら雲を上から眺めるなんて、そうない体験だ。そんな未知に小さな感動を覚えて、現実から逃げようとした。



「――おそらきれい」



 そして、すぐに重力という現実に引き戻された。



「うわぁあああ!!」



 着の身着のまま、なんなら全裸でのスカイダイビング。

 恐怖や焦燥、困惑など多くの感情が入り交じった結果、コウタは力の限り叫ぶことを選んだ。


 ――叫んだところでなんの足しにもならないが、それでも叫んだ。そうでもしないとやってられないし、そうしてもやってられないからだ。



『さぁ、大冒険のはじまりでーす!』

「今まさに終わろうとしてるんですが!?」



 現在高度およそ一万メートル。

 目標地点までおよそ1分足らず。

 なお、着地に際し命の保証はない。

 みっともなくも恨みがしっかり篭もった叫びが大空に炸裂しようとしたが、普通に風切り音に負けて掻き消えた。


 キガミコウタの肉体を取り戻す、大冒険の始まりである。

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