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第18話:正規の手続き(王命)と、従兄弟同士の悪巧み

 ライナス一行を見送った後。

 王宮内の一角にあるサロンには、静かな午後の光が差し込んでいた。


「お茶にしましょう。殿下、クロード様」


 側近のカイルが、手際よくテーブルにティーセットを並べていく。


「おおーそうだな、カイル! 今日はどんなケーキだ?」


「ありがとう。すまない、カイル」


 元気いっぱいのアルマ殿下(10歳)と、対照的に落ち着いたクロード(32歳)の返事が重なる。

 年の離れた従兄弟である二人は、王族という窮屈な階層 (レイヤー)において、少し特殊な信頼関係で結ばれていた。




= = = = = = = =




 アルマが物心ついた時には、すでにクロードは王位継承権を返還していた。「王位に興味がない」というのは彼の本心だ。   

誰にも邪魔されず、静かな環境で研究(開発)に没頭したい――その強い意志を貫くために、彼は権力という絶対的な決定権(ルート権限)を自ら手放したのだ。

 とはいえ、その研究成果は常に国へと提供 (コミット)されている。いわば「国家規模の奉仕活動」に従事している彼に、文句を言える者は誰もいなかった。


 そんな研究一筋の男だったクロードが、幼いアルマに懐かれるようになったのには、あるきっかけがあった。


 数年前。クロードは図書室の片隅で、一人寂しそうにしている幼いアルマを見つけた。その小さな手には、一冊の古い魔導書が握られていた。


(……こんなところにあったのか)


 それは、クロードが幼い頃に、今は亡き母から贈られた子供向けの魔導書だった。

 いつの間にか自室の書棚から消えていたので、てっきり不要物として破棄されたものだと思っていた。今のクロードには、もはやその古いロジックは必要ない。だが、それは彼にとって唯一の「母の形見」であり、母からの最後の贈り物だった。


「魔法に興味があるのかい?」


 声をかけると、アルマは少しだけ肩を揺らし、小さく頷いた。


「……うん」


「そっか。……じゃあ、ついておいで」


 クロードが差し出した手を、アルマの小さな手がぎゅっと握り返す。

 二人とも、自分が何者であり、どんな立場(アクセス権限)を持って生まれたかは理解していた。そういう教育を、歩き始める前から叩き込まれてきたからだ。


 二人は静かに、ゆっくりと歩みを進めた。


 到着したのは、王宮の離れにあるクロード専用の研究室 (ラボ)。


 重厚な鉄の扉を前に、クロードが指先で(くう)をなぞる。一瞬、幾何学的な魔法陣が扉の表面に浮かび上がり、カチリと小気味よい音を立ててロックが吸い込まれるように解除された。


 クロードが「おいで」と促し、重い扉が滑らかにその内側をさらけ出した。


「わー……!」


 アルマは入り口で足を止め、中から溢れ出す光景に釘付けになった。


 中では数人の研究員が実験の真っ最中で、あちこちから黒い煙が上がっていた。失敗と試行錯誤が繰り返される、混沌 (カオス)とした、しかし熱気に満ちた空間。


「ここが私の研究室だよ。いつでも好きな時に見に来るといい。君がいつでも入れるよう、ロック解除の権限を追加 (ユーザー登録)しておくからね」


 クロードが呆然と立ち尽くすアルマの頭を優しく撫でると、アルマは紫の瞳をキラキラと輝かせた。


「いいの……?」


「ああ、もちろん。大歓迎だよ」


 肯定の返事を聞くやいなや、アルマは弾かれたように軽い足取りで中へと踏み入った。


 その日からだ。アルマが魔法の研究に、異常なまでの熱を上げ始めたのは。

 二人はことあるごとに研究室にこもり、魔法という名の未知のコードを追い続けた。似た者同士、馬が合ったのだろう。それ以来、アルマが纏っていた「寂しい空気」は、嘘のように消えていた。




= = = = = = = =




「――で、クロード。さっきの話の続きだけどさ!」


 現在。ケーキを一口で平らげたアルマが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 その視線の先には、クロードが手元で広げている「ライナスの解析ログ」がある。


「ええ。……あの子供、ライナス殿。実に興味深い。黒髪(からすばいろ)で病的なほどの色白で線が細く、そしてあの目の下のクマ……。あれは、我々と同じく、寝食を忘れて思考の海に沈む者特有の印 (しるし)ですよ」


 クロードは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


「彼が書き足した数式 (コード)は、我々の魔法体系とは根本的に思想が違う。まるで、この世界の基盤 (インフラ)そのものを理解しているかのようだ……。早く私の研究室で『解析』してみたいものですね」


 クロードの言葉に、アルマが身を乗り出す。


「だろう? 私が見込んだ通りの男だ! だが、あの父親……フォール伯爵が、簡単に首を縦に振るかな?」


「ふふ……。ですから、ここは『正規の手続き(プロトコル)』を通しましょう。フォール伯爵には『王宮基幹魔導核の定期メンテナンスにおける技術顧問 (オブザーバー)』としての協力要請を出します。これなら、貴族として断る理由はなくなりますよ」


 クロードの提案に、アルマは手を叩いて喜んだ。


「いいぞ、それは名案だ! ライナスがいないと、共同研究も進まないからな! よし、カイル! 早速『召喚状(強制コマンド)』を送れ!」


「……殿下。それを言うなら『招待状』でしょう? 召喚状だと、まるでライナス様が罪を犯したみたいですよ……」


 カイルの盛大な溜息がサロンに響く。

 しかし、アルマとクロードは互いに顔を見合わせ、目を丸くして笑い合った。その笑顔は、最高に面白い「新しい玩具(技術)」を見つけた、悪ガキそのものの表情だった。


 フォール家の平穏な日常に、王宮という名の巨大な外部アクセスが割り込もうとしている。

 その悪巧みが、今、静かに、しかし確実に「爆誕」した瞬間だった。

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