表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1.ヘンタイが 出現した!

「いやぁあああああああああ——ぁ、ガハッ!ゲホ、ゴホッ!!」


 叫びながらガバッと普段使わない腹筋をフル活用しながら勢いよく跳ね起きる。自分が出した叫び声は寝起きの頭にはあまり優しくなかったようで、ズキッとした鋭い痛みが脳内を駆け抜けた。こんなに大きい声を出すのは久々だ。おかげで咳を繰り返すはめになり、若干目尻に涙が貯まってきた。あぁ、喉が痛い。

 だけど、問題はこれだけではないのだ。嫌なものを見た所為で、全速力で走った後のように心臓はバクバクと大きく脈打っており、咳が止まった後も肩を上下に揺らしてしまうほど呼吸が荒い。それなのに走った後とは違い、血の気は引いていてきっと顔は真っ青だ。


「なず!?」

「——っぁ、あ。つー、くん……」


 血相を変えて私の部屋の扉を開け放した人物を横目で見ながら、呼吸を整えようと空気を大きく吸い、ゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返し、ようやく呼吸も落ち着いてきたところでその人物の名前を呼んだ。


「もしかして、さっきの叫び声って怖い夢でも見たからか?」

「……うん」


 図星を指されて気まずくなり視線を斜め下に向けて答えた私の返答を聞きき、つーくん、こと三歳年上で大学一年生で私の兄、椿つばきは呆れたとばかりにため息を吐いて、「後何分寝れたと思ってんだよ」と愚痴りながら去っていった。

 部屋に掛けてある時計を見てみるといつも起きる時間よりも一時間くらい早い。睡眠が三度の飯より大好きで一分一秒を無駄にできないほど睡眠をむさぼり食う兄の安眠を邪魔してしまった私が悪かったのだが、それでも私の心配を一切してくれず、むしろため息を置いて去っていった兄はいかがなものだろうか。ちょっと酷すぎないか?


 心の中で兄を立体的に想像し、現実では面と向かって言えない兄に対する不平不満をぶちまけながら、実際にすれば逆に返り討ちにあうだろうから絶対にできないため想像上でそれをサウンドバックのごとく殴り飛ばしていると、兄は水の入ったコップを持ってきてくれた。「ほらよ」と言ってコップを私に差し出す兄をみるに、どうやら私のために水を汲みにいってくれていたらしい。

 例え想像でも兄をたこ殴りにしてしまったことを後悔してぽつりと「ごめんなさい」と謝る。「あ?」と返事がきたので聞こえなかったのだろう。わざわざもう一度言うことでもないし「何でもない」と返すと、「どうせ俺を殴る想像でもしてたんだろ」とズバリと私の行動を読まれ、フンと鼻で笑いながら頭に手をボスッと置かれた。


「お前の考えていることくらい分かるんだよ、バーカ」


 バーカと罵りながらもどこか温かみのあった声音と、頭を撫でる手に心を温められて笑みが漏れる。そうだ。私はもう違う。人の温かさから遮断されていたあの頃とは違うのだ。


「ありがとう、つーくん」

「あぁ」


 そっぽを向いて隠そうとしているが隠せていない赤く染まった耳。少し乱暴に私の髪をかき乱す手。そっけなく接しながらも必要なときはちゃんと手を差し伸べてくれる心。その全てが私を安心させる。

 頬を掻きながら照れている兄を見て、想像の中だけど殴られていたと分かっているのにどこか嬉しそうな兄は私が知らなかっただけで実はドMなのだろうか、というありえないふざけた感想を直接口にしたら、確実にしばかれるだろうなとふと思った。


 //////////


「お姉様ああああ! 会いたかったですわああああ!! これからはずっとお姉様の吐いた息を吸って生きていけますのね! もう感激ですわ!」


 朝の一件で絆の大切さを身に染みて実感しつつ、新しく始まる高校生活に胸を躍らせて学校に来たわけだけど、これは一体どういうことだろうか。

 よくわからない変態発言をぶっ放しながら、突如として私にへばりついてきた美少女。この声は身に覚えがありすぎる程知っていた。だけど、知り合いというわけではない。私が一方的に知っているだけだと思っていたのだが、どうやら違ったみたいだ。

 でも、彼女はこんな変態ではなかったはずだ。いや、「はず」ではない、絶対に違った。断言するけど変態じゃなかった。声は知っているけど実は別の人、とかではないだろうか? と言うか、私はそれを望む。変態ではなかった。変態ではなかったんだ!

