6ー14 アルウェルス族招集
招集が掛かったということを聞いて、私以外の全員が動き出した。各々浴槽に入って油を落としたり、片付けを始めている。ペニナさんも、他の人の手を借りながら箜篌を浴室の外へ運び出している。
「アリサも早く油を落としなさいよ」とワシュテアが言った。私は、状況が掴めずベッドにそのまま寝そべっていた。私も起き上がり、朝顔のような花びらが浮いている浴槽の中に遣った。浴槽の湯の水面には、プリスキラさん、シエルさん、ワシュテアさんの3人分のオイルの油がシャボン玉のように輝きながら浮いている。掛け流しの湯だから浮いた油は流れていくし、汚いというような感じではなかったけど。
「そもそも、招集って何ですか?」と私は首筋に付いた油を手で擦って落としながら聞いた。
「アリサは、まだアルウェルス族というわけではないから、招集に応じる必要はないのだけれど」と言って、プリスキラが話始めた。
要は、召集は、一族の重要なことを決めるアルウェルス族全員参加の会議を行うということだ。病気で身動きできない人などは例外としても、子供も参加するらしい。まぁ、選挙みたいなものなのだと私は理解した。古代ギリシャとかだと、直接選挙による意思決定が行われていたと歴史の授業で習った憶えがあるし、それと似たようなものなのだろう。
族長の一存を決めかねるような一族の今後に大きく影響しそうなことを決定する際なども、族長が一族全員を集めることはあるそうだ。
今回は、ザンドロス国王名義での召集ということで、おそらく、イコニオン国との戦争に関することが議題となる可能性というのが、プリスキラさんの予想だ。
「戦争をするかを決めるってことですか?」と私は聞いた。
「いえ、戦争は既に始まっています。終わらせるのか、継続するのかということを決めるのでしょう」とシエルさんが言った。タキトス村をザンドロス国の人たちが襲ったのは、戦争ということだったのだろう。私は、戦争が継続しているということに驚きと違和感を憶えた。戦争しているという割に、後宮は平和な感じだし、市場とかが開いているし。
「これ以上戦うのは無理ね。早く和平を結ぶように動いたほうがいいわ」とワシュテアが言った。
「そうね。おそらくロトラントは和平を国王や族長に対して提言しているはずです。今回の召集が王名義であることは、ロトラントと意見が対立したのでしょう。国王は戦争を継続したいのでしょうね」とプリスキラさんが言った。
「戦争を継続したとしても、勝ち目はないわ。和平をしなければ国が傾くわ」と、シエルさんは強い口調で言った。そして、プリスキラとワシュテアはそれに黙って頷く。
「アリサは、ザンドロス国とイコニオン国の戦争についてどう考えているの? イコニオンはあなたの育った国であるし」とプリスキラが言った。
「戦争は良くないですよね。平和が1番だと思います」と、私は言った。一般論を言ったつもりはない。タキトス村がまた襲われるということは、悲しいことだと思ったからそう言った。
「アルウェルス族全体としても厭戦気分だわね。前回の遠征でロトラント以外帰って来ていないという不幸な状況ですし」とプリスキラさんが言った。
「アドラム族も和平路線ね。兄が指揮した軍団が負けたのですから、他の者が指揮をしたとしても結果は同じだと、アドラム族は考えるわ」とシエルさんが言った。
「え? シエルのお兄さん? タキトス村に攻めたの?」と私は聞いた。
「タキトス村を攻めたかは分かりませんが、ロトラントも兄の指揮下に入っていました」とシエルさんは言った。そして、彼女ははっきりとした大きな2つの瞳で私をみつめた。決して敵意のある目というわけではなく、誇り高く強く純粋な視線だった。ロトラントさんが倒れていたのは、タキトス村の西門外れの川だ。シエルのお兄さんが軍の指揮をしていたということでまちがいないだろう。
「そうだったんですね。それでは、シエルのお兄さんは?」と私は聞いた。プリスキラとワシュテアは僅かに顎を引き、お湯の流れの中をくるくると回っている朝顔の花を所在無さ下に見つめていた。
