イベント発生の予感
薬草採取なんてものは、実に平和でいい。危険な魔物に遭遇することもないし、劇的な展開も起こりようがない。鼻歌交じりでギルドへの帰り道を歩いていた、その時だった。
「―――っ!」
路地裏から聞こえた、短い悲鳴。
その瞬間、俺はピタリと足を止めた。背中に、嫌な汗がじわりと滲む。
(嘘だろ……)
恐る恐る、音のした方を覗き込む。そこには、物語のテンプレを煮詰めて固めたような光景が広がっていた。
ガラの悪いチンピラ風の男たち。彼らに囲まれているのは、怯えた表情で震える一人の少女。月明かりに照らされたその髪は、まるで溶かした銀のように輝き、長く尖った耳は彼女がエルフであることを示していた。極めつけに、その首には真新しい隷属の首輪がはめられている。
(うわ、出たよ…。テンプレの塊みたいなヒロイン登場イベントだ)
脳内で冷静な自分が状況を分析する。間違いない。これは「囚われのヒロインを助けて、好感度をゲットする」という、ラノベで百万回は見た強制イベントだ。ここで関われば、間違いなく面倒なことになる。この少女は、今後の俺の人生に深く関わる「ハーレム要員」に違いなかった。
「冗談じゃない」
俺は静かに呟くと、踵を返した。見て見ぬふりだ。関わらなければ、イベントは発生しない。俺はモブ。モブはヒロインを助けたりしない。それがこの世界の鉄則のはずだ。俺は自分の平穏な日常を守るため、足早にその場を去ろうとした。
―――はずだった。