5−2
私が最初に通されたのは、客室らしき場所だった。アヒトフェルさんは、玄関から先へは入れないということで、私の案内はペニナと名乗った女性に引き継がれた。
ペニナさんは、私と同じ年か、1、2歳下くらいの年齢だろう。金髪ショートカットで、明るく活発そうな女の子ではあるのだけれど、仕事中なのか、挨拶の時に笑顔であったが、それ以外は感情を面に出さないように努めている印象がある。私の身の回りのお世話をしてくれる女性の一人とのことらしい。先ほど、この部屋でお待ちくださいと彼女が言って5分程度。私は部屋のソファーにぽつんと座っている。
部屋に扉をノックした音が響く。
「ササキ・アリサ様、失礼します。お茶をご用意いたしました」と言って、ペニナさんは部屋に戻って来た。しかし、声の調子は、できる限り抑揚を抑えた、機械的な声に聞こえる。
「ありがとうございます」と、私は立ち上がってお礼をする。すると、ペニナさんは少し驚いた顔の後に、微笑む。
なにかマナー違反をしたのかと心配になる。
お茶は、菊茶のようだ。お茶に菊の花が浮かんでいる。葉っぱも一枚浮かんでいるけど、それは何の葉なのかは分からない。
「戴きます」と言って、お茶を飲む。菊のうっすらとした香りに、鼻がすぅっとする匂いが混じっている。
「美味しいですね。この香りは…… 」と良いながらペニナさんの方を見る。
「月桂樹の香りです」と、ペニナさんは入り口の横に直立しながら答えた。
なんとなくお仕事モードなペニナさん。私に気を使わないでもいいです、と言いたいけれど、それを言ってもいいのかどうかの判断もつきかねる。
「ササキ・アリサ様、落ち着かれましたでしょうか? 」と、お茶を飲み終わった私に彼女は言った。
「はい。お茶、ごちそうさまでした」と答える。
「では、お風呂の支度が出来ておりますので、浴場に参りましょう」と、彼女は言って、扉を開けた。
お風呂と聞いて、気持ちが高鳴る。しばらくお風呂に入ってない。濡らした布で体を拭くだけだった生活が長く続いていた。だけど、大量に垢が出てしまいそうな気がする。日本の昔話に垢太郎という話があったのを思い出す。まぁ、垢で人型の人形が出来る程、私は汚れてはいない…… と思うけど。まぁ、綺麗に洗えばいいしね、と思って、私は腰を上げ、ペニナさんの後を着いていく。
歩く事5分。脱衣場らしい所に着いた。ペニナさんが、失礼します、と言って、私の服を脱がそうとする。
「あ、いえ。自分で脱ぐんで」と言って、彼女と距離を取る。
「お手数お掛けして、申し訳ございません」と、彼女は深々と頭を下げる。
いや、なんでそこで謝罪するの? って感じ。同性とはいえ、見られているのは恥ずかしいので、彼女からバスタオルらしき布を受け取って、それを体に巻いた。
ペニナさんも、何故か服を脱ぎ始める。一緒に入るのかぁ、と思っていたら、別の服を着はじめた。着替えかよ。もう何がなんだかもう分からない。
こちらへどうぞ、と誘導されるままに後を着いていく。暖かい湿った柑橘類のような香りの空気が流れてくるし、お風呂場に近づいていることは間違いないと思う。
蒸気が充満している部屋に通された。浴室はない。サウナっぽい感じだけど、サウナにしては部屋の温度は生暖かい感じ。
その部屋には、また一人女性が立っている。彼女もペニナさんと同じくらいの年だ。彼女の3メートルくらい後ろには、ハープらしき楽器が置いてある。意味が分からない。こんな湿度の高いところに、楽器みたいなのを置いていて大丈夫なのかと思う。
ハープの前に立っていた女性は、ハンナと名乗った。彼女も、私の身の回りの世話をしてくれるらしい。
「ササキ・アリサ様は、どのような曲がお好みでしょうか? 」と、ハンナさんは聞いてくる。やはり、彼女の後ろにあるのは楽器ということだろう。
