6ー16 アルウェルス族会議
陽もまだ昇っていない時間だった。私が周りの音で起きると、みんな慌ただしそうにしていた。私は特にやることが思い付かず、二度寝しようかと思ったけれど、ペニナさんが馬車に入ってきて、私を起こした。
今日は、会議ということで、いつも着ている白無地の浴衣服の新品が用意されていた。仕立てて誰も袖を通していない新品ということだ。そして、驚いたのは、体に巻く包帯のような布だ。ペニナさんが、漆塗りされたと思われる黒光りしている木箱を重々しく両手で運んで来て、私の前でそれを開ける。箱の中には、明るく、原色の眩しい黄色の布が綺麗に折り重ねられて入っていた。
「本日はアリサ・ササキ様にも、こちらを着て戴きますようお願い申し上げます」とペニナさんが言う。
「わぁ、綺麗な色ですね。染め物でこんな綺麗な色が出せるんだぁ。凄く綺麗」と私は言った。
「クサレダマの色でございます」とペニナさんは言った。腐れ玉という風に思えて、一瞬固まったけれど、草蓮玉か、と思い直してホッとした。夏の季節にタキトス村の西の山に咲いていたのを憶えている。
「この色は、族長家の者しか付けることが出来ない色でございます」とペニナさんが説明をする。この色をつけれるのは、ロトラントさんとその妻達のみということだ。ロトラントさんご両親も、ロトラントさんの子供も付けることは出来ないらしい。
あれ? ロトラントさんに子供いたの? って疑問が思って聞いたら、驚き桃の木最初の木、プリスキラとの子が2人、シエルとの子が1人いるとのことだ。プリスキラとの子は、5歳の男の子と3歳の女の子。シエルとの子は2歳の男の子がいるとのこと。
「本当に? でもそんな話聞いたこともないし、後宮でも子供を見かけてないよ? そもそも子供がいるって話も聞いたことはないし」と私は言った。プリスキラが2児の母で、シエルも既に母だったとわ。
「乳離れしたら、子供の祖父母のもとで育てられますので後宮にはおられませんね。すでに祖父母が亡くなっている場合には、他の年長者のもとで育てられます。私も、アヒトフェル様に育てて戴きましたし」とペニナさんは言った。
「え? ペニナさんって、アヒトフェルさんの子供、いや、孫だったの?」と私はさらに驚く。
「いいえ。育てていただいたということです。血のつながりはございません」
「そ、そうだったんですね。ペニナさんのご両親は?」
「健在です。今日も来る筈ですので、お時間をいただいて挨拶に伺おうと思っております。よろしいですか?」とペニナさんにお伺いを立てられてしまった。
「もちろんです」と私は答えた。着付けをしてもらいながらペニナさんから聞いたところ、どうやらザンドロス国の部族は、家族という概念があまりないらしい。子供は一族の宝です、というペニナさんの言葉から察すると、一族という繋がりを大事にしているようだ。アルウェルス族全体が、家族みたいなものなのかも知れない。10万人を越える家族というのは多すぎるかもしれないけれど。プリスキラとシエルが子供がいることを話題にしないのは、ワシュテアがまだ子宝に恵まれていないからだろうとペニナさんは言った。
「プリスキラ様とシエル様がアリサ・ササキ様にお話をされないのも、気を使ってらっしゃるのでしょう」とペニナさんが言った。いや、妻ではない私にそんな気遣いは無用だと内心で思った。
なんだかんだ話を聞いていたら、ロトラントさんとその妻しか着用できないという黄色の布を体に巻かれてしまっていた。族長とその妻しか着れないんであれば、妻ではない私は遠慮しようと思っていたのだけれど、断るタイミングがうまく掴めなかった。
服を整え、朝食を食べ、私達は壇上の近くへと向かった。会議が始まる予定の6時間前に私達は、壇上の近くに移動して壇上の近くの場所を確保した。壇上で喋る肉声が届くような位置だ。そして、アルウェルス族の会議が始まる時間の少し前に、ロトラントさんも馬車で現れた。もう1人、服装的に偉い感じの人も馬車から降りて壇上へ登って行く。剃っているのか、剥げているのか、髪の毛のない人だった。
