第195話 帰る家
京都を出発した新幹線は、予定通りに新横浜に到着した。
到着は十六時前。ここから在来線に乗って帰る。
タクシーという手もあるし、かつて白雪が深夜に帰ってきた時は二回ともタクシーで帰っている。
一度は一人で、もう一度は和樹が迎えに来てくれていたが。
(考えてみたら、京都に行ったの自体、高校二年生の正月以来でしたか)
高校一年の時は夏にも帰ってるし、正月も帰った。
五月の連休も帰らされている。
ただ、和樹に出会って以後、帰る頻度が激減していた。
あまり帰りたくないとは言っても、高校生の身で帰らないわけにいかないと思っていたのだが、高校二年の夏は生徒会が忙しいからと拒否し、三年の時は夏はもちろん正月まで受験勉強のためと称して断った。
事実上の勘当を言い渡されてからは行く理由自体がなくなったので、本当に久しぶりだったが――。
「お。ちょうどいい電車が来たな」
新横浜駅はやや不便で、最寄駅まで行くには乗り換えが必要なケースが多い。
なのだが、ちょうど直通の電車が来てくれたらしい。
白雪と和樹は素早く電車に乗り込んだ。
正月三日目の夕方ということもあり、混んでいるかと思ったが思ったほどではない。
今日が金曜日であり、正月休みはどの会社も実質五日間ある今年のカレンダーなので、一番混むのは明日や明後日なのだろう。
電車は十数分で最寄駅に到着した。ここからは歩きで十分程度。
時刻は十七時前というところだ。
「今日の夕食どうするかだな……朝に昼も美味しいモノ食べたが」
ちなみにお昼は創作イタリアンの店で食べた。京野菜をふんだんに使ったパスタやピザはとても美味しくて、少し食べ過ぎたかと思ったほど。
つまり、今でもあまりお腹が空いていない。
「私、お昼食べ過ぎましたので、あまりがっつりと、という気分ではないんですよね……」
「白雪もか。俺もだ」
思わず二人で顔を見合わせて笑う。
しかし何も買って行かないという選択肢はない。
確か家にはほとんど何も残っていないはずだ。
明日以降についてはまた買い物に行くにしても、今日の分は何とかしなければならない。
「料理してもらうのも手間だしな……ああ、インスタントでもいいか」
「え?」
「白雪がいいなら、今日くらいはいいんじゃないかな」
言われてから、そういえばずっと死蔵されてるインスタントラーメンがあるのを思い出した。
白雪がいつも料理してしまうので、全く使わずに置いてあるが――。
「ありましたね……あれ、賞味期限大丈夫でしょうか」
「確か大丈夫だとは思う。一応あの手のは定期的にチェックするようにはしてるが……ああ、でもそろそろ危ういな」
「私はそれでもいいですが……」
「じゃあそれで行こう。少し具材を買って行けばいい」
そういうと、駅の地下にあるスーパーマーケットに足を向ける。
ネギや明日の朝のパンなど、あとはチャーシューやメンマ、卵などが入ったラーメン具材がパウチになったものがあったので二セット購入した。
そして家に向かう。
家は駅からは大分坂道を登るので、これは少し大変だが距離は本当に短い。
ほどなく到着し、エントランスを抜けてエレベーターで三階へ。
見慣れた扉の前に来ると、白雪はなぜか少し安心している自分に気付いた。
「白雪?」
「あ、すみません。今開けますね」
スマホをかざして扉を開けると暗い廊下が目に入るが、すぐに照明が灯る。
ほんの一日離れていただけだが、なぜかこの家がとても懐かしいと思えると同時に――そう思えることが嬉しくなった。
「ただいま、です」
「ああ、ただいま、だな」
迎える者がいるわけではないが、お互いそう言って家に上がり、とりあえず荷物を置いた。
さすがに真冬だったのもあり、家はかなり寒いのですぐに暖房を入れる。
白雪は手洗いうがいを済ませたら、すぐキッチンに行ってインスタントラーメンを確認すると――賞味期限は過ぎていた。
と言っても半月も過ぎてなかったので、まず問題はないだろう。むしろ思い出してよかった。
これで忘れると、本当に廃棄せざるを得なくなる。食べ物は無駄にしたくない。
袋を開けてみると、とりあえず劣化した様子は全くなかった。
これなら問題はないだろう。
「和樹さん、ちょっと賞味期限は過ぎてますが、大丈夫だと思います」
