おまけ「覚醒の力」
――ゴォォォォォンッ!!
魔物の拳が地面を砕いた。
衝撃で石畳が跳ね上がり、粉塵が視界を覆い尽くす。
俺は転がるようにして攻撃を避けた。
「ぐっ……!」
腕が痺れている。
息が苦しい。
目の前に立つのは、全身を黒い甲殻で覆った魔人。身長は三メートルを超え、その手には人間の身体ほどもある大剣が握られていた。
魔王軍の幹部。
これまで戦ってきた魔物とは、明らかに格が違う。
「どうした、人間。もう終わりか?」
魔人が大剣を肩に担いだ。
「その程度の力で、我が主に挑もうというのか」
「……うるせえよ」
俺は短剣を握り直した。
勝てない。
今の実力では、どう考えても勝てない。
ミナは壁際に倒れ、リリアも魔力を使い果たして膝をついている。
ここで俺が倒れれば、二人は殺される。
そんな未来だけは、絶対に認められなかった。
「レン! 逃げて!」
ミナの叫び声が聞こえた。
「あなたまで倒れたら、誰も――!」
「逃げられるわけ、ないだろ!」
俺は立ち上がった。
足が震えている。
恐怖で心臓が痛いほど跳ねていた。
それでも、俺は前を向いた。
「……覚醒」
その瞬間。
世界が、止まった。
いや、違う。
俺以外のすべてが、ひどく遅くなったのだ。
舞い上がる砂粒。
空中で砕け散る石片。
魔人の大剣が生み出す風圧。
それらすべてが、手に取るように見えた。
身体の奥底から、熱が込み上げる。
心臓が一度、大きく脈打った。
ドクンッ。
全身を魔力が駆け巡る。
指先まで力が満ち、傷の痛みが遠のいていく。
視界が鮮明になった。
魔人の動きも、呼吸も、筋肉のわずかな収縮さえも読み取れる。
さっきまで絶望的だった相手が、今ではひどく遅く見えた。
「……なんだ?」
魔人が眉をひそめた。
「貴様、何をした?」
俺は答えなかった。
代わりに、地面を蹴った。
――ドンッ!!
足元の石畳が砕けた。
次の瞬間、俺は魔人の懐に入り込んでいた。
「なっ!?」
短剣を振るう。
甲殻の隙間を狙った一撃。
ガキィンッ!!
魔人が大剣で受け止めた。
だが、俺は止まらない。
剣を弾き、身体をひねり、空いた脇腹へ拳を叩き込む。
「ぐおっ!?」
魔人の巨体が横に吹き飛んだ。
壁に激突する。
轟音とともに石壁が陥没した。
「……馬鹿な」
魔人がゆっくりと立ち上がる。
「この私が、人間ごときに……!」
怒号。
魔人の全身から黒い魔力が噴き出した。
大剣が赤黒く輝く。
「消し飛べぇぇぇっ!!」
振り下ろされた大剣から、巨大な斬撃が放たれた。
地面を裂き、空気を震わせながら迫る破壊の奔流。
だが。
俺には、その軌道が見えていた。
半歩、右へ。
斬撃が頬をかすめて通過する。
そのまま踏み込み、魔人の腕を蹴り上げた。
大剣が宙を舞う。
「なっ――!」
「遅い」
俺は跳んだ。
魔人の顔面へ向かって、全力の蹴りを叩き込む。
鈍い音。
巨体が地面を滑り、石畳を何十メートルも削りながら吹き飛んだ。
それでも、魔人は立ち上がろうとした。
黒い魔力が集まり、甲殻の傷が塞がっていく。
「人間が……調子に乗るなぁぁぁっ!!」
魔人が咆哮した。
その身体が膨張する。
黒い角が伸び、背中から巨大な腕が二本生えた。
四本の腕。
四本の武器。
そのすべてが、俺へと向けられる。
「貴様を粉々に砕いてやる!」
「……しつこいな」
俺は息を吐いた。
まだ動ける。
まだ戦える。
なら、終わらせる。
魔人が一斉に斬りかかってきた。
右から大剣。
左から槍。
上から斧。
逃げ道を塞ぐように、最後の一撃が迫る。
だが、俺はそのすべてを紙一重でかわした。
身体をひねり、剣の腹を踏み、槍を蹴り上げる。
斧が空を切る。
その隙間を縫うように、俺は魔人の胸元へと飛び込んだ。
「これで――終わりだ!」
拳を握る。
魔力が一点に集まる。
白い光が腕を包み込み、周囲の空気が震えた。
俺の頭に浮かんだのは、たった一つの願いだった。
――二人を守る。
それだけでよかった。
「うおおおおおおおおっ!!」
拳が、魔人の胸に突き刺さった。
轟音。
白い閃光。
衝撃波が円形に広がり、周囲の瓦礫をまとめて吹き飛ばした。
魔人の身体が宙に浮く。
黒い甲殻が砕け散り、巨大な身体が後方へ弾き飛ばされた。
そして。
ドォォォォォンッ!!
魔人は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
静寂が訪れた。
舞い上がった粉塵が、ゆっくりと落ちていく。
俺は拳を下ろした。
「……勝った」
声が震えていた。
信じられなかった。
あれほど圧倒されていた相手を、倒したのだ。
俺は振り返った。
「ミナ! リリア! 無事か!?」
二人がこちらを見ている。
驚きと安堵が混ざった表情。
ミナが笑った。
「……すごいわ、レン」
リリアも、呆然としたまま呟いた。
「今の魔力……本当に人間なの?」
「失礼だな! 正真正銘、人間だよ!」
俺は胸を張った。
勝った。
今度こそ、格好よく決められた。
誰も赤ちゃんなんて呼べない。
これで俺も、少しは英雄らしく――。
《覚醒、終了》
……あ。
身体から、力が抜けた。
「……え?」
視界が揺れる。
足元が遠ざかる。
いや、違う。
俺の身体が、小さくなっている。
服がぶかぶかになり、短剣が手から滑り落ちた。
「……う?」
頭の中が、ぼんやりする。
さっきまで何をしていたんだっけ。
知らない場所。
大きな音。
知らない人。
怖い。
俺は目の前にいるミナを見上げた。
「……みな?」
ミナが駆け寄ってくる。
「レン! 大丈夫よ、もう終わったから!」
けれど、俺には彼女が何を言っているのか、うまく理解できなかった。
胸が苦しい。
涙が溢れる。
「ふえ……」
そして。
「ふえええええええん!!」
俺は泣いた。
ミナが慌てて俺を抱き上げる。
「よしよし! もう怖くないわよ!」
リリアは、倒れた魔人と俺を交互に見つめた。
「……あの化け物を一撃で倒した英雄が……」
「リリア、今は何も言わないで」
「……赤ちゃんになってる」
「言わないでって言ったでしょう!?」
俺はミナの服をぎゅっと掴んだ。
「……だっこ……」
ミナの表情が、一瞬で柔らかくなる。
「はいはい。抱っこね」
リリアは顔を覆った。
「……さっきの戦闘、記録に残しておこうかしら」
――やめろ。
俺の心のどこかが、そう叫んだ気がした。
しかし、その声は誰にも届かない。
こうして俺は、魔王軍幹部を圧倒的な力で撃破した。
そして戦いの直後。
仲間たちに抱っこされながら、人生で最も格好悪い勝利の余韻を味わうことになったのだった。
終わり
ここまで見てくださった方ありがとうございました!
まだまだ初心者です、これからも頑張っていきますので応援お願いします。




