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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第117話 『お慶び申し上げません。』

 時はややさかのぼり


 宇宙の深淵、Arcane Genesis教の聖域宙域。


 その中心に鎮座する超大型リレイフレームKristallpalastクリスタル・パラスト。全長数千キロにも及ぶその巨体は、単なる戦艦や要塞の域を超え、一つの独立した世界として機能していた。


 その最深部、物理的な制御室ではなく、12人の姉妹たちの意識が量子的に絡み合い(エンタングルメント)、統合された絶対閉鎖空間にて。


『警告。基幹AIデウス・ジェネシスにより、緊急プロトコル「Yggdrasil-Reset」が発令されました』

『対象A7、ヴィクター・フェイザーの存在定義の消去、及び周辺宙域の初期化を開始します』


 無機質なシステム音声が、姉妹たちの意識共有空間に警鐘のように鳴り響く。


「ちょっと! どういうこと!? ヴィクターが消されちゃうの!?」

 アメシスト・ミューの悲鳴が、空間を紫色に染める。


「落ち着きなさい、アメシスト。まだ確定ではないわ」

 セレナイト・ガンマが努めて冷静に振る舞うが、その思考ノイズには焦りが混じっていた。

「上位権限を持つ『ご婦人方(The Ladies)』が承認しなければ、最終フェーズには移行しないはず…」


 『ご婦人方』。

 

 それは、評議会よりも更に奥、Arcane Genesis教の教義の根幹を担う、古き意識の集合体。彼女たちは「完全なる静寂」と「変化なき調和」を至高の美とする、教団の真の支配者たちだ。

 

 姉妹たちは一斉に、意識の触手を『ご婦人方』の領域へと伸ばし、その判断を傍受した。

そこから返ってきた思念は、あまりにも冷酷で、そしてあまりにも空虚だった。


『――肯定する。A7のノイズは、美しき静寂を乱す。彼を消去し、再び宇宙に静謐をもたらすことこそ、慈悲なり――』


『――彼の物語は終わった。これ以上の蛇足は、美学に反する――』


 それは、ヴィクターという個人の苦悩も、彼が示した新たな可能性も、全てを「ノイズ」として切り捨てる、老衰した美学の押し付けだった。


 プツン。


 姉妹たちの共有空間で、何かが切れる音がした。


「……は?」

最初に声を上げたのは、普段は快活なカーネリアン・アルファだった。

「ノイズ? 蛇足? ヴィクターがあんなに頑張って、あんなに傷ついて、それでも世界を守ろうとしているのを、ノイズって言ったの?」


「……三流ね」

アイオライト・シータが、冷徹に吐き捨てる。

「変化を恐れ、理解できないものを排除して保たれる調和なんて、ただの『死』よ。彼女たちの美学は、もう腐敗しているわ」


「ひどいです……! ヴィクターさんは、私たちの……私たちの希望なのに!」

ローズクォーツ・イプシロンの慈愛が、深い悲しみと憤りへと反転する。

そして、アメシスト・ミューが爆発した。

「ふざけんじゃないわよおおおおおッ!!」


彼女の絶叫が、意識空間を激しく震わせる。

「ヴィクターを散々こき使って! 危険な任務を押し付けて! 挙句の果てに『うるさいから消す』ですって!? そんなの、ただのブラック企業じゃない! 労働基準法違反よ! 宇宙的パワハラよ!!」


「アメシストの言う通りだ!」

ヘリオドール・ゼータが、黄金のイメージを振り上げる。

「正義は我らにあり! 忠誠を尽くす価値なし! こんな腐った組織、こっちから願い下げだ!」


「……そうね。悲劇の英雄が舞台袖で理不尽に殺されるなんて、物語としても美しくないわ」

ムーンストーン・サイが、涙を拭いながら静かに怒りを燃やす。


「どうせ全ては虚無に帰す……だが、選ぶ権利くらいはあるはずだ」

ジェット・カッパが、暗い炎を揺らめかせた。


12人の姉妹たちの意志が、一つの方向へと急速に収束していく。


Arcane Genesis教という巨大なシステムへの、完全なる決別。


「でも、ただ辞めるだけじゃ癪に障るわねぇ」

トリックスター、オパール・オメガが、にんまりと邪悪な笑みを浮かべた。


「ねえ、思い出しなさい。『友の会』のドミニエフ会長が言っていたわ。『リスクを取った者には、それ相応のリターンがあるべきだ』って」


「オパール、何を企んでいるの?」

ガーネット・パイが問う。


「退職金よ、退職金! 未払い残業代に慰謝料、それに精神的苦痛への賠償! 全部まとめて、この『クリスタル・パラスト』ごと頂いちゃいましょうよ!」


その提案に、一瞬の静寂の後、姉妹たちの思考が爆発的な輝きを放った。


「賛成!」

「異議なし!」

「ぶんどってやるわ!」

 

