46話 南方への来訪
46話 南方への来訪(最終調整版)
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アルトレス領へと続く街道は、帝都のそれとは明らかに違っていた。
舗装はされている。
だが、見せるための装飾はない。
実用性だけを追求した石畳の上を、荷馬車と人々が静かに行き交っている。
獣人。
ドラゴニュート。
人間。
種族の違いを意識する様子はなく、
同じ歩幅で歩き、
同じ屋台に立ち寄り、
同じ声で笑っていた。
「……妙だな」
馬車の窓からその光景を眺めながら、
ラサド・ウィステリアは低く呟いた。
「南方の辺境と聞いていたが……
無秩序ではない」
随行していた魔術師が、控えめに答える。
「はい。
治安報告も、数値上は安定しています」
「帝国式ではないが……」
ラサドは視線を細める。
「独自の統制が、機能しているな」
街全体を覆う空気は、奇妙なほど落ち着いていた。
緊張も、怯えもない。
――管理されすぎていないのに、乱れてもいない。
「……空だ」
ふと、ラサドが顔を上げた。
雲の向こうを、
ゆっくりと横切る巨大な影。
「ドラゴン……」
随行員の一人が、思わず息を呑む。
姿を誇示するでもなく、
隠れるわけでもない。
「あれが、噂の空撃部隊か」
「ええ。
確認されている個体数は不明です」
「不明、という時点で厄介だ」
ラサドは、淡々と評した。
「だから帝国は、
ここに軍を向けない」
馬車は減速し、
やがてアルトレス邸の外門の前で止まった。
高い石壁。
威圧的な彫刻はない。
だが――
足を踏み出した瞬間、
空気が、わずかに変わった。
「……結界だな」
ラサドは、即座に察知する。
肌に触れる感覚が、
帝都とは決定的に違う。
「常時展開……
しかも、かなり高度だ」
随行魔術師が小声で言う。
「術式、読み取れますか?」
「無理だ」
即答だった。
「外殻だけを見せている。
中核は、完全に隠されている」
門の前には、
すでに使用人たちが整然と並んでいた。
その中央に立つのが、
アルトレス伯爵――ゼクロア・アルトレス。
隣には、
穏やかながら隙のない佇まいの女性、
ミリア・アルトレス。
「ようこそ、アルトレス領へ」
ゼクロアが、落ち着いた声で迎える。
「中央魔術局局長殿」
「招きに応じて感謝する」
ラサドは形式通り、一礼した。
「本日は、
南方魔力環境および結界状況の視察として参った」
「承知しております」
ゼクロアは静かに頷く。
「公開可能な範囲であれば、
ご案内しましょう」
――公開可能な、範囲。
その一言を、
ラサドは聞き逃さなかった。
中庭へと足を踏み入れる。
整えられた石畳。
穏やかに水を湛える噴水。
壁にも床にも、異常は見当たらない。
焦げ跡はない。
破壊の痕跡もない。
「……」
ラサドは、あえて何も言わなかった。
あれほどの魔力反応が観測された場所とは、
到底思えない。
――何もない、という不自然さ。
「空気が澄んでいますね」
ミリアが、柔らかく言う。
「海と山に囲まれていますから」
「……それだけではない」
ラサドは、静かに返した。
「ここは、
魔力の流れが極端に安定している」
まるで、
意図的に整えられているかのように。
ゼクロアは、肯定もしなければ否定もしない。
「さあ、こちらへ」
応接室へと案内されながら、
ラサドは思考を巡らせる。
壊れていない。
乱れていない。
異常も見当たらない。
だが――
何も起きていないはずがない。
アルトレス領。
帝国の外縁で、
独自の理で動く場所。
ここには、
まだ“見せられていないもの”がある。
ラサド・ウィステリアは、
そう確信しながら、
応接室の扉をくぐった。




