#30 戦争の爪痕
「ふう、終わったーーっ!」
「疲れたね、兄ちゃん」
ベガが一緒にいたのでまだ消費弾数は少なくて済んだが、それでもエリザベス・シェド・ライムの残り弾数は30発ほどだった。
「そういえば兄ちゃん、あれ演技?」
「何が」
「あの、撃たれて倒れたやつ。実際は命中してなかったけど」
「演技なんかできるか!ウラナが着いてたのも知らなかったし、あれかなり風来たぞ?あの時は本当に撃たれたと思った」
「まあ兄ちゃん、鈍いしね。すぐには分かんないか」
「鈍い!?」
「だってレイナさんの家に犬がいること、知らなかったでしょ?」
「……知らなかった」
「一緒に暮らしててそれはないでしょー」
「いなかった気がするんだけどなあ……」
「当たり前よ、現世視察の間、お父さんとお母さんに預かってもらってたんだから」
レイナがひょこっと姿を現した。
「うおっ、ウワサをすれば」
「なあに、ライム。何か悪いこと言ってたの」
「いや、別に僕は何も……」
「ふ~ん?」
「……本当に何も言ってないですよ、強いて言えば兄ちゃんの悪口ぐらいしか」
「……そう」
「レイナさんはなぜここに?」
「一般の人たちと子どもたちを家に帰す誘導を手伝いに行くの。来る?」
「うえー、面倒くさそう」
シェドはあからさまに嫌そうな顔をした。
「アルにも来てほしいなー」
「何だ兄ちゃん、ラブラブじゃん」
「何これ俺ついていく流れ!?」
「さあ行けほら行けどんどん行け!僕らは大殿で休んでるから」
「おいズルいぞーーっ!!」
「さっ、行こ行こっ」
* * *
「……悪魔軍は去ったそうだ。どうする」
「いくらお前についているとは言え、死神の前に大っぴらに出るのはまずいだろう。正式に投降する。大殿へ案内してくれ」
「分かった。……少々乱暴なやり方で情報を吐かせるかもしれないが、いいか?」
「構わない。そこまで考えて、俺は首尾を裏切った」
エニセイは一切武器が扱えないように風樹の両手を縛り、大殿へ歩き始めた。
「……そうだ、先にお前に言っておこう」
大殿までの道のりの途中、風樹が言った。
「何だ」
「天爛、という名の女がいるのは知っているか」
「今回来た悪魔の、か」
「そうだ。……あいつは怪しい」
「……怪しい?」
「俺の勘によれば、首尾や唯我や俺やらとは何かが違う」
「性別か?」
「いや、そこまで根底の話ではない。が、ある意味根底の話だな」
「お、エニセイ、誰その人」
大殿に着くと、マドルテが出迎えた。
「悪魔軍の投降者の一人です」
「丁度よかった、今から唯我から得た情報を整理するところだったんだよね。ついでにそっちもやっとこう」
「……唯我は撤退したんじゃなかったのか」
「帰らせはしたけど、情報はばっちり得た。ほら、君もこっちに来て」
マドルテが風樹に椅子を勧めた。
「は、はあ……」
マドルテは風樹の頭にポン、と手をのせた。
「………!?」
少ししてその手が離れた。
「……マドルテさんはさっきので他人の経験や記憶を読み取れるんだよ」
「なるほど。お前の『乱暴なやり方』というのに少々不自然な響きがあったのはそのためか」
「ただいま、戻りましたぁーー……」
「ライン!無事だったか」
ふらふらとした足取りでラインが大殿に入ってきた。
「あ、セー兄。うん、大丈夫。疲れただけ。自分の部屋で寝てきます。おやすみ」
「……ラインって疲れたら寝てる気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいじゃないですよ。あいつは並の疲れ程度なら寝たら治ります。昔からそうなんです」
ラインはふらふらと、大殿の中の寮の自分の部屋に向かっていった。
「これちょっとジャマしたらどうなるのかな」
「あ、マドルテさん、それはちょっと……」
「ライン、今大丈夫?ちょっと……」
寝ぼけ眼のラインが繰り出した渾身の右ストレート。
「ぶっはあ……」
「だから止めようとしたのに。ラインは一度寝ると決めたら邪魔する奴は先輩だろうが何だろうが殴り飛ばすんですよ」
「もうちょい早く言ってほしかったな……」
「ああ、ちょっとクルーヴたちの様子を見てくる。マドルテ、頼ん……」
奥からハデスが出てきてマドルテを呼んだが、きれいに吹っ飛ばされ地面に打ち付けられるマドルテを見て語尾を濁した。
「……頼めませんね」
「エニセイ、頼んだ」
「分かりました」
* * *
マシンガンの銃弾の破片が右足に刺さった。
……と言えばかなり重傷に聞こえる。実際痛いのは痛いのだが、回復にはあまり時間はかからなさそうだ。
それよりも閉じ込められていたレイナやラプラタさん、そして重体のエミーの方が心配だ。ウラナは何度もレイナと連絡を取った。
「大丈夫なのね、レイナ?どこも痛いところとかないの」
“あなたは私のお母さんか!自分のことをもう少し心配してよ!”
