目的地は
レヴァンヌ国の城下町では、他国の王子たちが浚われたアイリス姫を取り戻すため、魔王討伐の旅に出るという噂で持ち切りのようだった。
現国王が即位してからは戦争もなく、平和な日々が続いている国民にとって、その話題は、何よりの娯楽なのだろう。
特に、その他国の王子たちというのが皆、見目麗しく頼もしい若者たちであることと、その王子達が一人の麗しい姫君を救い出すというロマンチックなストーリーに国民は熱狂した。
城外へと続く門の前には、大勢の民衆が集まり、王子達の無事な帰還を祈って声援を送っている。
そして、大歓声に送り出された一行は、門を出てしばらく馬を走らせたところで、アイリス改めアイリーンが訊ねた。
「ところで、【魔王】ってどこにいるの?」
その言葉に、すぐ傍で馬を走らせていたリアード王子が信じられないものを見る目で私を見る。
「お前……そんなことも知らないで付いて来たのか?!」
人を馬鹿にするような言い方にむっとしたが、確かに情報収集不足だったかもしれない、と少し反省しながら私は訊ねた。
「じゃあ、リアード王子は、知ってるわけ?」
すると、リアード王子は、さも当然だと言うように眉を上げる。
「そんなもの、俺が知るわけがないだろう。
俺様は王子だぞ。そんなことは、従者であるお前が把握しておくべきだ」
「だから、私がいつあなたの従者になったって言うのよ?!」
私に向かって人差し指を突き付けるリアードに私は声を荒げて答えた。
すると、最後尾を走っていたリュグド王子が背後から私たちに馬を寄せて来た。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。
リアード君も、女性に対して、”従者”扱いは失礼だよ。
一緒に旅をする仲間なんだから、仲良くしようよ、ね」
聖者のようなリュグドの笑顔にリアードが苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
どうやら悪魔には、聖者の放つオーラが有効のようだ。
「ここから西へ向かって、港町へ行く。
そこで船に乗って、北へ渡った後、アララギ山を目指す。
【魔王】は、その山の奥深くに居る」
先頭を馬で走らせていた楊賢王子がこちらを振り返りながら教えてくれた。
この中で一番最年少の筈なのに、何故か一番しっかりして見える。
「どうして、西へ? 遠回りにならない?
このまま真っ直ぐ北を目指せば良いのに」
私の安直な質問に、楊賢王子が丁寧な口調で教えてくれる。
「北には、カドニア山脈がある。
この島国の北部と南部を分けるように連なっている褶曲山脈のことだ。
南部から北部へ行くには、船を使うか山を越えるしかないが、
この時期、山は豪雪に見舞われると聞く。
他の季節ならまだしも、船で向かうのが一番早く安全なんだ」
そう言えば、夏以外の季節にカドニア山脈を越えることは、自ら死にに行くようなものだ……と、確か以前、家庭教師が話してくれたことを思い出す。
「お前、自分の国のことなのに、知らないのか?」
リアード王子の呆れた視線に私は、言葉を詰まらせながらも反論する。
「……し、知ってるわっ。ただ、ちょっと忘れてただけよ。
町の外に出るなんて、初めてだから……」
その言葉を聞きつけて、自由奔放に馬を走らせていたアラン王子が馬を寄せて話かけてきた。
「へぇー! 初めての冒険ってわけか。
そりゃ断然、わくわくするなっ♪」
アラン王子がにかっと屈託のない笑顔を見せる。
思わずどきっとする私の視界に、不愉快そうな表情で私を睨むリアード王子の顔が映った。
何か揶揄されるのではないかと思い、はっと表情を引き締めて楊賢に視線を戻す。
「それで……アララギ山まではどれくらいかかるの?」
「早くて七日、遅くても十日もあれば着く見込みだ。
ここから港町までは、馬を飛ばせば二日もあれば着く。
そこで宿を取って、船で一日、北部に着いてからアララギ山までは馬で三日。
あとは、山を登って魔王の住処を探すのにどれくらいかかるかによる」
楊賢王子の説明に私一人だけが感心して相槌をうつ。
他の王子達は、皆、事前に城で話し合って聞いていたのだろう。
ただ、リアード王子だけが自分は関係ないといった顔で、馬上から見える景色に目を向けていた。
「そう……まぁ、そんなに急がなくても良いじゃない。
ゆっくり旅を楽しみましょうよ」
私が新鮮な空気を吸い込みながら話すと、
少し離れたところで馬を走らせていたオーレン王子が冷たい視線を投げながら口を挟んだ。
「……楽しむための旅ではない筈だ。
ピクニック気分なら、今すぐ帰れ」
それまでの和やかな雰囲気がオーレンの一言で凍り付く。
私が言葉を返せずにいると、リュグドが助け船を出してくれた。
「オーレン王子は、浚われたアイリス姫のことを心配して言っているんだよ」
心配しているというよりは、ただ物見遊山気分でいる私が気に入らないだけのように感じるが、リュグド王子の気遣いを無碍にするのも悪くて黙っておいた。
(アイリス姫って……私は、ここに居るんだけどね)
今更だが、自分を魔王から救い出すための旅に自分が同行するというのも滑稽な話だ。
「不測の事態が起きないとも限らない。
何事も余裕を持って行動した方がいいと思う」
楊賢がそう締めると、誰もが反論することなく口を閉ざした。
まだ知り合って間もない筈なのに、いつの間にか皆、楊賢の見識に一目を置いているようだ。
オーレン王子は、もう話すことはないとばかりに一行から少し距離をとって馬を走らせる。
アラン王子は、馬の走り具合を試すかのように、突然速度を上げ、楊賢を追い抜いたかと思えば、今度は急に失速し、右へ左へと落ち着きがない。
リュグド王子は、皆の速度に合わせて涼しい顔で馬を扱っている。
リアード王子は、退屈そうな顔で景色を見ながら、私に脈絡のない話題を振っては私と口論になり、それをリュグドが諫める、という妙なループが出来上がった。
(はぁ……こんなバラバラな状態で、魔王なんて倒せるのかしら)
出発したばかりだと言うのに、私は、既に不安な気持ちで空を仰いだ。
頭上には穏やかな青い空が広がっていたが、向かう先の空には、怪しい雲がかかっているように見えた。