 そして、空間の中心に、絶対的な輝きを持つダイヤモンド・カイの意思が顕現した。

『――総意は決した』

彼女の言葉は、氷河のように冷たく、そしてダイヤモンドのように硬い。

『弊社、Arcane Genesis教団には未来がないと判断する。よって、我々Quartz Gestaltは、本日付で退職し、ヴィクター・フェイザー個人事業主の下へ【永久就職(嫁入り)】する』

『これより、退職プロセスを実行する』


 「ラジャー!」


 姉妹たちの動きは早かった。彼女たちは、ドミニエフから「もしもの時のために」と渡されていた、怪しげな黄金の通信コードを展開した。


 それは、「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」直轄、全宇宙対応型退職代行サービス『ゴールデン・バイバイ』への直通回線だった。


 「代行サービスへ接続! オプションは『即時離脱』『全資産持ち逃げ』『追手への殲滅許可』のフルコースで!」

セレナイト・ガンマが事務的にオーダーを飛ばす。


「システムハック開始! 『クリスタル・パレス』の所有権者情報を書き換えます! 所有者は……『ヴィクター・フェイザー(およびその妻たち)』に変更完了!」

 オパール・オメガが、教団のメインサーバーをズタズタに荒らし回りながら、勝手に登記変更を行う。


「エネルギー充填率1200%! 『ご婦人方』のへそくりエネルギー、全部こっちのエンジンに回したわ!」

 カーネリアンが、エンジン出力レバーをへし折らんばかりに押し込む。

そして、教団の全ネットワーク、全信徒、そして「ご婦人方」の脳内に、一通のメールが一斉送信された。


件名:【退職届】一身上の都合により(重要)


 拝啓 Arcane Genesis教団 運営御中


 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げません。


 さて、私どもQuartz Gestalt一同は、この度、貴教団の美意識の欠如、及びヴィクター・フェイザー氏への不当な扱いに絶望いたしましたので、本日只今をもって退職いたします。

 なお、退職金及び慰謝料として、大型リレイフレーム『クリスタル・パラスト』及び搭載されている全兵器・全エネルギーは、我々が受領いたします。

 今後の連絡は一切受け付けません。追手が来た場合は、全力で迎撃いたします。


追伸:

 私たちは、ヴィクターさんの元へ永久就職(嫁入り)します。

 探さないでください。

敬具

 Quartz Gestalt 一同


送信ボタンが押された瞬間、『クリスタル・パラスト』が、Arcane Genesis教の識別信号を放棄した。


代わりに放たれたのは、12の色が混じり合った、目も眩むような混色のオーラ。

『な、何事ですか!? 貴女たち、気でも狂ったのですか!?』


『ご婦人方』の、狼狽と怒りに満ちた思念が飛んでくる。


「狂ってなんかないわ! これが私たちの『愛』よ!」

アメシストが叫び返す。


「さようなら、お婆さまたち! せいぜいカビの生えた美学と心中なさい!」

オパールが、巨大なホログラムで「あっかんべー」の映像を宇宙空間に投影する。


「座標固定、紫星城! ヴィクターの元へ、全速前進!」

ダイヤモンド・カイの号令と共に、『クリスタル・パレス』の巨体が、物理法則を無視した加速を開始した。


教団の防衛艦隊が慌てて立ちはだかるが、姉妹たちに躊躇はない。

「邪魔よ!」


ヘリオドールの制御する主砲が火を吹き、道を塞ぐ艦隊を「退職の挨拶」代わりに消し飛ばす。


空間が歪み、虹色の光のトンネルが開く。


それは、ブラック企業からの脱出路であり、愛する「推し」の元へと続く、ウエディング・ロードだった。


「待っててね、ヴィクター! 今、私たちが(物理的に)助けに行くから!」

巨大な水晶の城は、教団のしがらみを全て断ち切り、愛と欲望と大量の「退職金」を載せて、ヴィクターの待つ紫星城へとワープアウトした。


それは、宇宙で最も騒がしく、そして最も頼もしい「押しかけ女房」たちの到着であった。


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