私達は長いこと待っていたというのにロトラントさんは重役出勤かよ、と心の中で私は愚痴った。
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会議は、ロトラントさんの「みんなよくぞ集まってくれた」とかの定型的な挨拶から始まった。
「既に皆承知しているだろうか、彼がザンドロス国王、シャシャイ・ハルト・アクシャフだ」とロトラントさんは、先ほどの髪の毛の無い人を紹介した。
ロトラントさんと最初に壇上に上がった人は、ザンドロス国王シャシャイだったようだし、みんなそれは知っている様子だった。国王のことを知らなかったのが、私だけだったりして……。
ロトラントさんは演説で、自分が和平路線を主張しているということをはっきりと言った。「これ以上は無益であるばかりか、有害である」とも言い切った。戦争継続を望んでいるのは、プリスキラの読み通り、国王だった。
話し合いの内容は、和平を望む人が多いようで、和平路線で話がおこなわれる。どうやら、壇上には、喋りたいひとが自由に登っていい仕組みらしい。
帰ってこない兵士の身を案じ、和平を主張する人。
アルウェルス族がまた兵士を出すのは、不公平であると主張する人。
税の負担が重い中で、これ以上負担が重くなることに不満を言う人。
わざわざ山を越えて他国を侵略する意味がないと言う人。
壇上に上がる人がすべて戦争継続反対派だ。
そして、驚いたのが、シエルまで壇上に上がり、彼女の兄であるザクトス・フォドルオン・アドラムが指揮した軍隊が負けたこと。彼女の兄が如何に有能な戦士であり、有能な指揮官であったかを説いた。そして、兄が指揮して勝てない相手とこれ以上戦うのは無謀であると言って、彼女は話を締めくくった。
戦争継続を考えているのはザンドロス国王だけのように思えた。かといって、戦争継続を主張するわけでもなく何も発言しない。黙って腕を組んで話を聞いているだけだ。反論もしないし、弁解もしない。
和平派の人達の発言が続く。日が暮れ始めると、あちこちで火を起こし始めた。私達の周りでもアヒトフェルさんが火を起こしてくれたのでその火を囲んで壇上の人の発言を聞く。
まさか徹夜でやるつもりじゃないよね、と心配になる。みんな真剣に話を聞いて様子だから、徹夜でやるの? なんていい加減な質問をできる雰囲気でもない。
ザンドロス国王、アクシャフ族長のシャシャイが壇上の前に立った。何かを言うつもりなのだろう。そして、聴衆が静かになると「勇敢なアルウェルス族よ。名も伝わっていない吟遊詩人が遥か昔に歌った哀歌を聞いてほしい」と彼は口を開いた。
「如何にして彼女は孤独となったのか。
勇敢で強かった偉大な一族の姫が、如何にして今は奴隷のようになってしまったのか。
何ゆえ彼女は怯えなければならないのか、自らの寝所に近寄ってくる足音に。
彼女は夜通し泣き悲しみ、その涙は頬を流れる。
彼女の愛するもののうちで、彼女を慰めるものはいない。
彼女は友とも引き離され、窓辺で孤独な日々を送る。
孤独と恥辱の中で彼女は思い起こした。
如何なることであろうか。
一族の勇敢な者たちが、剣を土に投げ捨て、異国の民の顔色を伺うようになったのは。
あれほど勇敢で、恐れを知らなかった者たちが。
彼らの剣は、土で汚れ、さび付き、もはや何も残ってはいない。
勇者たちは恐れを知らぬ獰猛な獣から子羊へと変わり、異国の羊飼いの鞭におびえている。
牧羊犬のうなり声に震え、身を寄せ合って縮こまっている。
彼女は問うた。
一族は誇りをことごとく失ったのでしょうかと。
私の衣服が剥ぎ取られたのと同じ様に、一族の誇りは奪われたのでしょうか。
彼らは、誇りを全て失ったのでしょうか。
彼らは羞恥ゆえに、私がシーツで身を隠そうとするのと同じ様で、
彼らも己の身を隠そうとするでしょうか。
彼らが隠れる場所は草原にあるのでしょうか。