「お。そうか。それ、一緒に暮らし始めた頃に癖で買ってたが……白雪が料理してくれると使うの忘れるな」
「私もすっかり忘れてました。今度から気を付けますね」
インスタントラーメンは、それはそれでアレンジ次第ではちゃんとした料理にだってなる。使い方次第では十分節約料理にだってなるだろう。
そうしてる間に和樹はお風呂を入れ始めていた。
出る前に一応洗ってあったので、確認だけすれば問題はない。
「お食事、どうしますか?」
「早めに食べていいと思う。朝早かったし、昼飯も十二時前には食べたから、何気にお腹自体は少し空いてる。移動の疲れもあるからすぐ眠くなりそうだしな」
「寝る前に食べるのは良くないですしね。じゃあ、すぐ準備します。と言っても本当にすぐですが」
和樹が了解したので、少し大きめの鍋に水を入れて湯を沸かす。
湯が沸くまでの間にネギを刻み、買ってきたラーメンの具材セットを開けてお皿に並べて軽く電子レンジに入れる。
やがて沸騰したのを確認してから、麺を放り込んでタイマーをセット。同時に電子レンジを回して、具材を軽く温めた。
五分もせずにラーメンが二つ出来上がり、食卓に並べる。
「こういうとなんだが、こういうジャンキーな感じの匂いは、これはこれで食欲をそそるな」
「ですね。私もこういうのは久しぶりです」
「白雪でもあるのか、こういうのを食べたことは」
「そりゃあありますよ。一人で住んでた時、何もやる気がしない時とかって私だってありましたから、ごくまれに、ですが」
こういう分かりやすい味がなぜか食べたくなることはある。
実際、両親が生きていた頃は二週間に一度くらいはこういうのも食べていた。
もちろん玖条家では出てくるはずもなかったが、白雪にとってはこれも両親との思い出と言える。
二人はそれぞれダイニングテーブルにつくと、二人そろって「いただきます」と言ってから食べ始めた。
「やっぱりこういうのも、美味しいですね」
「普段の白雪の料理の方がもちろん美味しいんだが、こういう分かりやすい味はこれはこれで悪くはないな。健康には良くないとは言われるが」
「まだ若いから大丈夫です」
そう言って、スープをレンゲですする。
そのスープの熱さがとても心地よい。
暖房が効いてきたようで、リビングの温度がじわじわと上がる。
その温もりに、白雪は『帰ってきた』という実感がわいてきた。
「白雪?」
「あ、いえ。なんかほっとするなぁ、と。今回の旅行、旅館もお料理もとても素晴らしかったし、京都観光も楽しかったのですが」
それでもやはり、この家で和樹といる時間が、一番安心できる。
そしてそう思えることが、何よりも嬉しい。
「そうだな……旅行は旅行で楽しいが、帰ってきた時にほっとするのは、確かにあるな」
「和樹さんの場合は、ご実家もありますが……」
「なまじ引っ越したのもあるし、俺にとってもこの家が俺の居場所だという感覚だよ。ここでこうやって美味しい料理を食べてると、安心できる」
「今日のは、本当にインスタントですけど」
「それはそうだろうが……ちゃんと具材を温めてのせてくれたり、配慮してるのはさすがだよ。ありがとうな、白雪」
「い、いえ。その、居候の身ですから」
すると和樹は少し面食らったような顔になってから、しばらく考えるようにして、それから白雪に向き直る。
「まあ、最初にそういったのは……確かに俺だが、そういう遠慮はしないでくれよ。少なくとも今は、白雪にとっても安心できる家がここだというのは、俺にとっても嬉しいんだから」
正直、白雪は顔が真っ赤になったのではないかと思った。
かろうじて、顔を前に倒して麺をすする振りをして、やり過ごしつつ――。
「は、はい。その……」
小さく深呼吸して、心を落ち着かせる。
それからゆっくりと顔を上げた。
「私にとっても、今はここが私の『帰る家』だと思ってます。それだけは、間違いありません」
そう言って、白雪は微笑んだ。
それを見て、和樹は一瞬戸惑ったようになりつつも、「そうか」と少しだけ嬉しそうに頷いてから、またラーメンを食べ始める。
それ見てから、白雪も食事を再開した。
できればずっと。
貴方の隣が、私の帰る場所でありますよう――。