「あ、え〜。何でも好きですよ」と、無難に答えておく。だって、こっちの曲とかしらないし。まぁ、リクエストを依頼した側からすれば、「なんでも良いです」とか、そういう類いの答えが一番困るのだということは理解しているけれど、知らないものは知らないのだ。
「畏まりました」と言って、ハンナさんは、椅子に腰掛け、楽器を弾き始める準備をする。
「こちらに俯せになってください」と、ペニナが言う。
黒い平らに研磨されたような石に俯せになれと言うことらしい。想像するに、岩盤浴的な何からしいとは思う。私は言われたままに俯せになる。石は、体温より少し暖かい感じ。春の日向のような暖かさだ。
「ササキ・アリサ様、目をお閉じになってください」と、ペニナさんが言った。
嫌な予感しかしないが、私は、目を閉じた。
「失礼致します」と言いながら、頭から腰にかけて、一気にお湯をかけられる私。しかも、ただのお湯じゃない気配。なんか、泥成分が多めの水だ。水成分だけ流れていき、泥成分が体に付着して残っている。
「ペニナさん、これなんですか? 」と、私は聞いた。
「ササキ・アリサ様、ペニナと呼び捨てで結構です」との返答。いや、それはどうでもいいからと、今は思う。
「これ、なんですか? 」と、俯せのまま私は再度聞く。
「泥炭でございます」と、彼女は答える。
どうやら、いきなり泥をかけられたようだ。髪にまで。
古来より、魑魅魍魎が住むとされてきた後宮。陰湿な虐めも枚挙に暇がない程あったのだろう。いきなり、泥をかけられちゃうなんて、灰かぶり、つまりシンデレラよりもひどい扱いを受けている気がする。どうなっちゃうの私、と思う。
音色が響いてきた。ハープの音に近い。先ほどのハンナさんが、楽器を弾き始めたのだろう。バッハのプレリュードのような曲が流れている。普通に聞いたらリラックスできるような曲だとは思うけど、なんかなぁと思う。
置き上がろうとした私を、ペニナさんが制止する。
「ササキ・アリサ様、そのままでお願いいたします。どうか動かないでください」とペニナさんが懇願するかのように言う。
非常に起き上がりにくい状況。それに、起き上がったとしても、どうすればよいのか私には分からない状況。
岩に俯せのままの私に対して、彼女は私の体に泥を塗りつけていく。
髪の毛にも塗りつけられ、頭皮にも泥の感触が伝わってきた。ペニナさんは、ゴールデンリトリバーを撫でるかのように私の頭に泥を塗りつけているみたいだ。
暗く沈んでいく私の心に、ハープの音色が響く。
私は、諦めて、ハープの音色に耳を傾ける。手や足の爪の間にも、泥を塗り込まれるというのは、くすぐったい。
そして、彼女は、一通り泥炭を私の上半分に塗りたくったのか、マッサージを始めた。
最初は頭皮のマッサージだ。結構、ツボを押してくる感じ。それが終わると、私の長い髪のマッサージに移った。髪の毛のマッサージという表現は変だけど、そんな感じ。箸を何本も纏めて洗う時のように、髪の毛を手で擦り合わせるようにしている。
そして、首、肩という順序で、丁寧にマッサージされていく。泥は、不思議と気にならなくなる。特に、首と肩は、コリが取れた気がする。
眠くなる。岩から伝わる心地よい熱と、部屋に充満している暖かい空気、そして彼女のマッサージが、私を眠りに誘う。
「次は、顔を上にしてください」と呼びかけられて意識を取り戻す。すでに寝ていた私は、体勢を変えた。
どうやら、また泥炭をかけるらしい。首から下に、彼女がまた泥をかけていく。
私は、またすぐに眠りに落ちた。
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「ササキ・アリサ様」と呼びかけられる声がして、私は目覚めた。
「こちらにお越しください」と、ペニナさんが言う。私が、上半身を起こすと、
「滑りやすいので」と言って、彼女は手を差し出してくれた。
そして、案内された場所は、浴槽だった。一人で入るには大きい。縦横2メートルはある。深さは、湯が白っぽく濁っていて分からない。
