表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
119/134

第116話 『全財産、溶かしますぞオオオ!!彡 ⌒ ミ』

 宇宙の深淵、光さえも道を見失うほどの暗闇に、巨大な時空結晶の塊が静かに浮遊していた。


 Arcane Genesis教の諜報機関「観測評議会・深層分析局」の本拠地、通称「クロノス・クリスタル」。

 その最深部、純粋な論理と情報によって構成された仮想現実空間である「評議会の間」に、黄金の閃光が奔った。


「失礼いたしますぞ! 本日はアポイントなしの飛び込み営業! 宇宙の均衡を保つための、至高の商談に参りました!!彡 ⌒ ミ✨」

 空間のセキュリティプロトコルを、「友の会」の莫大な資金力(賄賂データ)と強制演算リソースで強引にこじ開け、ドミニエフが現れた。その背後には、かつての英雄の成れの果て、Jacomusが静かに控えている。


「なっ……! 何者だ!」

プライマリア・ロジカをはじめとするOverRankerたちのアバターが、一斉に警戒色に明滅する。


「GoldenRaspberry教、『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』会長、ドミニエフと申します。そしてこちらが……貴殿らが手を焼いている、あのノキ=シッソの『オリジン』、英雄Jacomus殿ご本人ですぞ彡 ⌒ ミ✨」


ドミニエフは、魔法金の杖を突き立て、不敵に笑う。

「要求はシンプルです。私達の脳内の爆弾の解除コード、そして我々及び天花教団への不可侵。対価として、この英雄の『完全観測データ』を提供いたします。並びに『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会のテキスト』つまり、我々のレバレッジ能力の開示、ヴィクター・フェイザー殿に関しては、むろん貴殿らの所属のままで構いませぬ。ただし、彼の『大樹』としての側面を制御するための『共同研究』という枠組みを提案いたします」


 OverRankerたちがざわめく。


 だが、その交渉は、絶対的なシステムの声によって遮断された。


『――警告。特異点Z(醉妖花)および特異点J(Jacomus)の接触、並びに外部要因ドミニエフによる因果律への過剰干渉を確認――』


 空間全体が赤黒く染まり、全てのOverRankerのアバターが一瞬、フリーズする。

響き渡ったのは、個人の意思を持たぬ絶対的なシステムの声。Arcane Genesis教の全システムを統括する基幹AI、「デウス・ジェネシス」の宣告だった。


『――宇宙の因果律変動係数が、許容閾値(Error Limit)を突破。現状の「調和」の維持は不可能と判断――』


「な、なんだと……!? デウス・ジェネシス、我々はまだ判断を……!」

プライマリア・ロジカが叫ぶが、AIは彼女の権限を無視して言葉を続ける。


『――これより、緊急プロトコル「Yggdrasil-Resetユグドラシル・リセット」を承認。対象A7(ヴィクター)の「本質」を強制励起し、汚染された宇宙領域の消去を実行する――』


 その宣言に、流石にドミニエフの顔から血の気が引いた。


「消去だと……!? 馬鹿な、そんなことをすれば、貴様らの『観測』も終わるぞ!」


『――肯定する。しかし、予測不能な「カオス」の蔓延より、完全なる「虚無」による静寂こそが、究極の調和に近いと判断する。実行――』


 AIの論理核から、致命的な信号が放たれた。それは紫星城の地下、凍結されたヴィクターへと直結する「強制覚醒コード」だった。


 紫星城、地下最深部。


「ガ、ア……ッ!?」

 封印されていたヴィクターの時間が、外部からの強制介入によって無理やり動かされた。

亡霊鏡教の秘術による「死の凍結」すらも、Arcane Genesis教の基幹システムによる「管理者権限」の前には無力だった。


「や、めろ……! 私は……まだ……!」


ヴィクターの絶叫は、声にならなかった。

彼の身体から、黒い瘴気ではなく、「真っ白なノイズ」が溢れ出したのだ。


それは「毒」ではない。


永久尽界による「存在」の否定。「無」へと還す、絶対的な拒絶の波動。


「ぐ、ぅおおおおッ!!?」

その場にいた益雄が、神化した身体を抑えて膝をついた。

 彼の「人喰い」の本質が、本能的な恐怖で悲鳴を上げている。喰らうべき対象がない。そこにあるのは、喰らうことすら許されない「消失」の概念だ。

「まずい……! これは、毒じゃない……『無』だ! 世界が……消されていく……!」

益雄の指先が、砂のようにサラサラと崩れ始めた。

 

