スライムに溺れて
この世界では、十歳になると何かしらのスキルが授けられる。
私に与えられたのは――不死。
正確には、死なないわけじゃない。死んでも、また生き返る。それが、私のスキルだった。
スキルが判明したとき、周りの大人たちは一斉に騒ぎ出した。
「すごいぞ!」「激レアじゃないか!」
そんな声が、あちこちから上がる。
気がつけば、みんなが私を囲んでいた。
――将来は冒険者だな。
誰かがそう言った。
それに、みんなが頷く。本当は村で、何か小さな店でもやりたかった。
しかし、あのとき向けられた期待の目を、私は断れなかった。
だから、私は冒険者になった。
冒険者は基本的に4、5人でパーティを組む。
私のスキルが“不死”だと知れ渡ったとき――
「マジかよ!」
「絶対強いじゃん!」
誰もが目を輝かせた。
「なあ、うち来いよ!」
「いや、こっちのパーティの方がいいだろ!」
あっという間に、引く手あまたになった。
少しだけ、嬉しかった。
しかし、現実は甘くなかった。不死は死なないだけでは別に強くはないのだ。私は、剣も魔法も何も使えず、ただパーティメンバーの陰にいるだけだった。
「お前何ができるんだ?戦えないならせめて前に出て盾になれよ!」
ごもっともな主張だった。死なないスキルなら前衛に出て戦う。しかし、私は死ぬのが怖かった。こんな雑魚が前に出たって瞬殺されるのは目に見えている。
ある日冒険に出かけた時、森の奥で仲間たちにクビを宣告され、1人で帰れと言われた。
ごもっともな主張だった。死なないスキルなら前衛に出て戦う。しかし、私は死ぬのが怖かった。こんな雑魚が前に出たって、瞬殺されるのは目に見えている。
ある日、冒険に出かけたとき、森の奥で仲間たちにクビを宣告され、ひとりで帰れと言われた。
――私には、そもそも冒険者なんて向いていなかったんだ。帰ったら、何か小さな店でもやって、静かに暮らそう。
しかし、帰り道、魔物に遭遇してしまった。狼のような魔物だ。特段強いわけではない。しかし、私にはどうすることもできなかった。
喉元に噛みつかれ、鮮血が吹き出す。
初めての死は、とても怖く、そして痛かった。
だが、不思議なことに、死に近づくにつれ、今までに感じたことのない快感が体の奥から湧き上がってきた。
その瞬間から、私は完全に死にハマってしまった。切られたり、潰されたり、ぶん投げられたり――さまざまな死に方を経験するたび、快感の質は少しずつ違った。
剣で斬られる鋭い痛みの快感、鈍器で叩かれる鈍い衝撃の快感、空中から落下する瞬間の重力の快感――。
死に方ごとに微妙に変わるその感覚の違いに、私は次第に魅了されていった。
確かに痛みは強烈だった。だが、痛みが強ければ強いほど、その後に訪れる快感もまた、大きなものになる。
何かを得るには、必ず別の代償が必要――そういうことなのだろう。
死んでいるだけでは稼げない。経験値も報酬も手に入らないのだ。仕方なく、私は再びパーティに加わった。
今度は前線に立つことを決めた。仲間が攻撃され、死にそうになる――その瞬間、迷わず私は間に割って入る。剣や魔法は使えないが、死ぬことには慣れている。
傷を受けるたび、痛みは快感に変わり、心は昂ぶる。仲間は守られ、私は快感を得る――まさに、ウィンウィンだった。
戦いが激しくなればなるほど、私の胸は高鳴る。死ぬことでしか得られない、この特別な快感を味わいながら、私は今日も仲間を守る。
ただし、絶対に知られてはいけない。私が本当は死ぬのが大好きだなんて、口が裂けても言えない。そんなのただの変態じゃないか。
だから私は、仲間の前ではあくまでしょうがなく死んでいるというスタンスをとっているのだ。
―――――――――――――――――――――
「今日はスライムを狩りに行くぞ」
カイルが壁に貼ってある依頼書を指差しながら言った。
スライム――柔らかそうな体に取り込まれ、窒息死するなんて……。ぜひとも経験してみたい。
「ええ、いいわよ。新しい弓を試したいし、丁度いい相手だわ」
ロレーヌが答えた。
「おお、いいな。行こうぜ!」
ルークも賛成のようだ。
「ニアはどうだ?」
もちろん、大賛成です!