この浴槽に入れということだろうけど、泥塗れの状態で入るのは、気が引ける。温泉で、石鹸の泡を体に残して湯船に浸かってしまうより質が悪い。
ちなみに、ハンナさんは、浴槽の近くに置いてあるハープへと移動して、演奏を始めている。ハープって、そんなに何処にでも置いてあるような楽器じゃない気がするけど、気にしたら負けだろう。
「どうぞお入りください」と言われ、私は入った。ぬるま湯だった。せっかくだったら、41度くらいの温度のお湯に入りたかったけどなぁ、と思う。
「ササキ・アリサ様、目をお閉じになってください」
私は、これから彼女がすることが大体予想できたので、黙って目を閉じる。
案の定、私の頭にお湯をかけた。丁寧に、泥が髪の毛から落ちるように、丁寧に髪の毛をほぐしながらお湯をかけてくれる。どうやら、私は湯船に潜って髪の泥を落とすということはしなくて良さそうだ。流石に、湯船に潜るという行為は、温泉民族の良き住人であった私にはできない。
「ササキ・アリサ様、お上がりになって、こちらへ」と、彼女が言う。
別の浴槽があった。先ほどの浴槽よりも大きい。そして、部屋に充満していた柑橘類の匂いは、このお浴槽から出ていたもののようだ。蜜柑っぽいのが湯船の中に大量に浮いていた。さっき入った浴槽は、泥落とし用の浴槽なのだろう。わざわざ浴槽で泥を落とさなくてもいいだろうにと思った。
私は、その浴槽に入った。あ、さっきよりも暖かい。
ちなみに、ハンナさんは、また、浴槽の近くに置いてあるハープへと移動して演奏を始めている。音響の良い浴室なんだから、どこか1個所で演奏していても充分に聞こえると思うのだけど、なぜか移動している。
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浴槽に5分ほど浸かっていたところ、「こちらにお掛けください」とペニナさんが言った。私は、長風呂をするタイプなので、ぜんぜんお湯に浸かった気がしない。もう少し浸かっていたい。だけど、彼女の言葉に従っておく。
浴槽の縁、大理石の部分に私は座った。ここは、周囲の縁より少し低くなっていて、湯船から溢れたお湯が流れていくところだ。そこに座るように彼女から指定された。膝までは、湯に浸けていていいようだ。
「ササキ・アリサ様、このまま、お倒れになってください」とペニナさんは、私の後頭部に手を添えながら言った。お湯が浴槽から流れていく場所も、泥炭を塗られた場所同様、岩が平らになっていて、そこに仰向けになれるようになっている。
このまま、彼女に上半身の体重を預けながら仰向けになっていくのは怖いから、腹筋に力を入れながら、ゆっくりと頭を後ろに持っていく。
私の頭が、岩に接した。私はなるほどと思った。浴槽から溢れていく湯が、この岩盤を通って外に流れていく。つまり、私の背中を暖めるようにお湯が流れていく仕組みだ。膝から下は、お湯に浸けており、お尻、背中、後頭部は、流れ出るお湯で体を温める仕組み。うまく考えられている。日本の温泉の、寝ころび湯に通じる物があると思う。
「ササキ・アリサ様、爪のお手入れをさせていただきます。右手と左手、どちらからが宜しいですか? 」とペニナさんが言ってきた。
私としてはどちらでもいい。というか、やはり、爪が伸びすぎていたのだろう。そうだよね。この世界には、爪切りという便利な物はなかったから、前はヤスリみたいなので削っていた。だけど、洞窟生活を初めてからは、爪を削ってもいない。伸び放題にしていた。やっぱり、自分の掌を見たときに、爪が見えちゃうくらい長いのは問題だよね。ってか、結構恥ずかしい。ペニナさんに、上半身等々、丸見えの状態で恥ずかしいって気持ちはもちろんあるけど、それとは違う恥ずかしさだ。洞窟生活が長かったから、爪が伸びててもしょうが無いじゃん、と言い分けしたい!