「大丈夫。もう破片も取ってもらったし、数日休んだら治るって」
“ちゃんと休んでてよ?”
「どれだけ信用されてないわけ」
“……そうだ、エミーはどうしたの”
「今から見に行く。それぐらいならいいでしょ」
“まあ……”
「そういえばもう一人、残った悪魔がいるって聞いたけど」
“天爛、だっけ。ハデスさんがエミーを運ぶ時に一緒に運べって指示したらしいわ”
「ハデスさんがねえ……」
クルーヴと天爛はともに、病院の最上階の部屋にいるという。ウラナは早速そこに向かった。
そこは十聖士以上しか入れないようになっている。パスワードを入力すると、エレベーターはゴトゴトと音を立て、最上階についた。
「……ハデスさん」
「ウラナか。ちょうどよかった。クルーヴを見舞ってやってくれ。まだ目を覚ましそうにはないらしいが」
「分かりました」
エミーの部屋の番号を教えてもらい、そこへ向かう。
ずいぶんと暗い廊下だ。普段ここに来る人が少ないからか。
明かりもぽつぽつとしかついていない。
―――パリンッ!
不意にその明かりの一つが割れた。
「ひいっ!」
思わずそんな声を上げ、廊下の手すりにつかまってしゃがみこんでしまった。
「なに、今の……」
おそるおそる落ちてきた破片の一つを拾い上げた。
どうやら怪奇現象ではなく、単純に老朽化して割れたようだった。
別の破片には、製造されたのがかなり前であることが記されていた。
そんなものが交換されないまま放置されているくらい、人が来ないのか。
「どうしたの、ウラナ」
「出た―――っ!?」
「……人を化け物扱いしないでよ」
「レ、レイナ……」
「電球、割っちゃったの?」
「自分からそんなことするもんですか。目の前で割れたのよ、老朽化みたいだけど」
「もう、ウラナったら怖がりなんだから」
行こ、とレイナが手を出してくれる。
「うん……」
その手を握った。
「そ、そういえば、シェドはどうしたの」
「アルはね、先に帰ってるって。仕事終わったし、疲れたから寝る、だって」
「冥界中の氷山、融かし壊ししたんだもんね」
「でもあれは、ベガがいないとダメだったらしいよ。ベガがいたからアルもエリザベスさんもライムちゃんも残り30発ぐらいで終わったけど、いなかったら3人仲良く共倒れだったって」
「ベガの炎は結構なものだからね。……あ、そうだ、ベガに刀、返してもらわなきゃ」
「勝負しなきゃいけないんじゃないの?」
一応ベガに刀が渡り、所有者及び”ゼネラル”の地位はベガに譲られている。それを取り戻すためには形式上でも戦って、ウラナが勝つ必要があるのだ。
「大丈夫よ、例の刀は使えないから。素で勝てるかどうかが試されるわけ」
「へえ、そうなんだ。私もやろうかな」
「あんたが来たら3万回は負けさせてあげるわよ」
「私そんなに弱い!?」
「あんたが特別弱いってわけじゃなくて、みんな同じくらいなの。アルテミスさんぐらいになるとそうはいかなくなるけど、その他は大体同じくらい。経験から言うとね」
「何でそんなに強いのに、電球割れたくらいで泣くかなあ」
「なっ……泣いてない!それに言っとくけどあれは私が割ったんじゃない!」
「しーっ、もうすぐエミーの部屋に着くから」
「もう……!!」
レイナにはうまいこと弱みを握られている気がするのだ。
エミーの部屋は、たくさんの人が入れそうな広さの割には、ベッドが一つしかなかった。
「だだっ広い個室……」
そして肝心のエミーはもっとコードだらけかと思いきや、そばにあったのは1つの点滴だけだった。
