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88話 重なる背中、見届ける者



――訓練場の空気が、微かに震えた。


エリオラ・レヴィナントは、腕を組んだまま、その中心を見据えていた。

視線の先には、少年が二人。


リオル・アルトレス。

カイル・アーリトレット。


まだ十歳と十三歳。

だが、その背中は、もう“訓練生”の域を越えつつあった。


(……ったく)


エリオラは、内心で小さく舌打ちする。


(一ヶ月で、ここまで来るか)


呼吸は安定している。

走り込みのあとでも、魔力の流れが乱れていない。

筋肉の付き方も、無駄がなくなった。


細い。だが、脆くはない。

しなやかで、芯がある。


「――魔力を出せ」


短く告げる。


二人は同時に頷いた。


まず、リオル。


胸の奥から、静かに。

まるで水面に波紋を落とすように、魔力が流れ出す。


青。

澄んだ、水属性の魔力。


以前のような、制御不能の兆しはない。

暴れない。溢れない。

呼吸と完全に噛み合っている。


(……できてるな)


次に、カイル。


白虎の獣人の少年は、奥歯を噛みしめながら、魔力を引き出す。


冷気が、空気を撫でる。

淡い氷色の魔力が、彼の周囲に揺らめいた。


一ヶ月前の、焦りと苛立ちに満ちた流れとは別物だ。

余裕がある。

“勝ちたい”だけの魔力じゃない。


(……ああ)


エリオラは、わずかに口角を上げた。


(こいつも、変わった)


「よし」


一言だけ告げる。


「次は、魔術だ」


二人の目が、同時に光った。




訓練が終わり、夕刻。


第二訓練場から少し離れた場所で、

ミノンは一人、立ち止まっていた。


廊下の陰。

訓練場の外縁が見える位置。


――そこに、カイルがいた。


誰もいないはずの時間。

だが、彼は一人で立っていた。


息は荒い。

汗で前髪が張り付いている。


それでも、止まらない。


「……っ」


カイルは、手を前に突き出す。


氷属性魔力が、歪に集まる。

術式は、まだ不完全。

詠唱も、途中で切れている。


失敗だ。


氷が崩れ、砕け散る。


「……くそ……」


それでも、また。


もう一度。

また、もう一度。


ミノンは、すぐには声をかけなかった。


(……やっぱり)


胸の奥が、少しだけ痛む。


(あの人の訓練だ)


エリオラ。

ウィステリア帝国時代。


同じ光景を、何度も見た。


才能があるからこそ、

追いつけない現実に、心が先に折れそうになる。


(止めたら、余計に壊れる)


それも、知っている。


だが――


「……呼吸」


ミノンは、静かに声をかけた。


カイルの肩が、びくりと揺れる。


振り向く。


「……見てたのかよ」


ぶっきらぼうな声。

だが、拒絶はない。


「はい」


ミノンは、距離を保ったまま言う。


「帝国時代、何人も見ました」


「こういう、自主練」


カイルは、視線を逸らす。


「……うるせぇ」


「止めません」


即答だった。


「でも、呼吸だけは崩さないでください」


ミノンは、静かに続ける。


「魔力は、気持ちを映します」


「今のままだと……凍る前に、割れます」


一瞬の沈黙。


カイルは、拳を握りしめた。


「……分かってる」


低い声。


「分かってるけど……」


言葉が、続かない。


ミノンは、それ以上踏み込まなかった。


ただ、最後に一言だけ。


「リオル様は、追い越す相手じゃありません」


「……?」


「並ぶ相手です」


それだけ言って、ミノンはその場を離れた。




高台から、その一部始終を見ていた人物がいる。


エリオラだ。


(……気づいたか、ミノン)


口元に、かすかな笑み。


(いい位置だ)


止めない。

煽らない。

だが、見捨てない。


帝国時代には、なかなか出来なかった役割だ。


エリオラは、空を仰ぐ。


夕焼けが、訓練場を赤く染めていた。


(ライバルがいる方が、強くなる)


それは、経験則だ。


(そして……)


視線を、別の方向へ向ける。


リオルの宿舎。


(中心に立つのは、あいつだ)


無自覚で。

無欲で。

それでも、人を引き寄せる。


「……おもしれぇ」


小さく呟く。


リオル・アルトレス。

そして、その周りに集まり始めた者たち。


この修行は、ただ強くするためのものじゃない。


――“核”を作るためのものだ。


エリオラは、ゆっくりと背を向けた。


明日も、地獄だ。


だが。


それを越えた先にしか、

立てない場所があることを、彼女は知っていた。


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