「ザンドロスに帰って来たという連絡は実家からも受けていません。無事でいるのか、捕虜となったのか、もしくは戦死したのか、それはわかりません」とシエルさんは言った。
「ザクトス・フォドルオン・アドラム将軍は、剣技大会で優勝するほどの腕前でした。軍の指揮に関しても、ザクトス将軍の勇名は、アルウェルス族は言うに及ばず、タキシュ族の中でも轟いておりましたわ」とプリスキラさんが言った。
「ありがとうございます」とシエルさんが言って、頭を少し下げた。
「シムオン族も、和平路線という連絡は受けています。また、妙な動きがザンドロス国内であるので注意したほうがよいという知らせも受けました」と、ワシュテアさんが言った。
「妙な動きというのは?」と、プリスキラさんが言った。
「ザクトス・フォドルオン・アドラム将軍に下された指令というのは、攻略拠点の確保であったという話です。シムオン族の信頼できる筋からの情報ですが、確かとは言えませんが……」とワシュテアさんは言った。
「確かにそれは妙ね」とプリスキラさんは頷く。シエルさんは、眉をひそめて、神妙な顔つきになった。浴槽に浸かっているからかも知れないが、さっきより顔が紅潮しているように見える。ちなみに、私は何が「妙」なのか、まったく分からない。
「攻略拠点を築くということであれば、後続部隊が必須。しかし、後続を派遣したという話も聞こえてきていないわ」とプリスキラさんが言った。
「アルウェルス族から出した兵も、騎馬がほとんどであったわね。アドラム族からも騎馬を多く出したと聞いています」とシエルさんがゆっくりとした口調で話す。相変わらず顔は厳しい。
「タキシュもよ」「シムオンは全て騎馬兵よ」とプリスキラとワシュテアが同時に言った。
そして、3人が同時にお互いの瞳を見つめながら頷き合った。3人の中で何か合意が得られたような雰囲気だ。私は相変わらず取り残されている。
「アリサ、貴女はその戦場にいたのでしょう? 何か気がついたことは無かったかしら?」とシエルが聞いた。というか、問いただしてきた。言葉は丁寧だけれど、いつものような優しいシエルではなく少し恐い。
「あの、私は、近くの洞窟にずっと隠れていたので、戦争の光景は見ていないんです」と、私は答えた。
「どんな些細なことでもいいの。何か教えて!」とシエルが言った。声が大きく、浴室の中に彼女の声が反響した。
「シエル、少し落ち着きなさい。貴女の気持ちは良く分かっているつもり。でも、冷静にならなければならないわ」とプリスキラがシエルを諭す。
「アリサ、辛い思い出かもしれないけれど、何でもよいから話してくれないかしら」とプリスキラさんが続けて言った。
「私が憶えていることを話します。かなり断片的ですが……」と私は言った。
「辛いことを聞いてごめんね」とワシュテアが言った。
「あの日、タキトス村の教会で洗濯物を干していました。そして、偶然に森の中から人が沢山出てくるのを見つけて、それをコルネリウスとバルナバ神父に話したら、私だけ避難場所の洞窟に先に逃げるように言われて、私だけ先に逃げました。そして、その避難所で1人でしばらく過ごしました……」
「ちょっと待って。その避難所に逃げたというのは、貴女1人だけ?」とシエルが聞いた。
「はい。私だけでした」
「森の中から人影を見てから大体どれくらいでアリサはその洞窟へ行ったの? 森からそのタキトス村までの距離はどれくらい? 」とプリスキラさんが言った。
「洞窟の場所が分からなかったので、探すのに手間取りましたけど、村から全力で走って避難して、すぐ山に入りました。おそらく、20分くらいで山には入ったと思います。森から、タキトス村までは、歩いて2時間くらいだったと思います」と私は答えた。私が初めてこの異世界にきて、森から村まで歩いた。その時、2時間くらいだった。
「ありがとう。話を遮ってごめんなさい」とプリスキラが言った。
「その後は、ずっと洞窟の中と周辺で生活をしていて、3週間目くらいに村で戦いが起こっているのを聞きました」
「3週間で、反攻された……。タキトス村の近くに、他の都市や村はあるのかしら? 」とシエルが聞いてきた。