点滴の針は袖がまくられて露出された白い右腕に刺さっている。
「ほんっと、エミーって、色白いわね……」
「死神の女の子は色白なことが多いよね。まず陽に当たることが少ないし」
「現世に行かなきゃ『照り付ける太陽』にはお目にかかれないしね……」
現世に行く時に色の補正がある程度かかり、自然な程度にはなるが、それでもエミーは白い方だ。
ちゃんとご飯食べてるんだろうか。
「現世の人がパッとエミーを見たら、ご飯食べさせてあげたくなっちゃうよね」
「……全く同じこと考えてた」
「だよね。絶対1日か2日ご飯抜いてる子だって思うもん。たくさんご飯が食べられるところに連れていきたくなる」
「これがまたエミーはよく食べるからなあ……」
「ウラナもよく食べるじゃない。そんなにストレス溜まってるの?ってぐらい」
「なっ……あんただって!あたしはあんたの口が何回ブラックホールだと思ったことか!」
―――ピシッ。
「いたっ」「うぐっ」
「……エミーに怒られた」
「うるさくし過ぎたね。たぶん意識がなくてもうるさいのは感じたんだろうね」
赤い光線のムチで2人は叩かれたのだった。
「……今度3人で、どっか食べに行こうね」
ピシッ。
「……え?今の同意の返事?それともまたうるさいってこと?」
「どっちもじゃないの」
「そっか。……そうかな?まあ、どうせもう1回聞かなきゃだめだよね」
「今日は帰ろっか」
「そうね」
* * *
「何だよクソ親父、監獄にいるのに人を呼びつけるとは良いご身分で」
ローツェの父、アコンカグアは、いったん警察省管轄の刑務所に収容された。話し相手としてアコンカグアがローツェを呼び出したのだ。
「ああすばらしいよ、ここは。それでだローツェ、1つ頼みがある」
「さっさと言え」
「わしをここから出せ」
「あァ!?」
「不憫に思わないのか、監獄に一人いる父を見て」
「残念ながら何も思わねェよ。それにあんたはもはや俺の親父じゃねェ。ひとりの反逆者だ」
「反逆者?誰がだ。誰に向かって口を……」
「これ以上俺を笑わせてくれるなよ。もうレイナとラプラタの記憶から、マドルテさんによって裏が取れてる。何ならあんたがあの2人に言ったこと、馬鹿正直に一言一句、再現してやろうか。物忘れのフリも大概にしろ」
「それが本当だとしても、四冥神トップとなったわしにどうこうできる警察省の連中はいまい」
「ああ。だから機密省の処理伍課が出動してるんだろ」
「……なに?」
機密省処理課は、警察省の出動が難しいほどの重大人物による犯罪の場合、文字通りその死神を“処理”するために存在する。そのうちの伍課は悪魔協力などの反逆を扱い、最終兵器との別名も存在する。
「処理伍課が……?」
「あそこはヤバいなァ。何されるか分かんねェよ。それこそレイナやラプラタが感じた恐怖と似たようなもんだ。それを長時間だなんて恐ろしくて仕方ねェ」
その時、覆面の男たちが数人、こちらへ駆け寄ってきた。
一瞬強盗かと思われたが、機密省所属であることを示す紋章が外套についている。
処理伍課のメンツだ。
「―――アコンカグア・プレシピース。機密省に来てもらう」
「待て、離せ、わ、わしは……!」
「醜いぞ、あきらめの悪い」
ローツェがそう言うと、アコンカグアの腕はだらんと垂れ、男たちに連行されていった。
アコンカグアが連れていかれたのは、機密省2階・通称監獄のフロア。そこにある一室に入れられ、無期禁固を言い渡されたらしい。
という話を、後にレイナから聞いたのだった。




