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ロトラントさんが、この洞窟に転がり込んでから一週間が過ぎた。お互いに、特段の会話はない。「ありがとう」とか、そんな事務的な会話がほとんどだ。会話らしい会話と言えば、彼を斬り殺そうとした次の日、彼が軍の旗の所在を尋ねて来たことぐらいだ。
「軍旗を見なかったか?」と彼は私に話しかけた。
「そんなの知らないわよ」と私は我関せず気味に答えていたが、彼はしつこく何度も聞いてきた。
「助けられた日まで、肌身離さず持っていたのだ。見なかったか? 」とか、「あの小川の辺までも、這いつくばりながらも運んで来たはずだ。探してきてはくれないか? 」とか、何度も私に尋ねてきた。
彼のしつこさに根負けした訳ではないけど、めんどくさくなって、探しに行った。そして、簡単にその旗は見つかった。話としては単純で、私が槍だと思って捨てた物が、旗竿だったという、特に意外性もないオチだった。どうやら、この世界の旗竿という物は、日本の旗竿のように先端部分が丸い形状の竿球とはなっておらず、矢じりとなっているようだ。この世界の旗竿は、槍としても充分使えるだろうと思う。彼に、槍として使われる可能性もあると思ったので、その矢じり部分を何度も小川の岩に叩き付けて、刃を折るという安全措置を行った。私の安全第一である。矢じりを折った後、洞窟まで持って帰って彼に見せたら、安心した様子だった。
そもそも何故、一緒に洞窟で過ごしたかと言うと、私も、この洞窟以外に行けるところがないというのが本心だ。彼を洞窟から追い出す分けにもいかない。やむを得ない状況とでも言うのだろうか。何だかんだで彼と一週間、洞窟で過ごしてしまったというのが私の心境であり、本音だ。
料理に関しても、一応彼の分も作っている。彼が自作で松葉杖を作りあげるまでの最初の数日間は、彼がお花を摘みたい時に肩を貸していたりもしたが、まぁそれは早く忘れてしまいたい記憶だ。
彼が洞窟に来て4日間目の日には、彼にお酒を渡した。コルネリウスが、七竈の実を着けたお酒を造っていたことを思い出して、それを洞窟まで持って帰って来たのだ。お酒は、教会の食堂の床下収納スペースに、壺で置かれたまま荒らされておらず、手つかずになっていた。知らないと見つけ難い床下収納だし、お酒の在処をしっている人は、もう誰も居ないし、手つかずであったのは当然なのかな。
なぜわざわざ彼にお酒を持っていったかと言うと、彼を殺そうとしたのは、流石に悪かったと思い直すようになり、謝罪の意味を微妙に込めたのだ。もちろん、「あの時はごめんなさい」なんて言う謝罪の言葉も彼には言ってはいないし、態度にも出していない。彼も、タキトス村の人達にしたことについて何も言って来ないから、私も彼に謝罪の言葉を口にするつもりはない。
気疲れをする一週間であったが、ついに問題が起こったというか、問題に気付いた。それは、食料が残り少なくなってきてしまったのだ。そもそも彼は、私の2倍の量を食べている。彼が大飯を食ったから、食料がこんなに早く無くなりそうになったんだ! とも思うけれど、遅かれ早かれこの問題は私の身に降り掛かっていた。今まで私が、麦の壺の中を直視しようとしなかっただけの話である。そう思うと、彼は私に、現実を見せてくれるきっかけをくれた人ではあると思う。このまま私が一人だったら、何も感じないように、何も考えないようにしたままで、食料がなくなったら何も食べず、暗い洞窟で一人で体育坐りをしたままだったと思う。冷静に考えて、冬を越せなかったんじゃないかと思う。洞窟にいるのも潮時だと、麦の壺を眺めながら実感をした。
私は、洞窟から旅立つ身支度を調える。だが、準備と言っても大層な代物はない。壺から一粒も残さないように麦を取り出し、革袋に入れる。鍋を一つ、包丁はボロキレで巻いて危険のないようにした。そして、湧き水をたっぷりと入れた革袋。革袋は、やはり動物の胃を加工したものなのだろう。満杯になるまで水を入れたら、はっきりと形がわかる。某胃薬のパッケージに書かれている胃のデザインとそっくりだ。
そして、それらの荷物を使い古しで洞窟でお世話になった毛布で包んだ。液体が入っているだけあって、重量はそれなりにある。それを持って移動しなければならない。
