神(作者)の罠を利用した追跡者(ストーカー)撃退法
ダンジョンを飛び出した俺は、ルナの手を引いて足早に街への道を急いでいた。S級パーティの決めポーズを台無しにしてしまった気まずさもあるが、それ以上に、俺のメタ知識が警鐘を鳴らし続けているからだ。
(絶対についてきてる……!)
間違いない。背後、それもかなり離れた位置から、複数の気配が俺たちを追跡してきている。S級パーティの連中だ。俺の正体や、あの不可解な一撃に興味を持ったのだろう。これもまた、物語の強制力の一環。「謎の新人」と「伝説の英雄」との接触イベントだ。
「面倒くさいことこの上ない……」
「ミナセさん、何か言いました?」
「いや、なんでもない。少し急ぐぞ」
このまま街に戻れば、ギルドや宿屋で待ち伏せされるのがオチだ。かといって、撒こうにも相手は歴戦の勇者たち。普通の手段では逃げ切れない。
(どうする……?奴らをどうやって諦めさせる……?)
脳をフル回転させて思考する。その時、俺はふと、森の奥に不自然に存在する「沼地」が目に入った。昨日、ギルドの依頼掲示板で見た、誰も近寄らない危険地帯だ。
そして、俺の脳内に、作者(神)が俺を陥れるために用意していたであろう、もう一つの罠の存在が閃光のようにひらめいた。
(なるほどな。俺がS級パーティと接触しなかった場合、こっちの罠にハメるつもりだったのか、作者よ)
俺の口元に、悪魔的な笑みが浮かんだ。
「いいだろう。お前が作ったその舞台、そっくりそのまま、あのストーカー共にプレゼントしてやる」
俺はわざとらしく、S級パーティに気づかれるギリギリの大きさでルナに話しかけた。
「ルナ、こっちだ! この先の沼地を抜ければ、街への近道になる!」
「えっ、でも、あの沼地は危険だと……」
「大丈夫だ! 俺に考えがある!」
俺はそう言うと、ルナを連れて沼地へと続く獣道へわざと足を踏み入れた。背後の気配も、少しの躊躇の後、ついてくるのがわかる。よし、食いついた。
沼地に入ると、俺はすぐに立ち止まり、地面のぬかるみや、怪しげな植物の配置を入念に確認し始めた。
「いいか、ルナ。この沼にはな、作者――いや、神の悪意が満ちている。一歩でも踏み外せば、即死級のトラップが発動するぞ」
俺はメタ知識をフル活用し、作者が「主人公(俺)を絶体絶命のピンチに陥らせ、覚醒させるため」に設置したであろう、極悪非道な罠の位置をすべて正確に見抜いていた。
「あの光る苔は『麻痺胞子』だ。触れた瞬間に全身が動かなくなる。あの水たまりは『底なし沼』の入り口。あの枯れ木は、体重がかかると『毒針の雨』を降らせるスイッチになってる」
俺は、まるで観光ガイドのように、一つ一つの罠をルナに指し示して解説していく。そして、それらを完璧に回避できる、唯一の安全なルートを選んで、ゆっくりと進み始めた。
「俺が踏んだ場所と全く同じ場所を踏め。いいな?」
「は、はい……!」
俺たちの奇妙な沼地散策を、S級パーティの連中は物陰から固唾を飲んで見守っているだろう。彼らにとっては、俺がまるで神がかり的な危機回避能力を持っているように見えるはずだ。
そして、沼地の中ほどまで来た時だった。
「よし、今だ!」
俺はルナを安全な岩場に押し上げると、追跡者たちが隠れているであろう茂みに向かって大声で叫んだ!
「そこのS級パーティの皆さん! 見てないで助けてください! 凶暴な魔物が現れました!」
もちろん、魔物などどこにもいない。完全なハッタリだ。
俺の不意打ちに、茂みからS級パーティの四人が慌てて飛び出してくる。
「なっ!? なぜ我々の存在を!?」
「話は後だ! とにかく、そいつを囲んでくれ!」
俺はそう叫ぶと、彼らが踏み出そうとしている足元を指差した。
「そこだ! そこが奴の弱点だ!」
俺が指差した場所。そこは、俺が先ほど確認した、この沼地で最も凶悪な複合トラップ――『底なし沼』と『麻痺胞子』と『毒針』が連動して発動する、作者渾身のキルゾーンだった。
「くらえええええええっ!」
S級パーティのリーダーである剣士は、俺の言葉を信じ切って、その場所に渾身の一撃を叩き込んだ。
次の瞬間、世界が地獄に変わった。
剣士の足元が陥没し、底なし沼が口を開ける。同時に周囲の苔から麻痺胞子が一斉に噴出し、上空の枯れ木からは無数の毒針が豪雨のように降り注いだ!
「「「「ぎゃあああああああああっ!!」」」」
S級パーティの悲鳴が、沼地にこだました。
彼らは伝説の英雄だ。この程度の罠で死ぬことはないだろう。だが、しばらく動けなくなることは確実だ。
俺は、泥と胞子と毒針にまみれてもがく彼らに向かって、慈悲深い笑みを浮かべた。
「皆さん、ご武運を! あとは、よしなに!」
そう言い残し、俺は呆然とするルナの手を引いて、悠々と沼地を脱出した。
神(作者)が俺のために用意した罠で、神(作者)が俺に接触させるために用意したキャラクターを返り討ちにする。これ以上の皮肉と屈辱はないだろう。
脳内で、作者が悔しさのあまりキーボードを叩き割る音が、確かに聞こえた気がした。




