緑の楽園と、青い侵略者
俺が、このポプラ村に来てから、初めての秋が訪れようとしていた。
俺の畑は、今や、村の誰もが羨むほどの、緑の楽園と化していた。
夏に収穫したポポイモや太陽トマトに続き、今、畑を彩っているのは、秋の作物たちだ。
ずっしりと重く、甘みの強い『カボチャモドキ』。
地面から、鮮やかなオレンジ色の頭をのぞかせている、『根っこニンジン』。
そして、何列にもわたって、豊かに葉を茂らせている、『葉っぱキャベツ』。
俺が教えた土作りの甲斐もあって、村全体の畑も、以前とは比べ物にならないほど、収穫量が増えていた。村には、活気が満ち溢れ、子供たちの笑い声が、絶えることはない。
漁業も軌道に乗り、食卓は、毎日、豊かだった。
これこそ、俺が望んだ、完璧なスローライフ。
穏やかで、満ち足りた、理想郷。
……だが、俺は、知っている。
物語というものは、決して、平坦な道ばかりでは、ないということを。
たとえ、そこに、神(作者)の悪意がなくとも、人生には、予期せぬ『厄介事』が、つきものなのだ。
その日、事件は、起こった。
朝、いつものように、畑の見回りに出た俺は、自分の目を、疑った。
「……なんだ、これ……」
俺の、丹精込めて育てた、葉っぱキャベツの葉が、あちこち、何者かに、かじり取られていたのだ。
そのかじり跡は、まるで、スプーンでえぐったかのように、半円状の、滑らかな形をしている。
虫の仕業ではない。鳥でも、獣でもない。
俺が、畑の畝の間を、注意深く調べていくと、地面に、キラリと光る、青い、ゼリー状の液体が、点々と付着しているのを発見した。
その瞬間、俺の脳内に、一つの、嫌な予感が、よぎった。
俺は、その液体の跡を、辿っていく。
そして、葉っぱキャベツの、大きな葉の裏に、それを見つけた。
ぷるぷる、と、小刻みに震える、半透明の、青い塊。
大きさは、拳ほど。
スライムだ。
この世界で、最も弱く、最もありふれた、あの魔物。
だが、そいつは、一匹ではなかった。
葉をめくるたびに、いる、いる。何匹も、何十匹も、いる。
奴らは、俺の育てた、栄養満点のキャベツの葉を、ムシャムシャと、美味そうに、食べていやがった。
「……てめえら……!」
俺が、怒りの声を発すると、スライムたちは、驚いたように、一斉に、葉の裏から飛び出した。
そして、その、丸くて、すばしっこい体で、地面を、ピョンピョンと跳ねながら、あっという間に、畑の外へと、逃げ去っていった。
その日の午後、村の広場は、緊急の集会で、騒然となっていた。
被害は、俺の畑だけではなかった。
村中の、全ての畑で、同じように、スライムによる、食害が、発生していたのだ。
「一体、どうなってやがるんだ! 今まで、こんなこと、なかったぞ!」
「あいつら、すばしっこくて、捕まえようにも、すぐに逃げやがる!」
「このままじゃ、秋の収穫が、全滅しちまう!」
村人たちの、悲痛な声。
俺は、腕を組みながら、冷静に、状況を分析していた。
これは、一種の、異常発生だ。
おそらく、俺たちが、畑の土を豊かにし、栄養価の高い野菜を、大量に作ったことで、それを嗅ぎつけたスライムたちが、どこからともなく、大量に、集まってきてしまったのだろう。
皮肉な話だ。俺たちの努力が、逆に、新たな『敵』を、呼び寄せてしまったのだから。
殺虫剤や、忌避剤のような、便利なものはない。
一体一体、手で駆除するには、数が多すぎるし、何より、すばしっこくて、捕まえられない。
柵や、ネットで、畑を囲う? それも、気休めにしかならないだろう。奴らは、半液状の体で、どんな小さな隙間からでも、侵入してくるはずだ。
打つ手なしか……?
俺たちの、初めての、村ぐるみの、大きな試練。
このまま、俺たちの楽園は、青い侵略者たちに、食い尽くされてしまうのか。
俺が、頭を悩ませていると、ふと、ある考えが、頭に浮かんだ。
そうだ。
敵を、力で排除するのではなく、敵の『習性』を、利用するんだ。
「……みんな、聞いてくれ。一つ、試してみたいことがある」
俺は、村人たちに向かって、静かに、語り始めた。
それは、成功するかどうか、分からない、一つの『賭け』。
俺の、農業スローライフは、今、初めての、大きな壁に、ぶち当たっていた。
そして、この壁を乗り越える鍵もまた、俺が、これまでに培ってきた、農業の『知識』の中に、隠されているはずだった。