もし、毛布ではなく薄桜色の花の模様のある風呂敷で荷物を包み、そして私の着ているものが天鵞絨の和服であったなら、大正の女、とでも形容すればよい格好になるだろう。だが、どう見てもそんな格好にはならない。もんぺ姿で空襲のない田舎へ疎開して行きますというのが私の今の格好であろう。さらに、旅の連れ合いとなる落ち武者が、私の格好をさらに引き立ててくれるだろう。
そう。私は、ロトラントさんとザントロス国に行くことになった。
彼とザントロスに向かう一つ目の理由が、私がイコニオンの王都に行ったとしても、どうにもならない気がしたからだ。ザインさんやシルティスさんの所を尋ねて行けばいいのだろうが、探し出せる気がしない。彼等の連絡先や住所を、私は知らない。
東京に初めて行く人に対して、住所も教えずに、携帯やインターネットない状況で、「ザインさんの家」に集合と言ったとしよう。その人は果たして辿り着けるだろうか。上野駅なのか、新宿駅なのか、池袋駅なのか、どの駅が最寄りかも分からない。歩いて探し回るのには、東京は広すぎて時間が年単位でかかってしまう。まぁ無理だよね。
東京タワーの下集合など、遠くからでも分かるような建築物なら、それを目指して歩いていけばなんとか辿り着けるだろう。もしくは、ハチ公前とか、知名度の高いランドマークなら、誰かに聞いたら分かるかも知れないけど、「ザインさんの家」や「シルティス商会」が有名だとは思えない。ザインさんは、貴族らしいから高級住宅街っぽいところを探せばいいのだろうか。東京で言う、白金台とかだろうか。でも、イコニオンの王都で高級住宅街ってどこよ、って話。
それに、王都に行って場所を探している間に、きっと警察に補導されるか、悪い人に誘拐されてしまう気がする。
牢屋の中に放り込まれる私。「王国騎士のザインさんと知り合いなんです」とか、牢屋の中から説明しても、「はいはい。お嬢さんは凄い人と知り合いなんだね。それで、君はどこの迷子かな? 」と真面目に取り合って貰えないような気がする。
悪い人に誘拐されたら、娼館とかに直行してしまうような気がする。うん、そんな気がする。
王都に行って、知り合いを探すというのは、やはり現実的じゃない。それに、運良く見つけ出せたとしても、歓迎してくれるかどうかという問題が発生する。
ザインさんに至っては、王都に一緒に行こうという彼の誘いを一度、袖にしてしまったしね。シルティスさんの所で雇ったりしてくれるかも分からないし。看板娘は要りませんか、とでも自分を売り込めば採用してくれるかも知れない? まぁ現実的じゃないな。
彼とザントロスに向かう二つ目の理由が、彼にザントロス国までの引率というか、旅の道連れを頼まれたからだ。彼の左脚はまだまだ完治にはほど遠く、彼一人で国境の山を越えれないだろう、とのこと。
そして極めつけは、「命の恩人でもある。もし、国に一緒に来てくれるのであれば、国での生活を保証しよう」と交換条件のようなものを提示してきたこと。
「ほんとですか? 」と私が聞いたら、「風に誓おう」という、お決まりの信用できない言葉がまたもや発せられた。小川で彼が倒れていた際に、槍を持っていないと風に誓った。確かに、槍を持っていないという事は、一応本当だった。まぁ、実質的に槍としても使う事ができそうな軍旗だったから、わりと黒に近いグレーゾーンといった具合だが、まぁ黒ではないように思える。灰色だ。しかし、王都に一人で行くというのは、お先真っ暗という意味で、黒だ。より白に近い方を選んだ方が良いだろう。
そういう訳で、私は、彼とザントロス国に行くことになった。
まぁ、いろいろ自分自身を納得させるためにいろいろともっともらしい理由を考えたけど、それしか現実的な選択肢がないんですという一言に、結局尽きちゃうのかな。
出発に先立ち、この洞窟に村の生き残りの人が来ることがひょっとしたらかもしれないから、竈の燃え残った炭で、布に書き置きを残しておいた。
「私はタキトス村のササキ・アリサです。ザントロス国に向かいます」という短い文章ではあるけど、私の安否と消息はわかるだろう。見つけやすい場所にということで、採光穴から光が差し込むところにおいておいた。
私のことを知っている、かつ、文字を読むことができる人がこの布を見る確率はゼロに近いかもしれないが、ゼロではない。そう祈る。
読んでくださりありがとうございます。




