第7章 オレンジ色のほどける想い
ーー数日後ーー
紗江はデスクで書類をまとめていた。社内のざわめきが遠くに聞こえる。そんな時、スマホが震える。画面には田島の名前。
――おつかれさまです。お仕事終わりましたら飲みにいきませんか?――
一瞬、胸が跳ねた。思わず姿勢を正し、すぐに返信する。
――こんにちは、ぜひ飲みに行きましょう――
――では先日のAmber Moonでお待ちしています――
――19時までには行けると思います――
――先に行って待っていますね――
――了解しました――
やり取りを終えた瞬間、胸に温かい熱が広がる。
その様子を見ていた澤口がヒョイと顔を出す。
「課長、デートですか?」
「ちょっと! 声大きい!」
怒りながらも、頬が熱くなる。自分がこんなにも浮き足立つとは思わなかった。
ーー就業後ーー
街の灯りが濡れた路面に映り、夜の冷気が心地よい。
紗江は早足でBARへ向かった。田島の楽曲が脳内で繰り返し流れ、歩くほどに鼓動が速くなる。
扉を開けると、柔らかなジャズの旋律が迎えた。
カウンター奥――
ロックのウィスキーを片手に、田島が静かに座っていた。
横顔ですら絵になる。
思わず足が止まる。
田島は紗江に気づき、ふっと微笑んだ。
その笑みに、紗江の胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「おつかれさま」
その一言が優しくて、紗江は思わず返した。
「またお会いできて……嬉しいです」
席に座り、紗江はカクテル「オレンジハートムーン」を注文する。
淡い光に照らされた液面が揺れ、2人はグラスを軽く合わせた。
「また会えるとは思っていませんでした」
「気になってたんです、あなたのこと」
言った瞬間、胸が熱くなる。
田島は驚いたように紗江を見つめ、少し照れたように笑う。
会話は自然に続き、仕事のこと、音楽のこと、互いの休日の過ごし方。
紗江は気づけばワインを三杯目にしていた。
「今日は飲みすぎ厳禁ですよ」
「田島さんがいるから大丈夫でしょ」
その時、田島のスマホが鳴る。
彼は「少し失礼」と席を立ち、店の外へ。
紗江はグラスを指でなぞりながら、ガラス越しに話す田島を見つめ続けた。
――十分後。
戻ってきた田島は少し困った顔をしていた。
「ごめん…仕事で呼び出されちゃって。あと一時間で行かないと」
胸が沈む。でも紗江は微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、帰りましょう」
店を出ると、夜風がふたりの間を通り抜けた。
タクシーを止めようと紗江が手を上げた瞬間――
腕を引かれ、田島の胸に抱き寄せられた。
時間が止まる。
30秒…いや、それ以上だったかもしれない。
田島の鼓動が、紗江の身体にそのまま伝わる。
甘く、少し切なく、でも確かな温度。
ゆっくり身体を離した田島は、紗江の目を見つめて言った。
「また…連絡する」
その言葉を残し、タクシーに乗り込む。
走り去る車を、紗江は呆然と見送った。
ふと空を見上げると、丸い月がやさしく輝いていた。
胸の奥で、田島の曲が静かに流れ続けている。
――恋が、始まった。
冬の空
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