5−1 プロローグ
5章もよろしくお願いいたします。
馬車に揺られるとこ一昼夜、ロトラントさんの家に到着した。門まで、畳のような貧相な馬車で行ったところ、門番が慌てて、「馬車を用意いたしますので、少々お待ちください」と言い、馬で駆けて行った。
私達は、門を入ったすぐのところで、馬車の到着を待つ。
ロトラントさんの家は、一戸建てとか、屋敷とかそんなレベルではなく、宮殿と形容すべきものだ。
広大な敷地、そしてその敷地のずっと奥にあるシンメトリーの石造りの建造物。これがロトラントさんの住処らしい。
そして、目を引くのが、門と奥の建造物の間にある池だ。学校にある25メートルプールを横に5倍、縦に3倍したくらいの大きさの池。そして、水面に逆さまの宮殿と、空と雲が映っており、おとぎ話の世界を思い出させるような光景となっている。池の横には等間隔で木が植えられている。しかも、同じ形、おなじ高さの木だ。これは徹底的に計算されて作られた人工美というやつだろう。遠近法の一点透視図法を勉強をするなら、ここの場所でスケッチをしたら、上達しそうだと思う。
それにしても、ロトラントさん、どんだけ金持ちなんだよって思う。
豪華な馬車がやってきた。白馬だ。ちょうど馬車の扉が私達の前にくるようにピタリと止まる。御者台からさっそうと降りた御者が、持ち運び式の階段を馬車の入口に設置している。
馬車も豪華だけど、白馬の鬣が、すごいことになっている。なんたって、鬣が巻きロールになっているのだ。このセンスはない。見た瞬間、思わず私は笑ってしまった。きっとこの宮殿に住む女性は、縦巻きロールをしている、ザ・お金持ちというような感じの人たちなのかと想像する。
「何を笑っている。早く乗れ」とロトラントさんが言った。すでに彼は、御者の手を借りながら馬車に乗り込んでいる。
「あ、すみません」と言って、私も乗る。とりあえず、ロトラントさんと反対の席に座った。進行方向と逆の方向を向いて座る先だ。進行方向側を向いて、窓から近づいていく宮殿を見ていたかったのになぁと残念に思う。彼の隣に座るスペースは十分にあるけど、少し憚られる。
馬車から降りて、宮殿の扉の前に立つ。そうすると、自動ドアじゃないのに、勝手に扉が開く。
多数の人間が、赤絨毯を挟んで左右一列にきれいに並んでいる。そして、「お帰りなさいませ」と、声を合わせての一礼。一糸乱れぬ統率され、訓練された動きだ。何となく予想できた光景であったが、その予想は的中した。どこの世界であれ、金持ちのやることは変わらないってことなのだろうと思った。
「皆、心配をかけて済まなかった」と、ロトラントさんが言った。いや、宣ふたっ、てやつかな。
そして彼は、「アヒトフェル」と、一番手前の右側に立っていた男に声をかけた。
「はい。ここに」と、呼びかけられた彼は、前に一歩出て片膝を折った。白髪が混じった50歳くらいの人だ。使用人筆頭といったところだろうか。
「私は、正装に着替えて、国王のもとに行く。あと、この女性は、ササキ・アリサ。私の命の恩人だ。私の後宮に迎えることになった。儀に入れ」と、ロトラントさんは言った。
うん? 彼、いま後宮って言ったよね? この宮殿の後ろある宮殿って意味だよね。あの正室、側室とかの後宮じゃないよね、まさかぁね、と思う。私の生活を保証してくれるっていう約束を履行するってことだよね、彼に確認をしたくなるが、なんかこの場の空気に呑まれて聞けない。
「御意に」と、アヒトフェルと呼ばれた男が答える。
「では、ササキ・アリサ。3か月後にまた会おう」と言った。
「え? なんで3か月後? え? 」と、思わず声をかけるが、彼はそのまま赤絨毯を進んでいく。
「ササキ・アリサ様は、こちらです」と、アヒトフェルと呼ばれた男が私を誘導する。
分けもわからず、誘導されるままに先ほどと同じ馬車にまた乗る。アヒトフェルさんは、御者台に座ったようで、馬車の中は私一人。
窓からの景色を眺める限り、さっきまでいた宮殿の横を通る。正面から見ただけではわからなかったが、この宮殿は奥行きもすごい。
馬車が止まった。扉が開かれる。開けてくれたのは、さっきのアヒトフェルと呼ばれた男性だった。
「あの、ここは? 」と私は彼に聞く。
「ロトラント・ミラスコロード・アルウェルス様の後宮でございます」と澱み無く答える。
「じゃあ、私は? 」と彼に聞く。どう考えても、嫌な予感しかしなかったからだ。
「私も、先ほど伺ったばかりですが、ササキ・アリサ様は、ロトラント・ミラスコロード・アルウェルス様の妻のお一人になられる方と伺っております」と、彼は答えた。
妻のお一人か、と彼の言葉を反芻する。ここは、どうやら文字通りの後宮らしい。騙された。ロトラントさんは、一夫一婦制の社会で育った私に、トンデモナイことをやらかしてくれる。それに、私、妻になるとか承諾してないどころか、聞いてもいないし。
「あの、私、そんなこと聞いていないんですが」と、彼に言う。頭に血が上っているのがわかる。
「左様でございますか。私も、今日、初めて伺いました」と、彼は笑顔で言う。なんとなく、毒気が抜かれてしまう、柔和な笑みだ。だが、私は、馬車から降りない。全力で下車を拒否する構えだ。馬車に立てこもる。
「ササキ・アリサ様」と、彼は私に呼びかける。
「なんですか? 私は降りません! 」と、きっぱりと答える。
「次に旦那様とお会いするときに、本人に直接、文句をおっしゃられてはいかがですか? アルウェルス族の族長であられるロトラント様が、無理強いして結婚を迫るようなことをなさるとは、私には到底思えませぬ」と、彼は諭すように話しかける。
「でも、なんか彼、3か月後に会おうとか言ってたわよ! 」と反論する。
「はい。その通りでございます。ですから3か月の間、ゆっくりとここに滞在されてはいかがでしょうか? 」と彼は提案する。
なんか、魅力的な提案のような気がしてきた。とりあえず、3か月は、住処があるってことだ。怒りが落ち着いてきた。ロトラントさんには、とりあえず3か月後に文句言えばいいか。とりあえず、生きていくための場所の確保が先決だ。
私は、自分で言うのもなんだが、あっさりと馬車を降りて、アヒトフェルさんが後宮と称した建物の入口の前に立つ。
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