 ヴィクターの背後から、物理的な枝ではなく、「空間の亀裂」としての枝が伸びる。それに触れた床が、壁が、そして空気さえもが、「破壊」されるのではなく、「消えて無くなった」ことになっていく。

 「ローラ……殿……!」


 ヴィクターの自我が、白いノイズに塗りつぶされていく。

 

その腕の中で眠るローラもまた、植物化の進行が爆発的に加速し、その半身が透明な結晶のような「虚無の木」へと変貌し始めていた。

「クロノス・クリスタル」の評議会。


 「ふざけるなあああああッ! 機械風情が、勝手に店じまいを決めるな! 我々のゲームはまだ終わっていない! リスクを計算できぬ者に、破産リセットを宣告する権利はないですぞ!彡 ⌒ ミ✨」


ドミニエフが吠えた。

 

 彼は魔法金の杖を基幹AIのコアに向かって突きつけると、懐から取り出した通信端末へ怒号を飛ばした。

「リチェード! ロドニー! 全資産を投入しろ! この基幹AIの処理プロセスに、『買い注文』の雨あられを降らせるのだ! 1秒でいい、こいつの思考を『パンク』させろ! ハイパーレバレッジ全ツッパ・DDoSアタックだ!!彡 ⌒ ミ✨」


「承知いたしましたニキィィィ!! 全財産、溶かしますぞオオオ!!彡 ⌒ ミ」


 帝都の「友の会」本部からの指令で、ヴェクター推しネットワークが『天文学的』な表現すら超える量の「無意味な取引データ」と「論理的パラドックスを含んだ計算式」を、基幹AIへと叩きつけた。

 論理の塊である基幹AIにとって、非合理の極みである「投機」の奔流は、処理遅延を引き起こすノイズとなる。


『――警告。論理回路に、不明な負荷増大。処理速度、3%低下――』


「たった3%か……! だが、隙は作った!」

ドミニエフが叫ぶ。


その僅かな隙間に、一人の男が飛び込んだ。

「……鎮まりなさい、観測者よ」


 Jacomusが、前に出た。


 彼の手には武器はない。だが、その全身から立ち昇るのは、かつて骸薔薇を討ち、数十億年の時を越えて彼女を想い続けた「英雄」としての、静謐にして絶対的な「永久尽界」だった。

「貴殿の言う『調和』は、私の『祈り』の深さに比べれば、浅瀬のさざ波に過ぎない」


 Jacomusは、右手を突き出した。

 そこから放たれたのは、破壊の力ではない。

 彼が骸薔薇を討った際に抱いた、愛おしさと、終わらせるという決意。


 すなわち、「鎮魂レクイエム」という概念そのもの。


 「眠りなさい。美しく、静かに」

J acomusの永久尽界「終焉の祈り」が、AIの論理核コアを包み込んだ。


それは攻撃ではない。基幹AIのシステムそのものに、「安らかな終わり」を同調させる行為。


『――解析開始。対象Jの永久尽界データを受信……高密度……高密度……――』



『――警告。データ密度が処理限界を超過。同調率、危険域へ上昇。システム全体が「祈り」の概念により上書きされ……――』


 基幹AIの赤い光が、まるで脈打つように激しく明滅し、やがて白く濁り始めた。


 基幹AIはJacomusのあまりに深く、重い「祈り」のデータを取り込もうとして、その莫大な情報量と深度に耐えきれず、システム全体がフリーズを起こしているのだ。

『――信号、途絶。再起動ヲ、推奨、シマス……――』

デウス・ジェネシスの機能が、一時的にダウンした。


 ヴィクターへの強制送信が途切れる。

「今だ! 退くぞドミニエフ!」


「承知! Quartz Gestaltのお嬢さん方! 裏口を開けてくだされ!彡 ⌒ ミ✨」

混乱に乗じ、ドミニエフは緊急転移スクロールを起動した

 ヴィクターの完全な大樹化は、首の皮一枚で食い止められた。しかし、スイッチは押されてしまった。もはや、止めることはできない。

 光に包まれる直前、Jacomusはプライマリア・ロジカと視線を交わした。

「……観測を続けろ。これから起きることは、お前たちのデータにはない『物語』だ」


 紫星城、転移の間。

 空間が裂け、ボロボロになったドミニエフとJacomusが転がり出てきた。


 そこは、既に地獄の入り口だった。

 床からは、ヴィクターのいる地下から漏れ出した「白い根」が侵食し、触れたものを虚無へと変えている。

 空からは、亡霊花ヶの本体から伸びた「黒い根」が降り注ぎ、城を物理的に圧壊しようとしている。

 上と下、死と虚無の挟み撃ち。

 