「いいわね、スライムなら私でも戦えそう!」
表向きは元気よく答える。
けれど、心の奥ではもう想像していた。スライムに潰される感触、圧迫される体の感覚、意識が薄れていくあの快感……。
――ああ、早くその瞬間が来ないかしら。
「ニーナ、今日はお前を死なせたりなんかしない!」
ルークが自信満々に言い切った。
――やめて。
いや、ほんとにやめてほしい。
私は死にたいので、絶対に守らないでください。
絶対に。
むしろ放置でいい。なんなら見捨ててくれてもいい。
表情に出ないように気をつけながら、私は小さく笑う。
「……ありがと、頼りにしてるね」
私はあくまで、“仲間を信頼している普通の冒険者”でいなければならない。
目的地の沼地へ向かう道中、私は静かに作戦を練っていた。
仲間たちの会話が耳に入る。ルークは前方を警戒し、カイルは地図を確認しながら進む。ロレーヌは相変わらず軽やかに弓を構えている。
――道中の敵は、仲間に任せる。1日に何度も死ぬと、死ぬのにだんだん慣れてきてしまう。
今日の“メインディッシュ”――沼地のスライムのために私は死ぬわけにはいかない!
このパーティはそこまで強くはない、というか弱い。
大抵はルークが死にかけてくれるのでそれを助けに入るだけでいい。しかし今回はスライムだ。スライムは魔物の中でもかなり弱い方だ。攻撃も体当たりで突っ込んでくるだけだし、切ればすぐに倒せる。
流石のルークでもスライムに負けることなんてないだろう。
いったいどうすればスライムに殺されることができるだろう。
そんなことを考えている間に沼地に着いてしまった。
沼地の水面は薄く緑色に濁っていて、足を踏み入れると底のぬかるみに沈む感触が伝わる。
「……あれね」
目の前で、大小さまざまなスライムがぴちゃぴちゃと跳ねていた。柔らかそうな体。触れれば押し潰され、体内に飲み込まれる――そんな感覚が、頭の中で鮮明に浮かぶ。
「よし、行くぞ!うぉぉぉ」
ルークが雄叫びを上げながら突撃していく。
よし、いいぞルーク!そのまま負けろ!
私の期待とは裏腹にルークはスライムをどんどん倒していく。このままではスライムが狩り尽くされてしまう。
「私も援護に行きます。」
すかさず私は加勢しに行き、1番スライムが多そうな場所に走る。私に気づいたスライムが突進してきた。持っていたショートナイフでスライムの突進を受け止める。
チャンス到来!このまま、他のスライムにやられればいい!
私の予想通り、他のスライムが横から回り込んで私に飛びつく。やった!成功!
そう思った時だった。
「おりゃあー」
私に襲いかかったスライムが真っ二つに切れた。
「危なかったなニーナ、ここはまかせろ!」
ふざけんな!もう少しだったのに!何が「まかせろ」だ!
心の中で毒づきながら、私は顔に無理やり笑みを作る。
「……ありがとう」
その言葉を口に出すと、ルークは満足げに頷いた。
でも、胸の奥では悔しさがぐるぐると渦巻いている。
もう残りのスライムは少ない。どうする。沼地に足を取られないように踏ん張ったその時、足に何かが当たった。
この感触おそらくスライム。よし、これを使おう。ルークが私に背を向けた瞬間、私はそのスライムを蹴り上げた。
「ルーク危ない!」
ルークとスライムの間に割って入る。スライムが私の体に巻き付いた。
重く、ぬるぬるした感触が全身に広がる。
スライムの体が私を覆い、動きを封じていく。液体と個体の間のようなものが口の中に入り込む。
やった!成功だ!
息が詰まり、視界がぼやける。ルークの声が遠くに聞こえる。
でも、痛みも恐怖も混ざったあの独特の感覚――心の奥がじわじわと熱くなる。
体が徐々に沈み、意識がスライムの中に吸い込まれていく。
その瞬間、全身に電流のような快感が走った。
「……あぁ……やっと……」
深く、熱い快感が体の奥から湧き上がり、全てを満たす。
エクスタシーーー!
私はそのまま、スライムに抱かれながら――死の境界線へと身を委ねた。
目が覚めた時、周りにはパーティメンバーがいた。
「ごめんな、ニーナ。守るって言ったのに」
ルークが悔しそうに言う。
「ルークありがとう!あなたは十分守ってくれたわ!」
今の私は気分がいい、心からの笑みでルークに答えた。
「ニーナ、次こそは必ず守るよ」
ルークの目には決意があった。
守んなくていいよ、ルーク。ずっと弱いままでいてね。
スライムに抱かれ、死の境界線をくぐったあとの体は、いつもより軽く、満たされた感覚に包まれていた。痛みも恐怖も、今は遠い記憶のように思える。
仲間たちがそっと見守る中、私は静かに立ち上がる。
死ぬことも、守られることも、そして快感も――この世界で私だけが知る“秘密の悦び”。
今日もこうして――生き返った私は、仲間と共に歩みを進めるのだった。