「あ、どちらからでもいいです」と私はとりあえず答えた。
「では、右手から失礼します」と彼女は言って、私の爪を削り始めた。
爪を削られるのって、結構気持ちが良いものだと、初めて知った。自分で脇腹を触ってもなんともないのに、他人に触られるとくすぐったく感じたり、自分で触っても特に何も感じないのに、他人に触られると気持ちよく感じる部分とかはある。爪を削ってもらうというのも、どうやらその類いらしい。心地よく感じる。背中を流れていくお湯も気持ちが良いし、極楽状態。
左手の爪の手入れが終わったのか、彼女が、「次は足の爪のお手入れをさせていただきます」と言った。
今度は、先ほど、お尻を付けていた部分に頭を預ける形で、寝ころび湯に浸かっている感じとなった。
足は、手よりもくすぐったい感じが強くした。だけど、結構、良いものだと思う。足の指と指の間を丁寧に手洗いされるのも、くすぐったいけど気持ちが良い。爪を削られるのも、なんとなくリラックスできる。なんか、セレブ的生活だぁ、と今更ながら思った。
ペニナさんに爪のお手入れをしてもらったあと、私はゆっくり浴槽に浸かる。音楽もずっと鳴り続けている。ハンナさんがずっと弾き続けているのだろう。私は音楽に耳を傾ける。ハンナさんが弾いている曲名は分からないけれど、とてもリラックスできる音楽だ。岸壁から水がしみ出し、それが川の源流となってゆっくりと静かに森の中を流れていくようなイメージが頭の中に浮かぶ。
前の世界でハープの演奏を聞いたことはないけれど、ハープの音の波長は、体に迫ってくるものがある。ロックミュージックの低音、たとえばベースやドラムの音とかが、心臓と共振をして高揚感を与えてくれるという体験を私はミュージシャンのライブとかでしたことがあるけれど、それとは違った形でハープの音は私の体の中に響いてくる。おそらく、ハープの音で共振しているのは、私の筋肉繊維や血管だと思う。
浴室内に響き渡るハープの音とお湯の中を潜って伝わるハープの波音が、私の筋肉と血管を細かく振動させる。そして、その振動が体中に残っている疲れやコリを解していってくれる。たぶん、ピアノではこんなことは起きないような気がする。ピアノで同じような曲を弾かれたら、心はリラックスできるだろうが、ここまで体の疲れを癒やしてくれるようには感じないと思う。
「ササキ・アリサ様、準備ができましたので、こちらへお越しください」と、ペニナさんが私を呼ぶ。私は浴槽から出た。
次に案内された場所は、手術台のようなものが置いてあった。光沢のある布がその台を覆っている。おそらく私がそこに乗るのだろう。大体、予想が着いてきた。おそらく、マッサージかエステのどちらかをしてくれるのだろう。
私はペニナさんに誘導されるままに仰向けに寝た。
「ササキ・アリサ様、では失礼致します」と言って、彼女は黄色い粘土のような物を私の体に塗り始めた。ボンカレーを少し明るい黄色にしたような色をしている。
私は、自分の右太ももに塗られたそれを、右手で触ってみた。油が混じった何かなようだ。オリーブオイルの匂いの中に、うっすらと花の甘い匂いがするから、糞土的な何かではないだろうと思い安心する。
「ペニナさん、これ何ですか? 」と聞く。
「ササキ・アリサ様、これはエステ粉でございます」と、彼女が説明してくれたが、よく分からない。
「これって、何で出来ているんですか? 」と、聞く。
「申し上げます。麦粉に、オリーブオイルとサフラン、そしてビャクダンを入れた物でございます」と彼女は諳んじるように答えた。
「へぇ」とだけ私は答えた。麦粉とオリーブオイルは前の世界と同じものだろう。サフランって、パエリアとかを作るときに使う香辛料だったような記憶がある。おそらく、エステ粉ってのが黄色いのは、サフランのせいだろう。ビャクダンは何か分からない。
