神(作者)の殺意と1フレーム単位の回避(人力TAS)
再び、あの忌まわしき「嘆きの洞窟」と、その先の沼地へ戻ってきた。今回は俺一人だ。ルナはギルドで待たせている。これ以上、彼女を物語の厄介事に巻き込むわけにはいかない。
「さて、始めますか。神(作者)のクソゲーのデバッグ作業をな」
俺は独りごちると、沼地へと足を踏み入れた。先ほどS級パーティをハメた場所は、彼らがもがいた痕跡が生々しく残っているだけで、もぬけの殻だった。どうやら、自力で脱出した後、さらに奥で別の罠にハマったらしい。ご苦労なことだ。
俺が一人になったことで、作者の殺意は前回とは比較にならないほど高まっているのが、肌で感じられた。もはや、俺を主人公にしようなどという生温い考えは捨てたのだろう。シナリオを破壊するバグ(俺)を、全力で排除しにきている。
一歩、足を踏み出す。その瞬間、俺の真横の地面から、鋭い石の槍がミリ単位の誤差で突き出した。俺がコンマ1秒でも遅れていれば、串刺しは免れなかっただろう。
「危ねえな、おい」
俺は悪態をつきながら、ひらりと身をかわす。メタ知識によれば、これは『初心者の油断を誘う初見殺しトラップ』だ。
さらに進むと、今度は頭上から巨大な岩が降ってきた。だが、俺はそれが落ちてくる3秒前に、まるで予知していたかのように真横にステップして回避する。岩が地面に激突し、轟音と土煙を上げた。
「タイミングが甘いんだよ、作者。落下系トラップは、影の動きでバレバレだ」
これは、もはや救出クエストではない。俺と作者の、1対1のタイマン勝負だ。作者は、物語の創造主としての権限を濫用し、地形や自然現象そのものを武器として俺に襲いかかる。対する俺は、ラノベやゲームで培った「お約束」の知識を総動員し、その全てを予測し、回避していく。
まるで、高難易度のアクションゲームをプレイしているかのようだ。
作者が仕掛ける罠を、俺は紙一重で、ミリ単位で見切っていく。
『隠し毒矢』――矢が飛んでくる軌道を予測し、木の幹を盾にする。
『幻覚の花粉』――花粉が散布される前に、布で口と鼻を覆う。
『人食い植物の触手』――触手が伸びてくるであろう地面の亀裂を、飛び越える。
「ちっ、しつこいな……!」
次から次へと繰り出される殺意のフルコースに、さすがの俺も悪態が止まらない。
その時、俺の前方に、一体の巨大な魔物――『沼地の主』が姿を現した。全身がぬめった鱗で覆われ、その口からは絶えず毒の息吹が漏れている。S級パーティですら苦戦するであろう、Aランク相当の強敵だ。
「グシャアアアアアッ!」
リザードロードが、俺を排除すべく咆哮を上げる。作者が仕掛けた、正攻法の障害物だ。
だが、俺はこいつと戦う気など毛頭ない。
「おい、トカゲ。お前の晩飯は俺じゃない。あっちだ」
俺はリザードロードの注意を引くと、一目散に走り出した。向かう先は、この沼地で最も危険なエリア――作者が俺を確実に仕留めるために用意した、最終トラップ地帯だ。
リザードロードが、猛然と俺を追ってくる。
俺は、まるでダンスを踊るように、完璧なステップで次々と罠を回避していく。
地面から突き出す槍を、ジャンプで飛び越える。
横から薙ぎ払われる巨大な刃を、スライディングで潜り抜ける。
そして、俺のすぐ後ろを追ってくるリザードロードは、その全ての罠に、面白いようにハマっていった。
槍が腹に突き刺さり、刃が尻尾を切り裂く。
「グギャアアアッ!?」
リザードロードが混乱し、暴れまわる。その巨体が、周囲の罠をさらに起動させていく。
「おらおら、どうした! 主人公補正がないと、こんなもんかよ!」
俺はリザードロードを挑発しながら、最後の仕上げにかかる。
俺が最終トラップ地帯の出口にたどり着いた瞬間、俺の背後で、リザードロードの断末魔の叫びと、複数の罠が連鎖的に発動する壮絶な破壊音が響き渡った。
振り返れば、そこには罠と魔物の残骸が転がる、無残な光景だけが広がっていた。
俺は、汗一つかかずに肩をすくめる。
「敵は、敵にぶつけるのが一番だな」
作者が俺を殺すために用意した最強の駒は、同じく作者が用意した最強の罠によって、相打ちという形で自滅した。
俺はただ、その間をすり抜けてきただけ。
これぞ、究極の漁夫の利。
脳内で、作者が怒りのあまり僕というコントローラーを床に叩きつける幻覚が見えた。
さあ、前座は終わりだ。本命のS級パーティを『回収』しに行くとしよう。