 私がそうこう考えている間にも彼女の変態発言はマシンガントークのごとく吐き出されている。いくつか抜粋してみよう。


「お姉様は今日も綺麗ですわ、ハァハァ」

「くんかくんか、これがお姉様の香り! 出来れば永久保存したいですわ! あ、でも今日からもうずっとかぎ続けることが出来るのですね! 今ならもう私、死んでもいいですわ!」

「あぁ、この透明感のあるきめ細かな柔らかい肌をぺろぺろしたいです! できれば、そのぷっくりとしたキュートで美味しそうな唇も!」


 何この人、怖い。やめてって言ってみたけどこの変態発言は止まらなかった。むしろ「お姉様の生声! 後で私の名前を読んでくださいね! ばっちりボイスレコーダーで録音しますから!」とかほざきながらよりいっそう酷くなった。もうこれは止められない、止まらない、止める気だってない。もう無理だ。誰か助けて。他力本願ばっちこーい、だ。


 そこでふと、彼女にばかり意識が集中していたせいで忘れていたが、普段彼女の金魚の糞のごとく引っ付いているはずの彼の存在を思い出した。彼は彼女の幼馴染で彼女のことが大好きなヤンデレ。彼は彼女に近づくものを容赦なく社会的に抹消してきた。もっと酷くなると人殺しさえもしてしまう程の狂気を秘めている。そんな彼がこの状況を見たら黙ってはいないことは簡単に想像がつくだろう。黙っていないどころか文字通り殺される確率さえある。ソースは私。なら何で今存在しているんだよ、というツッコミはこの際もう少し待って欲しい。この後も生き残れていたら説明するから。

 焦って周りを探してみると、いた。他の生徒たちと同様に私たちを見て目が飛び出さんばかりに大きく見開き、固まっていた。彼が正気に戻った時のことを考え、冷や汗がたらりと背中を滑る。これもう私、詰んだ。さらば、私の十五年と数ヶ月の人生と存在するはずだった残りの半生。お父さん、お母さん、親不孝の娘でごめんなさい。兄よ、両親のことは頼んだ。そして、弟。あなたの好物である小豆プリンと食べたのは私だ。ごめん。

 心の中で家族に懺悔を告げていると、とうとう彼の意識が身体の中に帰ってきた。あぁ、もうダメだ。オワタ。私の人生に合掌。

 そう、私はこのとき私の未来が無くなったと思って、心の中で、ではあるが自分に合掌していた。それがどうだろう、まさかの彼が私たちの方を見ながら合掌してきたのだ。思わず、口を開けて固まってしまった。どういうこと? これからあなたと殺しにいきます、ちゃんと成仏してくださいっていう意味の合掌ですか?

 彼の行動の意味が分からず一人戦いていると、彼は静かに合掌を解いた。来るっ、と身体を堅くして身構える。が、それは杞憂に終わった。なぜなら彼はそっと人ごみの中に紛れ込んだのだ。あれ? 殺しにこないの? あ、今はまだギャラリーが多いから? 直ぐに捕まっちゃうものね。ということは、まだ私にも勝利の可能性がある。逃げ続けることが出来れば私は勝てるのだ。絶対に逃げ切ってみせるからな、ヤンデレ野郎!


 でも、その前に私に抱きついて未だに延々と変態発言を情け容赦なく吐き続けている彼女をどうにかしければ。というか、そもそも、どうして彼女は私に懐いているのだろうか。これを懐いている、の枠に入れていいのかは甚だ疑問であるが。

 あぁもう! 何で私の知っているように物事は進まないんだ! 私と彼女達は面識がなかったはずなのに! もしかして私は思い違いをしていたのか?

 私はこのよく分からない物事の原因を探るため、一度自分の人生を振り返ってみようと思う。人はこれを現実逃避というのだ。こんな状況、現実逃避くらいさせてもらえないと精神を崩壊させてしまいそうだから許して欲しい。いやむしろ許してくださいお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