なんだろう。小麦粉を付けられて、自分が天ぷらの種になっているような気がしてきた。この後、熱せられた油の中に放り込まれたりしないか不安になってくる。
「このエステ粉ってのを塗った後はどうするの? 」と、今後の事を聞いておく。油で揚げられるとかの話だったら、全力で逃げだそう。
「エステ粉を塗った後、その粉を落とせば、本日の美容は終了でございます」と、彼女は言った。どうやら、最悪の事態はないらしい。
「ありがとうございます。分かりました」と言って、私は目を閉じる。何だかんだ言って、体を解されながらエステ粉ってのを塗られているから、眠くなる。
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「ササキ・アリサ様、俯せになられてください」という声が聞こえてきたので、夢うつつのまま、俯せになる。そしてまた意識はどこかに沈んだ。
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ペニナさんが私の肩を揺すって起こしてくれた。どうやら、エステ粉っていうのを塗り終わってしばらく経ったらしい。すっかり寝てしまっていた。私は自分の腕を見た。腕に塗られたエステ粉の表面部分は、乾燥してしまっているのか、腕を動かした弾みで、細かいひび割れが沢山できた。陶磁器の表面の貫乳みたいになっている。結構見ていて気持ちの良い光景ではない。
「ササキ・アリサ様、こちらの浴槽で粉を落とされてください」と、ペニナさんに言われた。浴槽の湯が汚れてしまうだろうに、これは流石に温泉マナーが悪いどころの話ではない。石鹸で全身を洗ったあと、泡を落とさないまま、湯船に飛び込むような行為に近い。これは流石に不味いだろう。このウンチ色の粉のまま浴槽に入ることは、タオルを浴槽に沈めるのが些細なことに思えるくらいの行為だ。
「あの、ペニナさん? 」
「はい。ササキ・アリサ様。いかが致しましたか? 」と、笑顔で対応する彼女。もう、考えることが嫌になる。このまま浴槽の中に浸かるということは、温泉民族としてのアイデンティティーに関わる問題だ。
「このまま入ったら、湯が汚れちゃうけどいいんですか? 」と確認を取る。すでに泥炭で湯を汚してしまっているし、今更感はあるけど、聞く。
「はい。私が、丁寧に浴槽を掃除致します。任せてください」と、何故か嬉しそうな彼女。もう何も言うまい。
私は、浴槽に足を入れた。乾燥した粉が、湯の表面張力の作用かうっすらと湯の表面に広がっていく。汚い表現をすれば、湯の表面に水紋が広がるようにうんこ色が広がっていく。湯の中では、私の肌から落ちたエステ粉が待っている。まぁ、つまり湯を私が現在進行形で汚している。
だが、私は湯に入った。気にしたら負けだ。豪快に、頬や目の下に丁寧に塗られたエステ粉を、顔を湯で洗って落とす。額は念入りに洗う。この粉が額から目に流れ入ったら痛そうだしね。
そして、ペニナさんに髪の毛に着いた粉も流し落としてもらった。
そして、その湯から上がった後は、石鹸らしき物で体に纏わり付いた油分を落とされた。エステ粉に混ぜてあるオリーブオイルは、湯に浸かっただけでは落ちなかったのだ。そして、掛け湯で石鹸も油分も落とされた後に、また次の浴槽に浸かった。どれだけ浴槽が沢山あるんだよ、と思うけど、それは気にしたら負けだ。
私は、その後、また柚に似た形の柑橘類の匂いのお風呂に入り、その後、キャベツの葉っぱが沢山浮いている湯に入り、そして、朝顔の花に似た花弁が浮いている湯に言われるがままに入った。そして、シナモンのような香りの漂う湯に浸かり、八角の匂いの湯に浸かり、そしてまた、さっきとは違う柑橘類がたくさん浮いている湯に入った。
「ササキ・アリサ様、こちらにお越しください」と、ペニナさんがタオルらしき物を持って来て言った。やっと、お風呂タイム終了なのだろう。疲れが癒えたような気がするけど、私の何かが疲れた気がする。