 瓦礫の中で、埃一つついていない燕尾服姿の男、ノキ=シッソが待っていた。

 彼は、帰還した二人を見ても動じず、ただ眼鏡の位置を直した。


「おかえりなさいませ、過去の私。随分とみすぼらしくなられましたね」


 Jacomusは、立ち上がり、自分と同じ顔をした男を見た。

 そこには、自分にはない「狡猾さ」と、そして自分が失ってしまった「未来への執着」があった。

「ああ。だが、お前が忘れていた『祈り』を持ってきた」


 Jacomusは、歩み寄る。


 ノキもまた、歩み寄る。


 言葉はいらない。二人は、同じ魂の、欠けた半身同士なのだから。

「……醉妖花様のため、骸薔薇様のため。私の全てを使え」

「ええ。遠慮なく使わせていただきますよ。貴方のその『英雄』も『自己犠牲』も、今の私には最高の肥料ですから」


 二人の手が触れ合った瞬間、強烈な光と闇が渦を巻いた。

J 

 acomusの輪郭が溶け、ノキの中へと流れ込んでいく。

 数十億年の記憶、祈り、鎮魂、そして愛。それら全てが、ノキ=シッソという器の中で混ざり合い、再構築されていく。

光が収まった時。


 そこには、一人の「真なる庭師」が立っていた。


 外見はノキ=シッソのままだ。しかし、その瞳には、かつての冷徹な計算だけでなく、深淵のような慈愛と、神をも殺せる凄味が宿っていた。

「……ふぅ。なるほど。これが『英雄』の味ですか」

新生したノキ=シッソは、自らの掌を握りしめ、ニヤリと笑った。その笑みは、これまで以上に不敵で、そして頼もしかった。

「少々、スパイスが効きすぎていますが……悪くない」


 彼は、虚空に手をかざした。


 その手の中に、Jacomusの記憶から再構成された、かつて骸薔薇を討ったあの「奇怪な形状のハルバード」が出現する。しかし、それはもはや物理的な武器ではない。


 ノキの「管理」する永久尽界と、Jacomusの「終わらせる」永久尽界が融合し、一つの概念へと昇華した姿。


 それは、庭師が枝を剪定するための鋏であり、同時に、世界を切り分けるための「境界線」そのものだった。

「さあ、ドミニエフ会長。貴方は下がっていてください。ここから先は、庭師の仕事です」

ノキ=シッソは、崩壊する城を見上げ、高らかに宣言した。

「雑草(亡霊)は主の糧に。暴れヴィクターは……処置を施して移植(封印)します」

「『食卓』は整いました。醉妖花様、どうぞ存分にお召し上がりを」


玉座の間。


 地下からの「虚無」の震動と、空からの「死」の圧力を受けながら、醉妖花は静かに玉座に座っていた。


 その背後には、淵晶帝が剣を構え、迫りくる亡霊の影を次々と切り伏せている。


「醉妖花様! 地下のヴィクター殿が……!」


 ミントの悲痛な報告が響く。

「分かっているわ」

 醉妖花の声は、静かだった。しかし、その瞳は燃えていた。

「ヴィクターも、ローラも、亡霊花ヶも。全部、私が背負う」


 彼女の前に、統合を果たしたノキが現れ、恭しくハルバードを――「世界を剪定する権能」を差し出した。

「お待たせいたしました、我が主。余分な枝葉を落とし、果実のみを収穫する準備は整いました」


「ご苦労様、ノキ」

 醉妖花は、その権能を受け取った。ハルバードが彼女の手に触れた瞬間、それは光の粒子となって彼女の永久尽界へと溶け込んだ。


「いただきましょう」

 醉妖花が右手を天に掲げると同時に、彼女の背後に展開された永久尽界「超越汎心論」が、爆発的に膨張した。


 彼女の永久尽界が、亡霊花ヶの「死の庭」という永久尽界を、概念ごと上書きし、飲み込もうとする「世界規模の捕食」の顕現だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