窓辺に置かれた一輪の花は彼女に答えた。
いまさら彼らは何を恥らうというのか。
これ以上、何の恥があろうか。
異国の民におびえ、自らの王女を敵に売り渡した者たちに。
ハチドリは彼女に答えた。
いまさら彼らは何を恥らうというのか。
誰の目からその恥を隠そうというのか。
すでに彼らのことは遠き異国にまで知れ渡った。
異国の者たちは知っている。
臆病者とは、彼らの名であることを。
彼女は言った。
栄光はことごとく一族を去った。
青草を求めても得られず、彼らに与えられるのは腐り落ちた枯れ草だけなのか。
わたしの願いを聞いてください。
わたしを慰める者はなくとも、彼らを慰めるものがあらんことを。
彼らが栄光を再び手に入れることがあらんことを。」
ザンドロス国王は、語り終えると空を見上げた。アルウェルス族の人たちは静かだった。10万人以上のアルウェルス族がこの周りにいるはずなのに、まわりには薪の音しか聞こえなかった。
私も、というか、私ですら、この歌に登場する「彼女」が誰なのか分かった。アルウェルス族の人たちならきっと子供でも分かるだろう。
「敬愛するアルウェルス族よ。空を見上げよ。我々の頭上にある星が見えるだろうか。その星が語りかける言葉にも耳を傾けて欲しい。私が述べることは以上だ」とザンドロス国王は言った。
そして、投票が始まる。「戦争の継続か、和平か」。
戦争の継続が圧倒的に多かった。先ほど、厭戦の雰囲気が漂っていたにも関わらず、皆、総立ち。つまり、戦争継続を行うという意見に賛成をしている。みんな、空を見上げ、星を見つめたまま起立する。
「最期の最期でひっくり返されてしまったようね」とプリスキラが言った。険しい顔をしてそれに頷くシエル。
「さっきのダリア姫のことだよね?」と私は確認の意味をこめてワシュテアに聞いた。
ワシュテアは黙って首を縦に振った。
ロトラントさんから聞いたダリア姫の御伽噺とは違うダリア姫だった。物語をどのように捉えるか、ということだろうか。
「アルウェルス族の中のダリア姫像を完全に変えてしまったわね。きっと、これからダリア姫は、戦争の女神として崇められてしまうでしょうね」とシエルさんが言った。
「シャシャイ様は、ダリア姫が復讐を望んでいるかのように語ったわね」とワシュテアは言う。「既に、先の戦闘で亡くなった方は多くいるわ。その方々とダリア姫が重なり合い、復讐の女神、というようなダリア像が出来上がり、強固に戦争を後押ししていくことになるわ」とプリスキラさんがため息を吐きながら言った。
「でも、みんな戦争はやめたいんじゃなかったんですか? 戦争で無くなる人もいるし、働き手も減るし、税も増えるし。みんな嫌だって言っていたじゃないですか」と私は言った。
「さっきまでわね。だけど、一族の方針は決まったわ。一族で決めたことに異議を唱えることは許されないわ」とプリスキラさんが言った。
「私は、明日、父の所へ行きます。アドラム族も兵を出すように説得します」とシエルが言った。
「私もシムオン族を説得に向かうわ。ザンドロス国の12部族全てが一丸とならなければ、勝てないわ」とワシュテアが言った。
「私も一族も、説得しなければならないわね…… 難しいでしょうけど…… でも、出来るだけの兵を集めるわ」とプリスキラが言う。
私は、話について行けない。みんなの顔に切迫感がある。だけど、「あの、皆さん、さっきまで和平をしなければとか言ってませんでした?」と私は聞いた。聞かずにはいられなかった。
「もちろん、今も内心では和平が最善の手だと思っているわ。けれど、アルウェルス族は戦争継続を決めた。アルウェルス族に嫁いだ女として、最善を尽くすわ」とシエルさんが言った。
「やるからには勝たなければ、すべてが無駄になるわ」とワシュテアが言う。
私達は、会議場からすぐに移動し始めた。暗闇の中で馬車が走る。私は、眠ろうとしたが、馬車の揺れのせいか、後宮に戻るまで一睡も出来なかった。
読んでくださりありがとうございます。