「王都からタキトス村まで、馬車で8日と聞いたことがあります。地図で見たときは、最寄りの都市が王都だったように記憶してます」と私は答えた。村に来ていた商人のシルティスさんがそう言っていた。
「あと確認なのだけれど、タキトス村は、定期的に兵士や商人が訪れる村なの?」とワシュテアが聞いた。
「いえ。兵隊はいない村でしたし、商人は定期的に来るという話は聞いたことがありますが、頻繁というような感じではないのだと思います」
「そうだとしたら、反撃に転じられるのが早すぎるわね。情報がイコニオン国に洩れていた可能性があるわね」とプリスキラが言った。残りの2人も仕草でそれに同意する。
「他には何か気づいたことがあった?」とシエルが聞く。
「あの、言いにくいことなんですが……」と私は前置きをして「ザンドロス国の兵士は、タキトス村の人を捕虜にしました」と私は言った。
「それは間違っていないでしょうね。敵の増援を呼ばれないように包囲するし、村の人が逃げないように捕虜にするでしょうね」とプリスキラは言った。捕虜にするのを当たりまえと言われたことより、「敵」と表現を聞いて、私は悲しくなった。
「捕虜にしたとしても、兄が指揮官なら、酷い待遇にはしていないはずだわ」とシエルが言った。シエルさんの確信めいた口調が、鼻についた。というか、私は怒った。
「いえ。それはないよ。現場を直接見たわけじゃないけれど、ロトラントさんからも直接聞いた! ザンドロス国の人は、タキトス村の人を、矢面に立たせたのよ! イコニオン軍が村を奪い返しに来たとき、わざとタキトス村の人達を村の入口に置いたんだよ。イコニオンの軍隊が村に来て、その時に沢山の村の人が亡くなったと思う。人質を盾にするというのは、酷い待遇だし、最低のことだと思う」と私は、強い口調で言った。
3人は何も言わなかった。天井に溜まった水蒸気が水滴となり、ぽとん、ぽとん、と落ちる音が、お湯が流れていく音の間で、響いた。
「アリサの気持ちは分かるわ。だけど、兄の名誉のために言わせてもらうわ」とシエルが言った。
プリスキラが何か言おうとしたけれど、途中で止めたようだった。
「それは、近づく敵を目の前にし、味方側に十分な弓矢が無いときに使う戦術よ。騎馬兵は防衛にはむかないし」とシエルは言った。
「ごめんなさい。意味が分かりません」と私は突っぱねた。
「アリサ。貴女の怒りも分かる。でも少しだけ説明をさせて。ザンドロスの騎馬兵という、とても軽装なの。重い金属の鎧など着ているのはほんの一部よ。馬の速度も落ちるし。そして、これは仮説になるのだけれど、ザクトス将軍は、村を攻略して拠点にするつもりでいた、それはつまり、奇襲で村を占領し、伝令などを逃さないという戦法になるわ。だから、村の人を拘束しておく必要があるの。
そして防衛に関してだけど、拠点を奪うだけの奇襲が作戦の目的であれば、騎馬兵は速度を重視するため兵士は軽装になるし、軍団としても武器や食料を充分に準備していないはずよ。攻め落とすのに必要な分しか持って行かない。
一方で防衛戦では、敵を如何に近づかせないかということが重要になるから、高い場所や防壁から弓を放つのが基本となるの。でも、拠点を制圧することを目的として、弓矢の輸送を後続の軍団に任せていた場合、防衛戦をするだけの弓矢の備蓄なんてあるはずないわ。だから、敵にも、弓矢を打たせないようにして、近接戦に持ち込む必要がでてくるの。だから、村の人々を、敵の攻めてくる場所に置いて、弓矢を打たせにくいようにしたのよ。実際には、イコニオンの軍はそれに構わず矢を放ったようだけれど」と、プリスキラが言った。
それから先の会話はよく憶えていない。というか、頭に入ってこなかった。ただ、プリスキラとシエルが、村人を盾にしたのは、戦術的に如何に合理的であったかを、懇々と説明していたのだと思う。
話が一段落した私達は、ひとまずお風呂を上がることになった。そして、その後は各々招集に向かう準備をすることになったようだ。
私も招集の場所へと行くことにした。出発は次の日の早朝。後宮の人だけでなく、宮殿で働いているアルウェルス族の人もみんな招集に駆けつけるということらしい。
読んでくださりありがとうございます。




